『すまない』
そんな声が闇に響いていた。
少女の意識はもう尽きかけていた。魔力の源泉だった母星は砕け、今は宇宙の闇の中。本来ならとっくに死んでいるはずだが今、少女のまわりには無形のフィールドが張られており、それが少女を守っていた。
『すまない、娘よ』
その声は続いていた。
『君の怒りと悲しみは正しい。そして私たちは確かに間違っていた。わかっていた。わかっていたのだが、それでもそうするしかなかったのだよ』
疲れきった老人の声。
それが、虚空に光をもたらすという民族のものだと誰が知ろう。誰が予想しよう。
『正義の味方、調停者といわれても結局我々はただの掃除屋にすぎない。断罪するということは、つまり誰かの味方をし誰かの敵になるという事なのだから。悪と決めたものを排除するため、それだけのためのもの。ほら、掃除屋だろう?』
だが、それは確かに彼らの声だった。それはある意味、摩耗の果てに過去の自分に八つ当たりをしかけた、あの哀れな未来の■■に不気味なほどに酷似していた。
『せめて送ろう。たったひとりで我が軍に立ち向かい、未曽有の大混乱を巻き起こした君。かつての私たちと同じ心もつ『
私にはわかる。遠い星辰の果て、君はもう一度生きる事になるだろう。君に似た若き正義の味方、未熟な若い心身に瑞々しい獅子の心を持つ者と出会うだろう』
老人はためいきをついた。
少女の身体が光に包まれた。エネルギーを送り込まれた杖が輝き、繭のようなものに変わる。少女を守り、星々を渡るためのカタチに変貌する。
『願わくば』
そこで老人はつぶやいた。
『君の未来に、たとえ束の間でも安らぎがあらんことを…………幼き同志よ』
声はただ、それだけを告げた。遠ざかる光に向けて。
食卓を囲む面々があった。
ただその面々は、いつものそれとは全然違っていた。赤毛の少年は赤毛の幼い少女にすりかわり、その傍らには金髪の美少女が張りついている。対面には赤いツインテールの少女、そしてその従者とも言える赤い青年が座っている。青年以外の面々の前には、質素ではあるが立派な和食中心の料理がずらりと並んでいた。
「ねえアーチャー」
「なんだ?凛」
「セイバーにもごはん用意したのはなぜ?貴方がサーヴァントだから食べないってのはわかるとして」
そも、サーヴァントは亡霊のようなものだ。ひとの食事はとらない。
なのにセイバーの前には、他のメンバーの倍はあろうかという量のごはんやおかずがてんこもりにされていたのである。
「なに、ちょっと作りすぎただけだよ。
それにセイバーなら問題あるまい。彼女は見ために反して、おいしいものには目がないし健啖だからな」
「ちょっと待ちなさいアーチャー、それは」
アーチャーの言葉に驚いたセイバーが反論しようとするが、
「驚くことはないぞセイバー。
なに簡単なことだ。私は君に逢ったことがあるんだよ。もっともそれは私にとって生前のこと、そして君はその時もサーヴァントだったわけだが」
「!」
セイバーは絶句した。いや、その隣の少女も目を丸くしている。
「凛は君らと手を組むといった。私は君らを全面的に信用しているわけではないが、協力するからには少しは信じてもらわねば共闘なぞできんだろう。
つまりこの情報は、私なりの君らへの譲歩のつもりだ」
それだけを言い残し、弓兵は姿を消した。
「ちょ、アーチャーどこ行くのよ」
『見張りだ。それに食卓に食べないものが混じっているのもなんだろう』
その声だけ残し、アーチャーは気配も消えてしまった。
「……妙にキザったらしいのよねあいつ。いったいどこがどうひねくれてあんなんなっちゃったんだか」
「リン。アーチャーは、彼はいったい」
不安げな顔をするセイバーに、ああ気にしないでと凛は手をひらひらさせた。
「ごめんセイバー。わたしも詳しくは聞いてないの。まぁ予測はついてるけど。
で、セイバーを彼が知ってるのは本当のことよ。あいつもしかして、生前はセイバーに気があっんたんじゃないかしら」
「そ、そうですか」
ちょっと赤面し、困ったようにうなだれるセイバー。
「まぁ昔のことらしいし、今は懐かしさ以上のものはないらしいけどね。でもセイバーと真っ正面から激突するのはあまり本意じゃないらしいわ。言ってたもの。『彼女は剣を扱えばまさに最強。あれ以上の
くっくっくっと面白そうに笑う。きっと、そんなアーチャーをさんざんからかって遊んだに違いない。
「……」
で、その巻き添えを食ったセイバーはもう真っ赤だ。
「そ、そんな話はもういいですから」
さすがに参ったのだろう。本題に引き戻そうとセイバーは話を変えてきた。
「ま、そうね。そろそろ本題に戻りましょうか」
ケラケラ笑いをひっこめると、凛も真顔に戻った。
「アーチャーも言ってたけど、わたしたちは貴女たちと手を組む事にしたの。悪いけどこの点についてふたりの拒否は認められない。この事について今から説明するわ。
ところで衛宮くん。その格好よく似合ってるわよ」
「!」
さっきからセイバーの横で無口だった少女が、凛の言葉にぴくっと反応した。
「これ……嫌がらせか遠坂?」
怨み言が少女の口から洩れた。
「あら、その服っていいのよとても。それ自体に無駄な魔力の放出をさせない効果があるし、なによりセイバーとおそろいだし。
