ぎしゃん、ともぐしゃ、ともつかない音がした。
巨大な足が誰かを踏み付けにしようとした音。だが踏んだのは石ころや土くればかりで、その誰かはとっくに空に逃げ出している。
その飛翔はたった一瞬、詠唱も何もかもすっ飛ばして行われた。
「あはは、こわいこわい」
巨人にとり少女は小さすぎる。虫を捕える行為に似ていた。
しかもその小さな虫は、成長しきったオオスズメバチほどの戦闘力を秘めているのだ!
「『
杖から細い、しかし山をも打ち抜く強力な光の槍が飛ぶ。
「ふんっ!」
しかし、気合い一発で吹きとばされてしまう。
「はぁ、でたらめだねえあいかわらず」
けらけらと愉しげに少女が
「やはりゴロドーよな貴様も」
巨人がその表情を見て、いまいましそうにつぶやく。
「どれだけ怒ろうと頭は冴えている。戦闘を何よりも好む気質のくせに、血潮のほとばしりの中でそれと対極にある魔術を軽々と扱う奇怪なる二面性。
その異質さが周辺より疎んじられ、ついには滅びを招いたとなぜわからぬ」
左肘をあげ肘を心臓の高さに、そしてその手首に右手を添える。
「ふんっ!」
パッと右手を放すと、光の輪のようなものがくるくると円弧を描きつつ少女に飛んでいく。
「『
しかしそれは少女を捕らえる直前で吹きとばされた。
「ふっ」
その間に巨人は右手をチョップの形に掲げ、肘のあたりに左手を横に重ね、
「たぁっ!」
右手小指から肘にかけてが輝き、冷たい光のビームがほとばしる。
だが、
「『
いきなり七人の影に分裂した少女がそれを七色の光にして跳ね返す。
「はっ!」
その瞬間に巨人は光を避け、同時に少女の眼前に迫り、
「ふっ!」
しかし少女も畳み掛けるような一撃をするりと交わして逃げる。
「?どこだ?」
一瞬姿を見失う巨人。きょろきょろと周囲を見るが、
「『
「!」
転がり逃げた刹那、巨人のいた場所に巨大な落雷が落ちた。
「くっ!」
大木を裂くどころか瞬時に蒸発させかねないエネルギーに山全体が揺れる。
「あら素早い…!」
空で嗤おうとした少女の眼前には巨大な光弾。避ける間もなく、
「きゃあああっ!!」
少女はそれをまともに食らった。
「……」
池のそばまで到着したセイバーだったが、その光景に完全に目を奪われていた。
「これは……鞘を投影したのですかシロウ。しかしそれにしても」
「どうやら山の裏側で戦っているようだな。確かにあの図体じゃここでは戦えんか。聖杯を巻き込むと面倒だしな」
セイバーの横でギルガメッシュがつぶやいた。
「市街地を避けたのは、あれの判断か。あいかわらず細かいんだか大雑把なんだか」
「ギルガメッシュ」
「なんだ騎士王」
ギルガメッシュに向けたセイバーの瞳は、戸惑うようだった。
「シロウ、いえ彼女について知るなら教えてほしい事があるのですが」
「なんだ?戦闘能力なら見ての通りだと思うが……!」
ピカッ!と凄まじい閃光が全山を包んだ。
「む、これは
「……心配ではないのですか貴方は。今は違えど姪のようなものなのでしょう?」
少しだけ怒りを滲ませてセイバーが言う。
「あれはもう異星人による異星の戦闘にすぎん。なかなかの見物ではあるが
「で、ですが」
それよりこっちに来い、と手招きしてギルガメッシュは歩きだす。
「どこに行くのですか?」
「不本意だがあの馬鹿娘の手伝いだ。楽しいのはわかるが本来の仕事を忘れるとはな。ここまで予想通りとはまったく嘆かわしい」
よりによってこの
「あの戦闘に引きつけられるのはいいがな騎士王、よくまわりを見ろ。おかしいとは思わんか」
「?」
いわれてセイバーは周囲を見渡した。
