それは魔術においても同様。衛宮士郎との融合で私の魔術が少し変わったように、衛宮士郎が衛宮士郎があるがゆえの投影魔術もまた、私との融合で変わってしまった。
もう、衛宮士郎に投影は使えない。不可能ではないが完全なものは無理だろう。少なくとも宝具の再現なんて無謀はもう一切使えない。
だけど、ひとつだけ例外がある。
『シロウ、あなたは私の鞘なのです』
甘やかな彼女の言葉。それを思い出した。
そうだ。
これだけは、これひとつだけは残っている。
撃鉄が落ちた。
思考が円環をなす。それはみるみる速度をあげ、ついには火花を散らし軋みをあげていく。
そしてそのカタチを、またたく暇もなく瞬時に作り上げてしまう。
「『
投影開始の呪文を口にした、その瞬間。
──それは、あらゆる工程を全てすっとばして完成していた。
そう、それは最初から作る必要などなかった。
何故ならこのカタチだけは「違う」のだから。
衛宮士郎の中に刻まれ、完全に記憶し一身となった、衛宮士郎の半身そのものなのだから。
さあ、ここからが『巫女』である私の仕事。
自分の背後にソレを固定する。
手で掴むのではない。杖で構成する魔力の『手』で掴む。
そうして、そこに杖を魔術的に接続する。
まだだ。まだ足りない。
──そう。それだ衛宮士郎。きみの言葉で呼びかけなさい。
『
それの機能は本来『遮断』。
外界の汚れを寄せつけない妖精郷の壁。この世とは隔離された、辿り着けぬ一つの世界。
聖剣の鞘に守られた使い手はこの一瞬のみ、この世の全ての理から断絶される。
この世界における最強の守り。
五つの魔法すら寄せ付けぬ、何者にも侵害されぬ究極の一。
だがそれが現在、強大な魔力炉心として機能しようとしていた。
究極の遮断壁を作るはずの魔力が崩れ、鞘からまっすぐ杖に注がれた。ひとつの『世界』を構成するはずの膨大なエネルギーが杖に接続され、杖により変換され異星の言語に置き換えられる。
そして、
目を開けた。
最初に目についたのは、衣装だった。
遠坂にもらったはずの服が変わっていた。絹にも似て軟らかく軽く、懐かしくも優しい感触のドレス。神事に使うものにふさわしく、袖口には魔術印章や呪文がぎっしりと金文字で縫い込まれている。
星辰の巫女の正装『まどろみのドレス』。
杖を通して星と語り、その夢をみる。星辰の巫女が行う神事のため、ただそれだけのために作られた聖なる衣装。
杖を掴んだ。
膨大な魔力が杖にあった。こうしている今も背後で鞘は活動を続けており、その魔力がとうとうと注がれているのがはっきりとわかった。かつての大神殿にはもちろん遠く遙かに及びはしないが、ひとつの世界が構成する魔力である事を杖が、そして私自身がはっきりと知覚できた。
──いける。
これなら、『
「……なんだこれは」
驚愕したような声がする。そっちを見た。
言峰。いや、言峰に入り込んだ『
「いったい何をしたのだ、貴様!!」
『
「!」
たちまち水面より真っ黒な触手が飛び出し、次々にこちらに襲いかかる。
「『
刹那、その全ては見えない壁に阻まれた。
「!効かぬか!ならば」
言峰は両手の拳を胸のところであわせ、叫んだ。
「この私自身で倒してくれる!」
刹那、強烈な光があふれた。
その頃、境内ではギルガメッシュがズタボロになって倒れていた。
致命傷なのは間違いなかったが消滅まではわずかに時間があるようだった。とはいえ、もう戦う気はないようだったが。
「──憎らしい女だ。最後までこの
「……」
セイバーは答えない。彼女にもそこまでの余裕はなかった。
「だが許そう。手に入らぬからこそ、美しいものもある」
「ギルガメッシュ」
その時になってはじめて、セイバーは口を開いた。
「最後に教えてください。どうして貴方はシロウに」
「ふん、わかっているとも」
ギルガメッシュは、なぜか遠い目をしてつぶやいた。
「夢を見たのだ。この
「夢?」
「ああ」
ふっとその目が優しくなった。
「それは遠い星の彼方。とある国の夢だった。
「!ギルガメッシュ!貴方は」
その言葉の意味を知りセイバーの顔色が変わる。だがギルガメッシュは首を横に振りそれを否定した。
「それはありえん。あれは巫女だぞ騎士王。そういう事は敏感に察知するだろう。違うか?
