温かい世界で目覚めた。
ぬくもりがあった。ずっと昔、藤ねえに無理矢理添い寝された翌朝もこんな感じだったと思う。子供だったあの頃。切嗣をなくしてまだ間もない頃──
「おはようございます」
「……ん。おはよう」
耳許で響くセイバーの声。
「まだ暗いですがまもなく朝です。来客があるのでしょう?大騒ぎになる前に一度起きた方がいいと思います」
「ん……そう、だね。うん」
変だな。どうしてセイバーの声が耳許でするんだろ。
「そうそう。早く起きた方がいいわよ衛宮くん。ややこしい事になる前に話しておきたい事が山のようにあるしね」
「……?」
なんで遠坂が俺の部屋にいるんだ?……
……………って、えぇぇぇぇぇぇ!?
「!!」
一瞬で俺は飛び起きた。
「な、な、」
「はい、おはよう衛宮くん。それにしてもセイバーって全裸で寝るのね。知らなかったわ」
「おかしいですか?変なものを身に着けるのは嫌いですし、敵襲でもあれば武装で服がなくなってしまいます」
「ま、たしかにね。でもそんな無防備さらされるのも複雑だなぁ。いちおうわたしもマスターなんだけど?」
「これでもひとをみる目はあるつもりです。リン、貴女にそういう卑怯な真似ができるわけがない」
「……なんかムカつくわね。マスターもマスターならサーヴァントもサーヴァントだわ、ったく」
「ふふ」
って、なにのどかに世間話してんだっ!!
「お、おまえら!いくらなんでも朝っぱらから男の部屋なんかに……って、あれ?」
なんだ?この手。
「あれ?あー、あー……なんだ?」
「あ、気づいたみたいよ」
「そのようですね。……さてシロウ。鏡でも見てみましょうか」
え?え?
「はいはい、衛宮くんはこれ見なさい。……ったくもう。あんなド派手やらかしといて自分がどうなったかも気づいてないなんてね。呆れるわ」
「……」
遠坂が俺の目の前に鏡を置いた。桜にたまに使わせてるやつなんだ……け……
「…………はい?」
あれ?
これ……夢に出たあの子に似てる。
「……えっと、君誰?」
「ちょっと衛宮くん現実逃避しないの。それはあ・な・た。ゆうべからね」
……えっとその……はい?
「あーダメだわこれ。セイバー」
「なんですかリン?」
「朝食の支度と来客の対応、引き受けるわ。あなたは衛宮くんをなんとかしてくれるかしら?」
「わかりました」
二人の会話がよく聞き取れない。
『待て凛』
と、遠坂のサーヴァントらしい声が障子の向こうで聞こえる。
「なに?アーチャー」
『誰かこの家に近付いてる。若い女性で髪が長い』
「あら、桜もう来たんだ。早いわね」
『食事の支度は私がする。君は来客対応を。弓兵の私に暗示の魔術は無理だ』
「わかった。じゃあそっちは頼むわアーチャー」
『任されよう』
そんな会話の後、遠坂は立ち上がった。
「状況はセイバーに聞きなさい衛宮くん。で、その身体のことは後で聞かせてちょうだい」
「いや、あの遠坂。さっぱりわけが」
「わからない、てのは聞かないわよ!」
遠坂は俺に向かってずい、と乗り出した。鼻と鼻がぶつかりそうなほどの距離だ。
俺は焦った。てか当然だろう。かりにも憧れの女の子にそんな真似されたら、
「あら、興奮してるの?それは光栄だけどおあいにくさま、その身体じゃ何もできないわよ。だって付いてないんだもの」
「……遠坂。かりにも女の子が『ついてない』ってのはまずいと思うぞ。……って、え?」
ついてない?どういうことだ?
「……セイバー。何してもいいからきっちりこの馬鹿に自覚させてちょうだい。悲鳴くらいならなんとでも誤魔化してあげるから」
遠坂はやたらと物騒な言葉を残し、部屋を出ていった。
部屋にはセイバーと俺だけが残された。
セイバーは全裸だった。俺はなるべくそれを見ないようにしていたが、
「目を背けなくてもいいのですよシロウ。女の子どうしですし」
「いや、待ってくれセイバー。さっきから遠坂もなんか変だぞ。俺のこと女の子だとか、ついてないだとか」
「認めたくないのはわかりますが、時間の無駄というものですよシロウ」
はぁ、とセイバーはためいきをついた。
「昨夜のことは覚えているでしょう?