静かで美しい池の水面。焼けたような枯れ草の原は戦闘の痕跡か。岸の反対側にある聖杯と、そこに捧げられている
「特におかしなところはないように見えますが?」
「馬鹿者、『ないからおかしい』のだ。よく見ろ聖杯を」
ギルガメッシュに促され聖杯を見たセイバーだったが、
「これは!」
ハッと息を飲んだ。
「そうだ。ここまで汚染された聖杯が稼働し孔も開いたままだというのに、どうしてこうも清浄なのだ?十分おかしいだろう」
「た、確かに。でもいったいどうして」
「わからん。だが
「わかりました。で、その予想とは?」
「歩きながら話す。
セイバーは、こくりと頷いた。
「くぅ……」
全身に走る痛みをこらえつつ、少女は大木の根元にいた。
「いたたた。障壁があっても吹きとばされちゃあね」
防御障壁ごと光弾に吹きとばされた。
本来なら死んでもおかしくない一撃だった。だがどういう奇跡か少女は大木の頭に墜落し、無数の枝葉に勢いを殺されたおかげで無事だったのである。
「う〜、ごめんね。痛かったでしょ」
大木の幹にもたれたまま、背後に手を回してなでた。
咄嗟に張った結界が効いているのかまだ発見はされていない。がさごそとあちこちを探る音が響いている。
「しっかし1200年か。そりゃ、あいつらも進歩するわけだ」
その年数が地球のものか彼らの星のものか、少女にはわからない。だが途方もない年月なのは確かだ。
少女は知らなかった。
冬眠状態で宇宙を彷徨っていたのだし地球とキマルケでは接点がなさすぎる。そして衛宮士郎はそういう事とは無縁の少年。
過ぎた時を計る方法など、そこにはなかった。
「巫女としての戦闘方法だとまずいか。なんかいい方法ないかな?」
パワー自体がガタ落ちなのに旧来の戦闘方法ではお話にならないだろう。それはわかる。
だが、では具体的にどうするのか。
「う〜ん……いきなり別のアプローチっていってもなぁ」
杖の魔術は本来特定のカタチにこだわったものではない。杖はただ少女の願いのままに膨大な魔力をカタチにしているにすぎないのだから、少女の考え次第でどのようにでもなる。
「……まてよ」
ふと少女は表情を変えた。衛宮士郎がよく学校でする顔。友人の頼みを聞いてドライバー片手に走り回っている時の顔だ。
「こういう時は四角四面にやっちゃいけないんじゃないか?願いをカタチにするってのが杖の本質なら、何も真っ正面からぶつかるばかりが能でもないだろう」
それは生粋の巫女・つまり神職である少女には絶対できなかった発想だった。
「杖……巫女……う〜ん」
むむむ、と少女は考え込む。
「杖、か」
傍らの杖をみる。
今は木を背にしているため、杖は鞘と一緒に脇に置かれていた。今も魔術的接続は生きており結界の呪法を紡ぎ続けている。
きらきらと輝く杖の燐光をじっと見ている少女だったが、
「……あ、その手もあるか。……でも」
うまくできるだろうか?
生真面目な巫女だった『少女』もしかり、ましてや健全な青少年だった衛宮士郎にはもっと恥ずかしい。正直ものすごく抵抗があった。
「……やるしかない、かな」
赤面しながら少女はつぶやく。
「……これってやっぱり、一成と美綴に感謝、なのかな」
いったい何をする気なのかはわからないが、出てきた人物の組み合わせからしてロクなものではなさそうだ。
がさ、がさがさという音がした。
「やば、近い!」
いくら結界があろうと至近距離ではバレてしまうだろう。そして走れば足音で即バレ。
つまり、もう逃げ場はない。
「しゃあないやるか。
ま、少なくとも意表はつけそうだから隙はできるだろうし」
少女は杖を手にとった。