とても似合ってる。かわいいわよ」
「……」
心底情けなさそうな顔で少女はすわっていた。
そう。
セイバーの着ている服は凛のおさがりである。清楚な白と紺の服だが、そのお嬢さま的な上品な外観と裏腹に強力な魔術品でもある。まだ未熟な魔術師にとっては魔力の放出を抑え、正体を隠すためにも有効だった。
少女も同じ格好をさせられていた。というより凛の持ってきた服がサイズこそ違えどほとんど同じデザインだったからだが、髪までセイバーにあわせて結いあげられているため、お揃いで固めた仲良し姉妹のようにも見える。
だが、それより少女が困惑したのは
「……なんでスカートなんだよ」
そう。膝上3cmまでしかないスカートだった。
少女は衛宮士郎、つまり元男性である。ロングですらきついというのにこの短めのスカート。はっきりいって嫌がらせ以外の何者とも思えない。
余談だがソックスは白にワンポイント。ストッキングはなし。
あたりまえだが少女はぴたりと膝を閉じたままセイバーの隣から動けない。それはそうだろう。元男性にしてみればそれは、いかに似合っていようと女装コスプレ以外の何者でもないのだから。
「ばっかねえ。わたしのお古なんだからそんなのあたりまえじゃない」
そんな少女の苦情を凛はばっさりと切り捨てた。
「ところで、ふたりとも魔力の収受はうまくいったのかしら?見たところセイバーの魔力量もあがってるっぽいし問題なさげなんだけど」
「ああ、その事ですがリン」
セイバーが凛の言葉を遮るように切り出した。
「確かにリンの言う通りになった。身体を交える事により魔力に道がつき、いくらかの魔力が私に流れるようになりました。
ですが、これは契約によるものではない」
「へ?それってどういうこと?」
凛は、よくわからないというように首をかしげた。
「私に由来する魔術品がシロウの体内にある話はしましたねリン。魔力の源泉はそこなのです。これは本来回復と防御のためのものですから、魔力供給という意味ではあまり多くは期待できるものではないのです。
多量の魔力をやりとりするとなれば、『する』しかありませんね」
「あ、そ、そうなんだ」
あはは、と決まり悪そうに苦笑する凛。
「まぁそのへんは好きにして頂戴。女同士だから変かもしれないけどモノは考えようだし、少なくとも衛宮くんは元男の子なんだから、セイバーみたいな美少女相手が嫌なんてこともないでしょうしね」
「……美少女?誰がですか?確かにシロウは可愛いですが」
「へ?」
凛は目を点にして……そしてまじまじとセイバーを見た。
「……セイバー。あなた今なんていった?」
「はい。美少女とは誰の事かと」
「……セイバーあんたね。自覚ないにも限度があるわよそれ」
「?」
本気で首をかしげるセイバーに、凛の目がたちまちつり上がった。
「あんたね、自分がどう思ってるか知らないけどとんでもない美少女よはっきりいって。
わたしの友達や知り合いにあんた見せたらこう言うわよ賭けてもいい。『なにあれ、ほんとに私たちと同じイキモノなの?』って。芸術が服着て歩いてるようなもんよ。ええ最初から比較にもなりゃしないのよ悔しいけどわかってる?
美少女って誰だですって?馬鹿にしてるの貴女?怒らせないでよこんな事でもう!!」
「…………」
セイバーは呆然としていた。本気で自覚がなかったらしい。
凛は疲れたようにためいきをついた。はぁ、と力なく。
だが、真の破壊爆弾はその後に訪れた。
「……なぁ遠坂」
「なによ衛宮くん」
「セイバーは確かに凄い美人だが、遠坂だって自覚ないんじゃないかもしかして」
「……はい?なにが?」
「いや、だからさ。……その、おまえだって負けないくらい綺麗だと思うんだが?少なくともうちの学校の男連中は諸手あげて賛成すると思うぞ」
「……はぁ?」
「いや、はぁじゃなくて。自覚ないのはおまえもだろ遠坂」
「……」
しばし、少女の顔を見て「ぽかーん」としていた遠坂。次第に言葉の意味がわかったのか、赤面するわ慌て出すわゲシュタルト崩壊もかくやの状況を示し出した。
「ば、ばばばばばばばかーーーーーーっ!!!いきなりナニ言い出すのよあんたわっ!!」
「いや、だって事実だし」
「う、うるさい!!あんた自分の言ってる言葉の意味わかってんの!?どう考えたってあんたのセイバーの方が美人でしょうが!!」
「……あのな遠坂。キリマンジャロとチョモランマのどっちが高い、なんて規格外の頂上対決されても俺にはコメントできないぞ。下から見上げてる俺に違いなんてわからないし比べても意味ないだろ?どっちも雲つくほどとんでもなく綺麗ってだけで充分こと足りる」
「…………」
「…………」
セイバーも凛も、少女を見たまましばらく完全に固まっていた。
「……ねえセイバー」
「はいリン」
「この
「はい。あとでみっちりと。リンもいかがですか」
「あ、いいわね。きっちりおとしまえつけさせてもらうわ」
「お、おい。なんかふたりとも目つきが恐いぞ」
「ええ、衛宮くんのせいだけど」
「はい、シロウのせいですね」
「……はぁ?」
「……ま、平和でいられるうちはそれも良しか」
その会話を屋根の上で聞いていた弓兵は、呆れたようにためいきをつくのだった。