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帰還可能なりや?

「…ま、まぁいい。俺先に言ってるぞ」
「!あ、ま、待ってひろみちゃん、あぶな…」
「え?」
 
 ……ドシン!

 …あー、まぁその。いかにもというかお約束というかアレをやってしまったわけで。校門で激突ってぇと相手はやっぱり芹香なわけでこれはどうした事かというと。
「…」
「…」
 まぁ、こんな感じに見つめあっちゃったりしているわけで。
「…」
「…」
「ひ、ひろみちゃんっ!」
「!」
 焦ったようなあかりの叫びで、俺は我に返った。
 えーとその…お、俺の時との違いその1。藤田ひろみは藤田浩之よりもだいぶウエイトが軽い。まぁ女の子だし身体もちっちゃいわけだし、これはまぁ当然だな。
 で、違いその2。軽いという事は芹香はふっとばない。むしろ芹香より小柄な俺の方がやばいわけだ。幸いにも運動エネルギーがあったためウエイト差は相殺された模様だが、そうなると今度は互いにその場で転倒、という事になるはずなのだが。
「…」
「…」
 ど、どうして俺、芹香に抱き止められてますか?…それも、しっかりと。
「…」
 俺の身長はどうやら、芹香の鼻くらいまでらしい。それが中途半端な姿勢で抱き込まれているもんだから、思いっきり胸に顔うずめちまってた。動こうにも動けない。
「…あ、あの…芹香、さん?」
 声が芹香の制服ごしなんで、くぐもって聞こえる。
「…」
「だ、大丈夫ですかってその、芹香さんこそ…え?問題ない?で、でも…ごめんなさい。ぶつかったりしてその…」
「…」
 なんか、なでなでされてるし、俺。…う〜む、あいかわらず芹香の「なでなで」は気持ちいいなぁ。最近はふたりで勉強会とかやってるかわりに、こういうのんびりしたスキンシップの方がご無沙汰気味だからなぁ。
「ひろみちゃんっ!!」
「!」
 おっといけね。…なんか怒ってるみたいだな、あかり。なんでだ??
「…」
「あ、来栖川先輩おはようございます。…そ、そうですか?じゃ、来栖川…さん」
 お、あかりすげえな、なにげに。俺とセバス以外で芹香と普通に会話できるやつなんて、親族以外じゃかなりレアだと思うんだが?
「ほんとにすみません、来栖川さん。ひろみちゃんがご迷惑おかけしちゃってもうほんとに…そう言っていただけると助かります。はい、はい」
「…」
 …俺にはちゃんとふたりの会話は聞こえる。聞こえるんだが…。
「「…」」
 うむ、やっぱり周囲のパンピーにゃ芹香の声は聞こえねーみたいだな。芹香ってあんまり口も動かさないし、たぶん奴等の耳にゃ、あかりがまるで電話口でしゃべってるみたいに聞こえてるんだろうなぁ…うん、やっぱそうだ。怪訝そうな顔してく奴等、結構いるみたいだし。
 …て、あれ?あいつら、あかりじゃなくこっち見てねーか?
「く、来栖川さん。もういいよ、大丈夫だから放してもらえる?」
「…」
「い、いや、お嫌いですかってそういう問題じゃなくって、その…も、もの凄く目立ってるんだけど?」
「…」
 芹香が周囲を見る。と、今まで見てた奴等は一斉に目をそむけ、気まずそうに去りはじめた。
「…」
「だ、誰も見てないですよって、見てないんじゃなくてそれは単に…」
「…」
「いや、だからぁ。好きとか嫌いとかじゃなくってぇ〜」
 あぁぁぁぁぁもう、こっちの芹香もあっちと同じかいっ!なんでこういう時に限って妙に曲解したりするんだよもうっ!
「!」
「?…どしたんですか?芹香さん?」
「…」
 あ、なんか疑いの眼。…う、ううむ。やはり何かまずったか?
「…」
「あ、はい」
 あかりさん、と芹香は俺の頭ごしにあかりに呼び掛けた。
「え…ひろみちゃん借りたいってそれ、どういう…火急の用件、ですか?はぁ…それはかまいませんけど、でももう授業はじまるし…」
「…」
「とても重要な用件、ですか?…じ、じゃあ、私も…ダメ?どうしてですか?」
「…」
 芹香はきっぱりと、あなたが来ても役に立たないばかりか危険ですからと言い切った。…むぅ、やっぱりこりゃ疑われてるな。
「…わかりました」
 芹香の態度に気圧されるように、あかりはすごすごと引き下がった。

