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光[3]

「ふむ」
 言峰は私の言葉を反芻しているようだった。そして、
「そうか。ゴロドーでは我らを光の者と呼んだのかね。それは光栄だな」
 ゴロドーというのは連中の使う言葉。まぁ日本をジパングとかジャパンと呼ぶようなものだが、蔑称としての意味合いが強い。
 しかも「呼んだ」つまり過去形。
 つまり、こいつは自分が『光の者(ゲノイア)』と認めたに等しい。
「光栄?よかったわねそりゃ。盲目の無能者(おおぼけ)集団とか無能者のゴミ溜めって意味で使われてるんだけど、それでも光栄なんだ。あはは、すごいねそりゃ」
 
 あたりまえだ。
 何もかも光で包まれた清浄の国なんかで何が見える。何がわかる。
 光に目がくらみ、何も見えない馬鹿ぞろいになるだけだろう。
 
 衛宮士郎は知っている。
 正義を名乗り行動しようとする事がどれだけ困難なのかを、切嗣(ちちおや)にこんこんと聞かされその事を理解している。
 そして、自分でも実感している。
 味方した者しか助けられない矛盾。その懊悩。
 それを受け止め歩む道が光で溢れているわけがないと。
 
 だからこそ、自分たちは光などと思考停止してはいけないのだと!!
 
「……」
 言峰は何もいわない。肩がぴくっと震えたようだけど。
「あいかわらずだな君は。地球人と融合したのならもう少しマシになりそうなものなのだが。
 まぁ、あの衛宮士郎では仕方ないとも言えるか。父親から受け継いだ借り物の理想につっ走る小僧が相手では、ただそのありさまに下品さが追加されたただけでも仕方あるまい」
「はん、言ってなさい」
 とはいえ、相手が『光の者(ゲノイア)』ではさすがに洒落にならない。今すぐイリヤを助けたいのにそれができない。
 それどころか、もはや状況は絶望的。
 
 こちらにあるのはほんのちょっぴりの魔力だけ。
 あちらにあるのは無尽蔵の魔力。そして呪いの泥。
 
 そして、『光の者(ゲノイア)』ならばその肉体の放つ戦闘力そのもの。
 
 届かない。届くわけがない。これでは戦闘にすらならない。
 今の私では、ぷちっと簡単につぶされておしまいだ。
 
「!」
 また声が響いた。
『いいかげん起きろ巫女。君の出番だ』と。
 
 ふざけないで。神殿もないのにどうやってあれと戦うっていうの?
 衛宮士郎(わたし)巫女(わたし)も、あんな化け物と戦う魔力なんて持ち合わせてない。戦う方法なんてありはしないのに!!
 
『馬鹿をいうな。君はもっているはずだ。
 君がまだ『衛宮士郎』であるならば』
「!」
 
 ──はぁん。そういう、こと。
 いいじゃない。やってやろうじゃない!!
 
 言峰の奴はまだしゃべっている。
「さて、どうしたものかな。
 本来の君なら私の全力でも足りない化け物。何しろその脆弱な身体で虚空を飛び、戦艦の主砲にすら耐えて真っ正面から打ち破ってしまった規格外中の規格外だ。まともに備えのないこの星で戦うなど愚の骨頂というものだろう。
 しかし今の君ならばそうでもない。
 いかに君があの星辰の巫女であろうとここは異星。そして君の母星はもう存在しないのだから。
 加えて今の君は衛宮士郎と融合している。
 この星は抑止や世界からの干渉が非常に強い。だから君のその選択は正しいわけだが、衛宮士郎と君本来の魔力をあわせたところで杖をまともに駆動するなどおそらくは不可能だろう。
 結局のところ、ここで君を倒すならこの泥を使う程度で十分なわけだが」
「……」
 うるさい。しかも長い。オタクのたわごとかってぇの。
「いつまで能書たれてんのよ。うざいからとっととやめな、誰も聞いてないよそんなこと。
 それよりあんた、その身体なに?『光の者(ゲノイア)』がそういう手段をとるなんて初耳だわ」
「ふむ。それもそうだな。そちらの方が重要だったか」
 納得したような顔で頷く言峰。なんつーか、もったいつけた奴だね。
「君が知らぬのも無理はないが、別に天空から大仰に飛来するだけが我々ではないということだ。
 ここはまだ異星文明との接触がない。過去にはあったかもしれんが記録もなく、現文明ではそれは否定されている。しかもある程度の文明は所持しているわけだ。
 こういう星に入る場合、派手な演出は逆効果になる。むしろ適当な原住民に溶けこみ融合し、機会が訪れた場合にのみ力をあらわすというスタイルがもっとも好ましいものだ。しかもこの星は警察のみでなく、代行者などの宗教的戦士もいる。こうした連中は非常によい隠れみのになるのだ。超法規的活動もできるしなにより彼らは秘密主義。これはとてもやりやすい。
 とはいえ、私の場合はこれのおかげで大変な目にあってしまったのだが」
「?」
 大変な目?どういうこと?
「それはこの男、言峰綺礼の問題なのだが…まぁそれはいいだろう。今となっては瑣末だし、言峰本人もそれは望んでいない。曰く『聖杯の意味も理解せず答えを求めもしないような者に語る言葉はない』そうだ」
「はぁん、確かにね。私もそれでいいわ」
 イリヤをあんな目にあわせるような奴だもの。
 確かに、そこには奴なりの理由もあるのかもしれない。それに私も、自分が正しくて相手が間違ってるなんて思うつもりはない。今この時、それは重要じゃない。
 だけど。
 
「さて『星辰の巫女』。君は第一級の犯罪者として今も登録されている。これは『もし必要ならば真っ先に殺してかまわない』というレベルのものだ。指名手配こそ解除されているがね。
 しかし君の言い分もあるだろう。何か申し開きがあるならいってみるがいい」
 
 ……なに?
 