そして、あれは
少し、寂しげな笑い。
「
「……」
セイバーはそんなギルガメッシュを見、そして手を出した。
「……なんの真似だ騎士王」
「見たくありませんかギルガメッシュ。彼女の戦いを。
貴方がシロウの言う
「……」
「さあ」
「……いいだろう。他ならぬ貴様の願いだ、それくらい聞き届けてやる」
ギルガメッシュはセイバーの手を借りようやく立ち上がった。
「ふう。しかし派手にやられたものだ。右半身がほとんど効かぬ」
「歩けますか」
「なんとかな。消えるまでは少しばかり時間がありそうだ……?」
その時だった。
異質な魔力、異質な生命力が突如として建物の向こうでふくれあがった。
「!?」
聖杯ではない。それは汚れを持つわけではなく、ただ異質なだけ。
それは野獣のソレに近い。
クジラより大きな野獣があればそんな生命を発するだろうか。つまりそういう類のもの。山頂の寺なんてところにあるはずがない、何か。
騎士王と英雄王は同時にその方を見上げた。
「──な」
セイバーが絶句した。ギルガメッシュが憎しみの顔をさらす。
「なんと『
そこにあったのは、巨大な異星人。
奇妙な銀と赤の戦衣をまとっていた。それは非常に特徴的なボディスーツで、しなやかなその肉体を頭の上からすっぽりと包みこんでいた。
そして、なによりも特徴的なのが──
まるで昆虫のような、夜の闇に輝く巨大な楕円形の双眸。
『
幾多の星々の英雄譚に登場する異星の超戦士。ある時は神と謳われ、ある時は赤銀の魔物、世界を炎で浄化する破壊神とも囁かれる。『何かを守り戦う』その一点のみに果てしなく特化した奇怪なまでの生物進化の究極。
寺の向こうに見えているにも関わらず、それはまわりの光景が怪獣映画の撮影セットであるかのように小さく見える。
つまり、それほどに非常識な大きさだった。
「許せぬ」
「──英雄王?」
「この
動かぬ足に鞭をくれた。少しよろめき、セイバーがすぐに手を貸す。
「事情はよくわかりませんが、いきましょう!」
「うむ!頼むぞ」
ふたりは肩を貸しあい、それでもぼろぼろの怪我人とは思えぬ早さで奥に向かっていった。
「あははははははははっ!」
笑いが止まらなかった。
変身した『
信じられない。いったいなんの冗談だこれ。
『……何がおかしい』
怒りを滲ませた声が、その巨大なものから放たれた。
「何がってあんた……いやごめん悪い」
それでもなんとか笑いをおさめる。あー腹いてぇ。
「……でも仕方ないだろ。あんたのその格好ちょっと凄すぎるぞ。
まさか本当にウルト○マンそっくりだなんてな。俺は夢に見た時、単に自分が理解できないとこを記憶で補完したんだろうって思ってたんだけど」
これが笑わずにいられるかっての。遠坂あたりが目にしたら、めいっぱい呆れたあと二時間は笑いころげるぞきっと。
いや、でもそれって。
「……確かに不愉快だなあんたら。ものすごく」
ひとしきり笑って頭が冷えたら、その意味がよくわかった。
こうまで印象的な姿で『正義の味方』のイメージをつけられたら、そりゃ忘れられないだろう。ましてや
そうした、憧れや慕情が全て裏切られた。全てが否定された。
「……許さない」
それがどちらの言葉なのか、もう『私』自身にもわからない。
──殺してやる。
それが過去の再現であってもかまわない。
あんな姿で私怨を振り回すなんて絶対許さない。
正義の味方とは子供限定なんだよ。そう言った切嗣。
寂しそうな顔を覚えている。
あの微笑みにかけて。
絶対、目の前のこいつだけは認めることができない!!
戦いのはじまりを告げる最後の
「『
闇がはじけた。