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変身

「え?」
 突然に湧いた魔力の奔流は、そこにいた全員の動きを止めるに充分だった。
 凄まじいほどの魔力が衛宮士郎から吹き出していた。それは彼のひとを包み込み、紫の闇にすっぽりと包み込んだ。
「え?……えぇ!?」
 凛はたじろいだ。その魔力が宝具のそれを思わせるほどに濃厚、かつ見たこともないほどに異質だったから。
「え?なに?なんなの?」
 イリヤは目を丸くした。その光景が(魔術的な意味で)あまりに異様だったから。
「この魔力……!」
 セイバーの顔は驚きに染まった。流れる魔力に感じた懐かしさに。
 紫の闇の中で、小さな影が立ち上がった。それは衛宮士郎のそれより随分と小さく、長い髪をもつ少女のシルエットだった。
 そのシルエットが動いた。
『──いでよ杖。星辰の導きのままに』
 現れた杖を左手で掴んだ。
『大神殿の代用になる動力源を確保、接続確認。続いて第二節に移行……』
 紫の闇が晴れ、そこにいたのはシルエット通りの少女だった。
 燃える赤の髪は衛宮士郎と同じもの、ただしその長さは腰まで届いていた。黒曜石の瞳は神秘をたたえていたがこれもそのどこかに彼のイメージを残している。イリヤにすら届かぬ小さな身体に、士郎の着ていたパンダ柄のウェアが血まみれのボロボロでまとわりついている。
 下は履いていない。素足で生足、パンツすらも履かず。ズボンは足元に転がっている。だが小さいため上のウェアだけで幸いな事に、とりあえず重要部分は全て隠れている。
 その卑猥とも愛らしいともつかない姿に、あまりにもアンバランスな『杖』。
 長さは少女の身長より少しある。材質は木とも金属ともつかない。全面にびっしり刻まれた魔術文字らしきものは凛にすらその内容が全く理解できなかった。魔術的なガードうんぬんではない。使われている言語や魔術式があまりに異質なためだ。
「……」
 全員、まるで思考が停止したかのように固まっていた。それはそうだろう。いくらなんでも、轢死もかくやの惨状だった少年がいきなり女の子に変身したのだ。まるでUFO でも見たかのように固まってしまったとしても無理はない。
 だが、
「さがってろセイバー、遠坂」
「な……まさか本当に衛宮くん!?」
 少女の言葉にまず、凛の思考が再起動を果たしたようだ。少女はそのまま凛の横をぬけ、まだ固まっているセイバーの前に出ようとした。
 だがセイバーも黙ってはいない。
「待ってくださいシロウ!
 あなたに何が起きたのか私にはわからない。だがこれだけは言える。あなたの今の状態は普通ではない。
 さがっているのはあなたですシロウ!それに私はあなたのサーヴァントだ。その私があなたに守られるのでは本末転倒です!」
「いいからさがっててくれセイバー。問題ない。
 それに俺が心配ならなおさら休んでてくれ。一秒でも長く」
「!」
 不満そうに、だがそれでも指示の意図を理解したのだろう。引き下がるセイバー。
 そして少女はイリヤと巨人(バーサーカー)に向き直った。
「あ、あなたなんなの?あなたなんか知らない!」
「自己紹介はもうすんでる。姿が変わったくらいで何か問題あるのか?」
「……それもそうね」
 イリヤは思い直したのか、少女の顔をまじまじと見た。
「なるほど、本人に自覚がないのね。それでいて当人の土台は維持してる。
 何がどうなってるのかわからないけど面白いね。日本は変身ヒーローの国だってキリツグが言ってたけど、本当だったんだ」
 確かに、仮面の忍者からパンツかぶり変態野郎まで日本のヒーローに変身はつきものである。まぁ根本的な面でなにかものすごい勘違いをしているようだが、今はそれを訂正している場合ではないだろう。
 さらに、衛宮切嗣と彼女(イリヤ)の間にはなんらかの接点があるらしい。
「ま、どうでもいいことか。
 じゃあそろそろ再開するね。珍しいイベント見せてもらったけど、キリツグの息子を殺すってわたしの目的は変わらないわ」
 動きを止めていた狂戦士が、のそりと動きだした。
「やめる気はないんだ。……仕方ないな。じゃ、戦う」
 少女はそう言うと、静かに呪文を唱えた。
 
光より来た者、光に追い返せ(ゲロイア・デヴァ・ゲロノア)
 