シロウ、貴女は女性に変化したのですよ。あの戦いで」
「……それは違うぞセイバー。俺は確か『力』を受け取っただけで」
「『力』を?だれにですか?」
不思議そうにセイバーは首をかしげた。
「あーそれがな、俺にもよくわからないんだ。
最近よく夢にみる子なんだ。ただの夢じゃないとは思うんだけど……よくわからないがどこかの戦争でなくなった子らしい。魔術は使ったみたいだけどあまり得意じゃないとか言ってた」
「得意じゃない?それはなんの冗談ですか?」
セイバーはどうやら俺の説明がお気に召さないらしい。
「その『得意じゃない』魔術であのバーサーカーの防御を打ち破ったのですよ貴女は。バーサーカーの宝具はおそらくあの肉体。つまり貴女はれっきとした宝具をひとの身で突破してみせたのです。
それが得意でないと?いったい貴女は何者なのですかシロウ」
「……それは」
なんといって説明すればいいんだろう。
夢で見たあの杖。星の力そのものをその身にまとい、神の如き戦士たちとたったひとりで渡りあった少女の姿。
猛々しく、そして悲しい姿。
だめだ。とても全部なんて説明できない。
「説明できないのなら、それは後回しにしましょう。今はその時ではありませんし。
シロウ。いつまで布団にくるまっているのです?いいかげんそれをとりなさい」
「あ!」
布団をはぎとられた。
俺の身体は白く、軟らかかった。胸が「ふくらみかけ」な感じ。いや、男である俺の胸がふくらむわけないんだけど、ろーりーな感じというか名札つきスクール水着がとても似合いますねというか、いろんな意味で「自分の身体として見るには」とっても嫌な感じだった。
しかし、しかしだ。そんなことより
「────あ」
ち、ちんちん、
───ちんちん、ない。
「──なんで」
「言ったでしょうシロウ。女性化したと。それが今のあなたです」
「──うそ」
なんで、なんでさ。なんでついてないのさ。
「シロウ?って待ちなさいシロウ!」
「な、ない!ない、ない、ない!」
子供の頃から見慣れたものがそこになかった。そしてその代わり、あるはずのないものがついていた。
なんで、それが俺の股間についてるんだ?
俺の『男』はどこ行っちまったんだ?
──なんで?
「う、うそだろおい!」
広げてみた。ビク、と身体が震えた。
「シロウ、何をしているのです落ち着いて!」
「ない、ない!ど、どうして!」
どうしてだよ、なんでないんだよ、どこ行っちゃったんだよ俺の。なんでこんななってんだよいったい何が。
ちんこ、ちんこが俺のちんちんちんちんちん
「シロウ!」
「!」
いきなり景色がブレた。セイバーにぶたれたらしい。
「……」
「……落ち着きましたか?シロウ」
「……」
震えが止まらない。
『わたしを受け入れたら最後、人間「衛宮士郎」としてのきみの生涯は終わる』
あの子の声が頭の中でリフレインした。
「──シロウ?」
「う、うん、ごめんセイバー。落ち着いた」
「……全然落ち着いてませんね」
はぁ、と困ったようにセイバーはためいきをついた。
「あまりこういう荒療治は好きではありませんしリンの企みに乗るのも嬉しくはありませんが、まぁいいでしょう。今のシロウはとてもかわいいですし」
「え?……!!」
次の瞬間、俺の口はセイバーの口に塞がれていた。
「!!……!!」
俺は、動けなかった。
セイバーは巧みに俺を抑え込んでいた。以前の俺ならなんとかなったのかもしれないが、今の非力なこの身体ではどうにもならない。されるままになるしかなかった。
「……落ち着きましたね」
「……」
思考が定まらない。
いったい何が起きているのか、何がどうなっているのか。
「いいのですよ。まずはゆっくりと整理してみましょう。時間はあります」
──あ。
そしてそのまま、俺はセイバーに元いた布団に押し倒された。
世界のすべてが、彼女の金髪と白い身体になった。
「……女も悪くないものですよシロウ」
闇の中。素肌と素肌のぬくもりの中。
セイバーの声が耳許で響いた。
「男であろうと女であろうと生き方自体には大きな影響はない。確かに特性の違いや社会的分業による問題は生まれますが、それは一定のレベルまでの話。そこを越えればもはや性別に意味はなくなる。その時ひとは男と女ではなく、その肩書きが代表する『公人』になってしまうのですから。
大丈夫。いちおうですが国王というものを経験した私が言うのです。間違いありません」
「……」
『国王』
そう言った時のセイバーの顔は誇らしげで、
……そして、どこかさびしそうでもあった。