 やはりというか当然というか、オカルト研はこっちの世界でもほとんど変わらなかった。
 あれ?そういえば芹香、なんで今日、学校に来たんだろ?こっちじゃ学年が違うのかな?まだ制服着てるし。
「(…さて、ここでいいでしょう)」
 珍しいことに、芹香は小さいけど、ちゃんと聞こえる声を出して俺に対峙した。
「(あなたは誰ですか?どうして、ひろみちゃんに憑依しているんですか?)」
「この身体が藤田ひろみ本人だってのはわかるんだな」
「(はい。抱き心地が一緒ですから)」
 なにげにあぶない発言を平然とする芹香に、俺は苦笑した。
「誰だ、か…説明しにくいな。でも、俺の知ってる芹香ならきっと察しがつくんじゃねぇかな?」
「……」
 じーっと俺をみる、芹香。…むぅ、こんなきつい目もするんだな、芹香って。まぁ綾香の姉貴なんだし当然か。
「…まぁいい。俺の名は藤田浩之ってんだ。立場は…芹香の目ならわかるんじゃねーか?」
「…(そうですか。ええ、わかります…正直、驚きましたけれど)」
 そこまで言うと、芹香はハァ、とため息をつき、きつい目をするのをやめた。
 俺は芹香に、どうしてこうなったのか、自分のわかる範囲で説明した。練習試合のこと、経験を高めるために平行世界の自分にコンタクトしようとした事、目覚めたらこうなってた事。
「…」
 しばらく聞いていた芹香は、はぁ、と小さくため息をついた。…なにげにこの芹香、どっか綾香っぽいな。こっちの俺の影響なのか?それとも、メニールって性別のせいか?
「(それだと、『私』の術式はたぶん間違いないと思います。推測ですが)」
「え?で、でもさ芹香」
「(浩之さん、術式の途中で何か考えませんでした?)」
「何って……!」
 そ、そうだ。俺、昔のこと思い出してたんだっけ。
「…」
 芹香は、小さく頷くと、俺にもわかるように説明してくれた。
 俺たちのやってた儀式というのは、本来は異世界の自分を依代としてそこに間借りし、その世界を訪問するためのものなんだそうだ…SF的にいえばサイコトラベルってやつか。その術式はこっちの芹香も知ってて、自分でもやった事があるからたぶん間違いないということだった。
 で、問題はその制御方法なんだそうだ。
 以前芹香が言ってたように、魔法は意志の力で成すものだ。だから芹香は、格闘技に通じた俺を想像し、その世界にチャネルしようとしたわけだ。うまくいけばその世界の俺とこの俺がつながり、経験や記憶の一部を共有するかたちでコピーすることができる。これが芹香本人ならその世界に「訪問」する事になってしまうが俺には芹香のような力も知識もない。だから接触しデータは流れるがそれ以上にはならない、というのが芹香の計算だった、というわけだ。
 そこに俺の意志が介在してしまい、接続先が狂ってしまった。
「(そしてもうひとつ。…おそらく以前は違ったのでしょうけど、今の浩之さんはかなり魔力が増大していますね。おそらく、そちらの"私"の影響なのでしょうね…"私"は、それを過小評価してしまったんでしょう)」
「俺の、魔力?」
「(はい)」
 かなりの力を感じますよ、と芹香は微笑んだ…おいおいマジかよ。
 もともと、藤田ひろみも俺と同じく芹香の魔法につきあってたらしい。おそらくはそれもまずい方向に働いたんだろう。男と女、という異質の存在であるがゆえに俺たちの精神は素直につながらず、バランスが狂った。そして結果として魔法は「本来の姿で」働き、俺はこっちの世界にきてしまった、というわけだ。
「じゃあ…こっちの俺、藤田ひろみはどうなったんだ?」
「…」
 なるほど。俺の代わりに向こうにいるってわけか。…今ごろ仰天してんだろうなぁ。
「…」
「ふうん…そっか。さすがの芹香も今すぐ戻すのは無理、か。だろうな。あっちの芹香も、これは深夜じゃないと無理だって言ってたしな。…ごめんな、こんな面倒頼んじまって」
「…」
 かまいませんよ、と芹香は微笑んだ。



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