「それどういう意味?星ごと大量殺戮された被害国の生き残りよ私。そっちが謝罪するならともかく犯罪者扱いって……どういう神経してんのあんたら?」
「ふむ、確かにそういう意見もなくはない。いくらなんでも星ごとはやりすぎであり君の怒りはもっともだとね。
 だが正式にはそうなっていない。惑星ゴロドーを滅ぼした事は仕方のない事であり我々の行動は問題なかったという結論が宇宙法廷により既に出されている。そして我々の同士を何十万と殺戮した前代未聞の殺人鬼である君についても『追撃や執行は積極的には行わない』という形で温情判決が出されているほどなのだ。
 君はもちろん不本意に感じるだろう。だがこれが宇宙の決定であり、君に反論する権利はない」
「……」
 何言ってんのこいつ?
 いくら『光の者(ゲノイア)』が馬鹿ぞろいでもその結論の意味くらいわかるだろう。彼らはその立場上の事情で自分たちが悪いと簡単に認めることができない。だからそうゆう判決を出すことで事を納めるわけで。ようするに国としちゃ『追撃しない』ということで「すまなかった」って正式な謝罪のかわりにしたってこと。
 賭けてもいい。追撃どころか、平然とそこらを歩いても私は問題視されまい。完全に無罪放免というわけだ。
 まぁそれはいい。素直にうれしい。憎しみは消えないけど喜ばしいこと。すごく理不尽っていうかさらなる怒りがこみあげる内容だけど、譲歩したってだけでもだいぶマシだわ。
 で、こいつは何言いたいのさ?
「ようするにあんた、今この状態を『職務妨害』とかそういうふうに報告して『合法的に』私を殺したいわけなのね。『積極的に執行』が禁止されてるから。
 世の中じゃそれを私刑(リンチ)って言うのよ知ってる?もしやったら裁かれるのは私じゃなくあんたの方だわ。わかってんの?」
「問題ない。この星の担当は現在私だけだからな。君がいなければどうにでもなる」
 うっわぁ。完全に犯罪者の論理だわ。
「随分と私に私怨もってるのねえ。あんた本当に『光の者(ゲノイア)』?違うでしょ。よくも悪くも『光の者(ゲノイア)』は厳格なとこよ。その手の手合いに末端監察官の資格なんか与えないはず。
 ま、言い分くらいあるんでしょ?何か申し開きあるならいってみなさい?」
 口調を真似て言い返してやる。思いっきり小馬鹿にした感じで。
 あんのじょう、奴は乗ってきた。
「──そうだな。私はそれを言う義務があるだろう。よりによって君にいわれるとは心外の極みだが、それは認めなくてはなるまい。
 私はあの日、ゴロドーにいたのだ。君のいた神殿の近く。仲間たちと一緒にね」
 へ?
「私たちは新兵だった。邪悪の帝国を滅ぼした事は大いなる誇りであり、その偉大な一歩に参加できたのはわが身が震えるほどの喜びだったよ。今でもあの時のことはよく覚えている。
 ところがその時だ。廃墟となったはずの神殿の方に、計測できないほどの凄まじいエネルギーを感じたのだ。
 ゴロドーは高度な科学文明を一切もたない。魔術と呼ばれる奇妙な特異技術で宇宙にまで進出した稀有な惑星であり、私たちも詳しいデータはあまりもっていなかった。だから何事かと駆けつけようとした。
 だが次の瞬間、私たちの仲間の一部が一瞬で蒸発した。そう。君の発した強大な破壊光線によってだ」
「奇妙な特異技術ってあんたねえ。あんたの入ってるその言峰だってその魔術の使い手でしょ?かりにもマスターなんだし」
「しかし事実だ。言峰と融合したおかげで少しその有り様が理解できたが、今もってしても魔術の深遠はわからぬ。奇怪で謎に満ちた奇異なるものには違いないのだが。
 れっきとしたゴロドー人の君には悪いが、こんなもので星にまで届こうなんて手合いは狂ってるとしか思えん。正直私たちには完全に理解不能の境地だよ。学問としては大変興味深くはあるが」
 つきあいきれん、という顔で言峰はためいきをついた。……なんだかなぁ。
「ふむ、言峰も同意するそうだ。どうやら私たちは思ったよりはウマがあうようだな。ありがたいことだ。
 さて、そんなところでもうわかったろう。君は私の仲間の仇だ。ここで会ったが百年めではないがこれほどの幸運もないだろう。1244年前の怨みがここで晴らせるのだからな。
 友や先輩方を殺された怨み、受け取ってもらおうか『星辰の巫女』」
 そういって言峰は、怒りを滲ませた。
 
『なんだそれは、ふざけるな』──私の中の衛宮士郎が叫んだ。
 
 なに、それ。完全に逆怨みじゃない。
 そんなことで(わたしたち)を断罪しようっての?
 
 馬鹿にして!!
 
「──いいわ。(わたしたち)があんたを消したげる」
「ん?『私たち』?」
 首をかしげる言峰を前に、私はつぶやいた。

「『投影開始(トレース・オン)』」



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