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女と…?

 毎朝のドタバタ儀式が終わり(どうやらこの世界でも俺は、あかりに頼りっきりらしい)、俺たちは学校を目指して歩きだした。
 慣れない女子制服にスカート。髪はあかりの手によりポニテにされた。…ほんとに俺かこれと思ったが、曖昧ながら確かにある記憶もそれを肯定している。確かにそれはこの世界での俺「藤田ひろみ」だった。鏡に映った見知らぬ、でも見慣れた女の子の姿は、俺を当惑させるに充分だった。葵ちゃんと琴音ちゃんを足して二で割ったような姿だ。結構可愛いのだが、唯一にして最大の問題は、それが自分自身であるという悪夢のような現実だった。
 う〜ん奇怪だ。古今東西、こんな経験、俺くらいなんだろうなぁ。できればすぐにでも戻りたいものがあるが。
 それにしても、である。
 股間にアレがない、というのはなんともわびしいもんだ。こっちの俺にはそれがあたりまえなんだろうけど、俺自身は気持ち悪いというか悲しいというか、なんとも表現のしようもない。しかも悲惨なことに、俺はそれに異和感を感じてないのだ。「こっちの俺」の影響なんだろうな。中身が違うことでとんでもないポカをやらかすかと内心心配していたんだが、気がつくと俺は自然に女の子として振舞い、女の子のしぐさをしていた。まぁ女の子だから当然なんだが、異世界の生活をリアルに体験しているようなもんだろうか。これが「戻れる」という保証つきなら結構楽しいのかもしれんが現実は違う。薄いストッキングと足が擦れるたび、スカートの下にそよ風が吹くたび、俺はいたたまれなくなる。一刻も早くこっちの芹香に話をつけ、なんとかしてもらいたい。そんな思いでいっぱいだった。
「それで、ひろみちゃん。練習試合するんだって?」
「うん、そう。…でも綾香が相手じゃ、さすがに苦戦するだろうな〜」
「やっぱ、全日本チャンプにはかなわない?」
「そりゃあね。こっちはやっぱ経験不足だし」
 やはり平行世界、という事か。こっちの俺の頭にも、練習試合の記憶があった。
 もっとも、キャスティングが少し違うようだ。おぼろげな記憶を辿ったところによると、どうもこの世界には坂下にあたる奴がいない。俺の世界じゃ坂下は葵ちゃんにぶち負かされエクストリームに関心を示したんだけど、こっちじゃその役を俺がしたらしい。しかもその試合は今じゃない。中学時代のことだ。どうもこっちの俺は女だてらに喧嘩上等のアレゲな暮らしをしていたらしいが、年下の葵ちゃんに盛大に負けたことで格闘技に目覚めた、そんな感じらしいんだ。細かいいきさつがどうもよくわからないんだが。
「そういえばひろみちゃん」
「ん?なに?」
「最近、来栖川さんと親しいみたいだね」
「へ?」
 こっちの俺もやっぱ、そうなのか?…でもまぁ同性だし、仲良しって感じなのかな?
「…意外?」
「うん、そうだね。どういうきっかけで知り合ったの?」
「どういうって…」
 これはわからない。俺自身のきっかけはあの日の激突だけど、こっちの俺がそういうイベントを経験したかどうかは残念ながらわからないんだ。
「まぁ、いいけど…でも注意しないとダメだよ?来栖川さん、たぶんメニールだし」
「??」
 めにーる?なんだそりゃ?
「まぁ、こればっかりは仕方ないのかな。ほんとは私が女の子でひろみちゃんがメニールならよかったのに、実際は逆なんだもん。複雑だなぁ…」
「???」
 う〜む。なんだかよくわからんが、あかりもその、めにーるって奴なのか?…ていうかそもそもその、めにーるってなんなのよ?
「……」
「?なに?あかり。どうしたの?」
「…もしかして…怒るかもしれないけど尋いていい?」
「あ?うん」
「ひろみちゃん…メニール、知らないの?」
「……ごめん、遺憾ながら知らないみたい」
 わからんものは仕方ない。俺は正直に答えた。
「!!」
 その瞬間、あかりは「信じられない」という顔をした。そして真剣そのものの顔に変わった。
「それはまずいよ、ひろみちゃん!」
「え?」
「あのね、ひろみちゃん。人間にはふたつの性別があるの。ひとつは女の子、それはわかるよね?」
「う、うん、まぁ」
 …何が言いたいんだ?あかり?
「で、もうひとつがメニール。確かに女の子は子どもを宿して産む事ができるけど、女の子だけじゃ子どもは作れないんだよ。メニールとカップルにならなきゃダメなの」
「……はい?」
 ちょ、ちょちょちょ、ちょ〜〜〜っと待て。そりゃどういうこった?もしかして、メニールってのはこっちの世界の「男」の事か?
 い、いやまて、まてまてまて、おちけつ、いや落ち着け俺。あかりは今言ったぞ。「私はメニール」って。そりゃここは異世界なわけだが、あかりのどこが男に見える?俺の世界のあかりとどこも変わらねえぞ?
 わ、わからん。何がどうなってんだ?
「…よくわかんない。あかりもその、メニールなわけ?女の子とどう違うの?」
「…」
 あかりは赤面し、困ったようにほっぺをぽりぽり掻いた。
「し、しょうがないなぁもう…うん、わかった。こっち来てひろみちゃん」
「??」
 あかりは手頃な物陰を見付けると、俺の手を引いてそこに入っていった。
「?何?どうするの?あかり?」
「(誰も来てないよね…よし)ひ、ひろみちゃんだから見せてあげるんだからね。後で変な目で見たりしたら嫌だよ?」
「?よくわかんないけど…うん、わかった」
 よくわからないけど、何かとても恥ずかしいものらしい。
「よっく見てね……はい、これだよ」
「え?…………!$%&’(!!!!???」
「きゃっ!ひ、ひろみちゃん、しー!しー!」
 叫びかけたところで、真っ赤になったあかりに口をふさがれた。
「も、もう、ひろみちゃんったら……で、見えた?」
「……(こ、こくこく)」
「これがメニールだよ。…びっくりした?」
「……び、びっくりというか…なんというか…」
「(クスクス)ひろみちゃんって、ほんっとウブだね♪ふふ♪」
「……」
「…ひろみちゃん?」
 ……ウブというか……そういう問題なのか?あかり?
 メニールって…メニールって……ふ、ふたなりの事かよっ!!

