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異世界

 夜になるまでとりあえず待機、という事になった。
 最初は、授業に出ようかと思ったんだ。あかりや芹香の話から総合すれば、俺の世界の男はほとんどが女に、女も大多数がメニールになっているらしい。ふたなり志保とか女の雅史を見てみたい、という好奇心はもうバリバリにあるんだが、芹香の忠告を聞いた途端、俺はそれをする気が失せてしまったんだ。
 こっちの俺…藤田ひろみはなんと、逆ハーレム状態になっているんだと。
 考えてみりゃ、いかにあかりと幼なじみとはいえ朝、部屋にいたって事は少なくとも合鍵持ってて出入り自由、あるいはうちに泊まってたという事を意味する。ひろみにその気はなくともあかりはメニールだ。肉体関係にはなっていないだろうが、もしかしたらもう時間の問題なのかもしれない。
 芹香の知る限り、藤田邸によく出入りしているのはあかり、委員長、レミィ、それに琴音ちゃん。うち、決定的な関係なのは琴音ちゃんなんだと。
「…でも、どうしてそんなことわかるんだ?」
「…」
「知りたいですかって……い、いややめとく。なんかわかっちまった。」
「…」
 いくら俺が朴念仁でも、芹香の怒った顔みりゃ一発で理由はわかった。
 ちょっと意外だったのが、セリオとマルチだ。ふたりのテスト期間はずっと前に終わってて、今は発売待ちなんだそうだ。ふたりとも俺と遊んだりした事があるばかりか、期間中に俺が風邪をひき、ふたりがかりで看病もしてくれたらしい。
「へぇ。俺んとこじゃそんなイベントなかったなぁ。ちょっとうらやましいな」
「…」
「え?…マジ?」
「…」
 ど、どうやらこっちの俺、高熱出してセリオに坐薬突っこまれたらしい……哀れなやつ。
「でも、そっかぁ。楽しそうでなによりだな。世界も立場も違えど、こっちの俺は俺でちゃんと楽しく過ごしてるんだな。安心したよ」
「…」
「え?コーヒー飲みますかって?悪いな。うん、もらうよ」
「…」
 芹香は携帯用のポットを持参していた。妙に手回しのいいのとカップに「ひろみちゃん用」と書いてあるのがいろんな意味で気になったが、あえて気にしない事にした。
「いただきまーす……?」
 口をつけた途端、俺の中で何かがぴりりと警告を発した。
「…」
「え?飲まないのかって?………なあ芹香」
「…」
「これ……何か入れてるだろ?」
「!」
 おぉ、うろたえてるうろたえてる。やっぱ、俺んとこの芹香より微妙に表情豊かだな。
「あのなぁ。俺に薬もってどうすんだっての。中身は別人だってわかってるくせに」
「…」
「いや、すみませんじゃねえって。それに芹香、もしかしてだけど、いつもこんな事してんのか?」
「…」
 ひろみちゃんの生理は昨日までのはずですから、と芹香は平然と言ってのけた。
「はぁ、凄いななんか。積極的というか動物的というか…あっちの芹香も確かに積極的だけど、桁が違うというか」
「…」
「メニールですから、か。…よくわかんないんだけどさ、やっぱそのメニールって、男みたいに性欲バリバリなわけ?」
「…」
 オトコというものが私はよくわからない、と言いながらも、芹香はメニールについて説明してくれた。それはあかりのそれよりかなり詳細なもので、気づけば俺は結構マジになって、芹香の話を興味深く聞いていた。

 この世界にも、ずっと昔には男が存在したらしい。
 だがいつの時代か、男は急速に死に絶えてしまったらしい。厳密には、哺乳類のオスの全て。原因はわかっていないが、一種の伝染病ではないか、ということが推測されているんだそうだ。
 当然、大多数の哺乳類は絶滅した。だからこの世界にはネズミや猫の類がいない。生き残っている哺乳類は人類のみで、しかもそれも俺の世界よりかなり数が少ないようだ。この地上にあって全人類の人口はたったの2億人。俺の世界の実に三十分の一という少なさだが、近年のめちゃくちゃな人口爆発がきちんと起きて、やっとこの数になったらしい。一時は絶滅直前まで減ったというから、どれだけの壮絶なカタストロフが起きたかはもう想像もつかない。
 そんなある時、メニールが出現したんだそうだ。
 一説には異星人の血が入ったとか、突然変異の果てだとか言われているがこれも仔細は謎。とにかく突如としてセックスする能力をもつ女性が出現したらしい。彼女たちはその地域の女たちに次々に子供を産ませた。そんなことが世界中で起きた。産まれた子どもたちは全員女の子だったが、その何割かはやはりメニールに変化。以来、女とメニールという不思議な性がこの世界に定着した、というわけだ。
 ちなみに、あかりはメニールを「ふたなり」と言ったがメニールの女性機能は明らかにゆっくりと低下しているんだそうだ。変化する平均年齢もゆっくりとだが低下していて、学者の計算ではあと五千年以内には、メニールは本来の「男性」に近い形…つまり女性機能をいっさい持たず、産まれた時からの完全な男性体…にまで到達するだろう、とされているらしい。
「はぁ…すごいもんだな。じゃあいずれはこの世界も、男と女の世界に戻る、というわけか。」
「…」
 それまで人類がもてば、と不吉な言葉をつけて芹香は肯定した。
 メニールの起源が何かは未だわからないが、ある種の異常である事だけは間違いないという。その証拠にメニールの多くは苛烈なほどの強い性欲をもつ半面、女性よりかなり短命なんだと。だからこの世界では俺の世界より性に関する禁忌が弱いし、若くして母親になっても周囲は何も言わないんだという。子孫繁栄が重要視されているからだ。
「そうなのか…じゃあ、藤田ひろみもいずれ母親になるって事か?」
「…」
「そ、そうなのか?」
「…」
 結納はもうすませてます、と芹香は頬を染めて微笑んだ。
「そっか…!ちょ、ちょっと待てよ」
「?」
「結納ってことは婚約だろ?なのにこっちの俺、他の子とも寝てるのか?それってまずいんじゃ…」
「?」
「まずくない?なんでさ?浮気だろ?」
「???」
「え…浮気って何ですかって……なんだぁ!?」
「…」
 ど、どういう世界なんだここ?
「そ、そういえばさ」
「?」
 よくわからんが、どうやら俺の理解できるような世界じゃない気がしてきた。別の事でも聞くか。
「綾香も誰かと婚約してるのか?あいつもメニールなんだろ?」
「…(ふるふる)」
「え?あいつは相手いないの?」
「…(ふるふる)」
「あ、やっぱいるんだ。じゃあなんで結婚しねえんだ?ここじゃみんな早いんだろ?」
「…」
「…へ?あぁなるほど。結婚ってのは経済的理由でするもんなのか。なるほど、来栖川なら無理に結婚しなくても大丈夫だもんな。…じゃあ、相手はいるんだな」
「…(こくこく)」
「…?なんか不機嫌だな。そんな嫌なやつなのか?」
「…」
「……はぁ?相手は俺!?どういうこったそれ?」
「…」
「し、姉妹ワンセットって、あ、あのなぁ…」
「???」
「いや、何か変ですかって、変だろうがそれは!」
「???」
 …わからん、この世界、変すぎだ。俺は頭を抱えるしかなかった。



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