ふたつの世界がある。
右手に
ひとの世は生まれたその瞬間に破滅を内包する。それは星の掟。ウロボロスの蛇のように無限に続くこの世界の
運命は結ばれた。もう戻れない。
さあはじまるよ士郎くん。きみがわたしの力を使い
それはコーヒーに溶ける砂糖と同じ。わたしたちにだってその溶解と同化は止められない。
地球の魔術使いのきみと、キマルケの巫女のわたし。
セイバーさんが好きなきみ。■■■■を密かに慕っていたわたし。
投影魔術を由とするきみ。放出と吸収を使うわたし。
硝子でできた剣のきみ。星辰の闇に愛されたわたし。
『ともに、おのが信じる正義を持つ者』
さぁ、はじめましょう。
風渡る巫女と、剣を抱く君。
買いものに出た。セイバーたちの隙をみて逃げ出したともいう。
なんというか、息抜きがしたかった。あまりに急激に変わっていく事がこわくて、少し肩の力を抜きたかったんだと思う。
いつものように、いつもの商店街に向かう。違うのは今が昼間であること。平日なのにこんなところにいること。
もちろん学校にはいけない。聖杯戦争うんぬんではない。この俺が衛宮士郎であると、証明する術がこの世のどこにも存在しないからだ。
正直、それは悲しかった。
学校の皆に逢えない。一成にも美綴にも、桜にも慎二の奴にすら逢えない。藤ねえも遠坂が追い返してしまった。暗示をかけたからしばらく来ないのだという。
切なかった。
それが正しいのはわかる。聖杯戦争の事を考えれば、藤ねえや桜がうちにくるのはまずい。必ず利用される。必ずつけこまれる。
それだけは許すわけにはいかない。
だけど人間とはわがままなもんだ。寂寥感はそんな時でもやってくる。
「……く」
どうしたんだろう。さっきから頭がくらくらする。
気が緩んだせいなのか。身体がおかしい。妙に熱を感じる。
だからなのかもしれない。そいつの接近を許してしまったのは。
「ほう!この時代に
「!」
突然の声に振り向いた。
若い男が立っていた。金髪で長身。優男なんだけど、全身に漂う雰囲気がどこかおかしい。
尊大。それは──そう。まるでどこかの王族か何かのような。
「……」
「ほう。この
娘、名はなんという?」
困った。
「──わたしの名はこの喉では発音困難なのです。訳したものでよければ」
「かまわぬ」
にんまりと笑う。予想と遠くない反応だったらしい。
「では『風渡る巫女』と。単に巫女でもかまいませぬ。わたくしが最後のひとりでございますから」
気づけば俺の口は勝手に、話したこともないような古風な喋りかたをしていた。
──いや、それは違う。それは『わたし』が話しているから。
「お願いがございます」
「なんだ?いってみろ」
「失礼ながら、わたくしも偉大な王の御名を知りとうございます。この国でかような方と巡りあえるとは、よもや思いもしませなんだゆえ。なりませぬか」
「そうだな。ふむ」
男は、ふむ、と考え込むようなしぐさをした。
「まぁいいだろう。見たところ
教えてやろう。
「ありがとうございますギルガメッシュ様。
ではこれにて失礼いたします。ごきげんよう」
その時、背後で声がした。
「……セイバーによろしくな、他の星の巫女よ」
「!」
振り返った時、もうその男──ギルガメッシュはいなかった。
なんだあいつは。
なぜ
いやそれより、
「……」
くそ。こっちもこっちでそれどころじゃないか。
『衛宮士郎』と『彼女』の融合がはじまっている。人格の垣根が急速に崩壊していく。お互い『自分』を維持することが難しいようだ。
セイバーと遠坂から離れたのは失敗だったらしい。
ふたりがいたから、無意識に衛宮士郎としての形質を維持していたのかもしれない。もともと『我ら』は既にひとり。今まで融合が進まなかった、その事の方がむしろ奇跡なのだから。
「……く」
児童公園に入り、目についたベンチに座った。
「……ダメだ」
形質が維持できない。
彼女の言葉は間違ってない。吸収されるのは彼女で、俺は彼女を内包するだけ。それ自体は間違いでもなんでもない。
だが、彼女は異星人だ。
それは自動車に飛行機の部品を組み込むようなもの。どう間違っても車は今までの車ではいられない。形質が歪む。本質がおかしくなる。
「……あ……」
今までの景色が、走馬燈のように流れはじめる。
母なるキマルケの大地。遠く星々の彼方まで見渡せる星辰の大神殿。無数の魔術式と方程式。
──父と母。
「……違う」
それは
「あれ?シロウどうしたの?」
──
声に振り返ると、そこにはイリヤがいた。
もっともこの時点で
だけど、
「どうしたのシロウ?……!」
にこにこと声をかけてきたイリヤだったけど、
「ちょ、どうしたのシロウ?それ」
「な、
「ば、ばかいわないで!」
おかしな事なんだけど、イリヤは敵である
そのさまはまるで藤ねえみたいだった。ちっちゃいはずのイリヤが、一瞬にしてお姉さん風をふかす姉貴に早変わりしたような気さえした。
──いや、それは正しい。彼女が設計されたのは君の生まれる少し前で
一瞬何か、
そしてその途端、
「だめよシロウ無理しちゃ。そうそう、そこで横になってなさい──セラ!セラ!いるんでしょ。ちょっと手伝って!」
「お嬢様。その娘は敵ではないのですか?それを助けるなど」
「そんなの、お城に閉じ込めて洗脳しちゃえばいいでしょ!キリツグが育てた子ならわたしの妹だもん。脱落したんならわたしのものにする。何がいけないの?」
「それはそうですが──」
「いいから手伝いなさい!命令よ!」
まって。まってイリヤ、どこ連れてくの。
「ごめんねシロウ。
助けてあげる。だからセイバーやリンたちの事は忘れなさい」
それきり、電源を落としたように私の意識は途絶えた。