 いやぁ、ここが「違う」っていうのは確かに理解してたつもりなんだよ。
 俺が女の子って時点で、ここが異世界なのはよぉくわかった。でも、男と女っていう世界の原則そのものが違う世界だなんて、さすがの俺も心臓止まるかと思ったぞまったく…。
 ん〜まぁ、学校につくまでの間に、あかりに簡単に教わったことをまとめてみよう。
 この世界じゃ、男ってのは存在しないらしい。性別のある生き物は全て、まずは女で産まれる。で、その中の一部が途中で変化するんだ。子を産む機能はそのままに、たとえば人間ならクリトリスが発育して男の生殖腺になる。これがいわゆる「メニール」なんだと。
 もっとも、純粋な女の子とメニールを比べると、妊娠しやすいのは圧倒的にやはり女の子らしい。メニールは男性機能にエネルギーを大きくとられてしまうために妊娠しにくく、また妊娠中は他の子を妊娠させる事はできなくなってしまうんだそうだ。
 う〜ん、なんかシュールだな。俺の世界にも半陰陽、つまり、ふたなりさんは存在する。けど、その大部分は生殖機能がないと聞いてる。両方の性の混在を許すほどのキャパシティは人体にはない、ということだよな。こっちの世界ではどうしてこんなんなっちまってるんだろう?
 ……あぁ。
 そういや芹香が前、言ってたっけかな。生き物のオスメスというのは、実はそれほど大きな違いはない…だっけ?
 確か芹香の話だと、胎児の初期の状態だと、男の子も女の子も区別がないらしい。それが、ある時期に母親から男性ホルモンが照射されて、それで男の子として分化するんだと。仮にそのホルモン照射がなかった場合、遺伝子が男の子であっても女の子として身体が形成され、産まれてくる。そういうもんなんだと言ってたと思う。
 ふむ。そう考えたら、子ども時代にメニール化するっていうこの世界もまんざら奇異ではないのかな。男女の分化プロセスが少しだけ俺の世界と違う、ただそれだけの事なのかもしれねーな。…いや、外見上は充分すぎるほどアレなんだけど。
 まぁ実際そう考えれば、メニールであるあかりが俺の知るあかりそのままの外観なのも納得できる…かどうかはともかくとして頷ける事ではある。なにせ半分は女なんだし、そもそも後から変化するんじゃ俺の世界の男みたいに骨格やら外観やらまで全部変わっちまうっていうのはどだい無理なんだろう。変化が後天的で遅い以上、漫画みたいに女から男へ、ぽんっと何もかも変わってしまえるわけもないんだし。
「…なるほどねえ」
「え?なに?ひろみちゃん?」
「いや…あかりがメニールじゃ、もう一緒にお風呂とかは入れないんだなあって思ったんだよ」
「へ…う、う〜ん…私は別に入ってもいいけど…」
 …いや、そこで俺の身体見ながら赤面…ていうか欲情されても困るんだけど(泣)。
「あ、あはは、冗談だよ冗談。あかりも可愛い彼女探して一緒に入ればいいじゃん」
「え〜。だったらひろみちゃんがいいよぉ…」
 だ、だからそこで物欲しそうな顔すんなって(汗)。
「な、なんで俺なんだ?好きな子とかいないのかおまえ?」
「……」
 い、いやだから、なんでそこでそういう目で俺を見るんだあかり?(大汗)
「…ま、まぁいい。俺先に言ってるぞ」
「!あ、ま、待ってひろみちゃん、あぶな…」
「え?」
 
 ……ドシン!



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