 刹那、少女の杖のまわりの空間が歪んだ。
 いや、それは目の錯覚にすぎない。強力なバーナーで熱せられた空気が景色を歪めるように、爆発的に燃え上がった魔力が『魔力もつ者』の知覚に歪みとして見えたにすぎない。
 そして少女は杖をバーサーカーに向けた。
貫け(テラン)
 その瞬間、杖から真っ黒な魔力のビームがほとばしった。小さくない反動を発してそのビームは跳び、バーサーカーの頭に突き刺さる。
「!!」
 刹那、バーサーカーの頭が闇に包まれ消えた。
「な……!」
 凛とセイバーの驚きの声が背後から聞こえる。だが少女は動かない。
「……まだ倒れてない」
 少女の目は冷静だった。まるでこの程度の死闘には慣れてると言わんばかりに。
「……?」
 凛がそんな少女のありさまに眉をしかめたのだがその次の瞬間、
「……■■■」
「!!」
 短い唸り声と共にバーサーカーが闇から出てきた、頭が半分欠けているがまだ平気のようだ。
 そして、その頭もみるみる修復されていく。
「……バーサーカー、一回死んだの?まさか。たったあれだけで?」
 だがイリヤを驚かす程度には効果があったらしい。むむ、とちょっと考えた彼女だったが、
「──いいわ。正直期待してなかったけど、なかなか楽しくなりそうじゃない。
 リンのサーヴァントにも逢ってみたいし」
 そう言うと、イリヤはにっこり笑った。そして、
「楽しかったわおに……じゃないか。姉?妹?ん〜どっちでもいいわ。とにかくシロウ、また明日ね」
 それだけ言い残し、去っていった。

接続・解除(デクァ・イア)
 セイバーが我に帰ったのはイリヤが去り、それを確認した少女が戦闘状態を解除したらしい瞬間だった。
「シロウ!!」
 セイバーにはわからなかった。自分のマスターに何が起きたなんて。
 だが彼女にはひとつだけわかる事があった。シロウの魔力の源泉だ。少女の使う魔術がなんであれそれには魔力が必要で、シロウはそんな膨大な魔力を持つ魔術師ではなかった。
 いや、それ以前にセイバーはその魔力を知っていた。だからこそ、今のシロウが外見はともかく中身はただごとではないのがありありとわかった。
「シロウ、杖を仕舞いなさい!それ以上魔力をそちらに回してはダメです!死にたいのですか!」
 セイバーのコトバがわかったのか、少女の手から杖が消えた。それと同時に少女は崩れ落ちる。地面に倒れる前にセイバーの手がそれを支えた。
 それはやさしく。まるで、それが自分の大切な分身であるかのように。

「……」
 凛はそれを魔術師の顔でじっと見ていたが、
「リン!すみませんが私たちはすぐに引き上げます。もしよろしければ──」
「わかってる。わたしも確認したい事とか山ほどあるし、手伝うわ」
「ありがとうございます」
「いいって。それより大丈夫なの彼?……って、本当に衛宮くんなの?その子」
 セイバーが抱き抱えたので少女の上着がずれ、むきだしの下半身が凛の目に入った。外見のわりにうっすらと恥毛に包まれたそれは、凛の知るその年代の少女にしては成熟度が高いようにも見えた。
 だがそれで充分だった。
「見たところ、中身もしっかりと女の子みたいなんだけど?たった一瞬で男の子が女の子に変身しちゃうなんて」
 そう。それはもはや魔術の領域ではない。
 それにあの杖。それに使った魔術や言語。あれはいったいなんなのだ。
 凛本人に自覚はないが、確かに彼女は天才であり秀才だ。彼女はその類まれな魔術師としてのセンスで、少女の使った魔術が普通ではないことをしっかりと悟っていた。
(神代のもの?ううん違う。あれは『違いすぎる』。どんな体系の魔術だろうと、今となんの接点も持たない完全に独立した体系なんてありえない。サーヴァントならともかく今の人間が扱う以上、今の人間の要素が入らないわけがないんだから)
 たとえばそれは、凛が魔術で使うドイツ語にもいえる事だ。宝石魔術を最初に編みだしたのが何者かはわからないが、その当時に現代ドイツ語はないはず。つまりそこには、現代の人間である凛たちの解釈が関わっているわけだ。
 なのに少女の魔術はまるで異質のものだ。接点がまるで感じられない。
(それとも、遠い昔にもう滅び去った体系なのかしら?
 でもそれじゃ理屈があわない。それを衛宮くんが扱える理由がわからない。かりに彼の前世がそうした時代の人間で、過去を憑依させる事でその魔術を引き出したって可能性もないわけじゃないけど)
 セイバーに手を貸し家路を急ぎつつ、凛の思考はフル回転している。
(あるいは……荒唐無稽かもしれないけど、宇宙人って可能性もあるかもね。うちの大師父クラスになると異星人の魔術師との交流の可能性も指摘されてるし、この馬鹿なら相手がそういう化け物と知ってて普通に交流してた、なんてことも可能性ゼロとは言いきれないし)
 凛はそこまで考えて、まさかねと苦笑した。
 その荒唐無稽な予想が実は大正解であるなどと、いくら凛だろうと……いや凛が凛だからこそ、あまりに予想の斜め上な事態を受け入れる事ができなかったのだろう。
 まぁ子細はいい。とにかく生き延びたのだ。
 アーチャーも交えて今後の作戦を立てなくては、と凛は内心で考えていた。



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