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謎が謎を呼ぶ

 綾香が帰り、俺はひとりになった。
 芹香のとこに戻ろうか、とも思った。だけど、その前にやるべき事をひとつ思い出したから、じっとそのままそこに佇んでいた。
「……」
 細い手。僅かにふくらんだ胸。…これが俺ってのはやっぱり妙な話だ。けど、ひとつだけ確信できている事がある。
 …この身体は、強い。本来の主は、このほっそりした身体で葵ちゃんをも倒したっていうんだ。だったら少しの時間でも、勉強しとかねえ手はないだろ。
「…よしっ!」
 俺は、誰もいないグラウンドに向かって走り出した。

 誰もいない夜のグラウンド。外灯がいくつかついているから最低限の明るさはあるが、クラブ活動なんかには不向きなほどに暗く、ただ広いグラウンドだった。
「…ここらでいいか」
 着替える必要はないだろう。あったとしても体操服は持ってない。だからそれは気にしない事にして、俺はグラウンド中央に立った。
「………はっ!」
 まずは身体の動くまま、身体に染み着いてる型を引き出そうとしてみる。
「……」
 無理か。やはり他人の身体ってことか、それともそういう訓練は元々してないのか。
 考えなおして、今度は軽く走ってみる。…んん、軽いぞこりゃ。ウエイトの軽さのわりに筋力はかなりある。これならもっとペースをあげてもいいようだ。
「…は、は、はっ!」
 おぉぉぉっ!なんだこりゃ、は、速ぇっ!!ど、どういう鍛え方してんだこっちの俺!?
 うはははは、動く!動くぞ!手も足も、俺のイメージそのままにタイムラグぬきできっちりトレースしてきやがる!すんげえすんげえ、まるで格ゲーじゃねえかっ!
 思いのままに、格ゲーや格闘技の本で見た型をいろいろ試してみる。…信じられん。厳密には鏡でも見て確認しなくちゃならねえんだろうが、思いのままになんでもトレースしやがる。どうなってんだこりゃあっ!!
「…い、いったい…どうなってんだこれ…?」
 しばらく走り回り、動き回ったあと、俺は息をつきながら考えていた。
「……」
 どう考えても、この身体は異常な気がする。
 綾香や葵ちゃんに前聞いた話だと、「完全に」イメージ通りに身体がサクサク動くっていうのは、かなりきっちりとできあがった身体でも無理なんだそうだ。そりゃ鍛えれば相当のとこまでは行けるのも事実だけど、頭でいくらイメージしても、身体がイメージした通りにきっちり動くというのはただごとじゃない。ていうか不可能。普通はイメージと実際の動きにはどうしてもズレがあるもんで、そこんとこを摺り合わせるのが格闘技の訓練。基礎体力をきっちり行って作り上げた身体に今度は効率的な型づくりと実戦的な攻防訓練のくりかえしをする事により、心身のずれをすりあわせる。そうする事によりはじめて、「イメージに極めて近い」戦闘ができるようになるものらしいんだよな。
 …しかしそれはあくまで「極めて近い」だ。当然、まかり間違っても格ゲーのイメージ通りにサクサク羽根のごとく動く、なんて事はありえない。つーか動くわけねえだろ普通。だって物質には慣性だのなんだの色々あるんだぜ?いったいどうなってんだ?
 なぜなんだろう?…まぁとりあえず、思い通りに動いてくれるのはめちゃくちゃ有難いけどな。いろいろと突っこんでみたい部分は誇張でなく山のようにあるが解説するべき奴は今ここにいない。俺が戻れば入れ換わりにこっちに戻っちまう。だから尋いてみる事もできない。
「…ま、対綾香戦の研究でもすっか!」
 こんな非常識な身体で研究した事がどれだけ役立つもんか怪しいとこだが、やらねえよりマシだろ。
「んじゃ、とりあえず攻略だよな。綾香の癖といえば…」
 目の前の問題を無視して、俺は作戦をたてはじめた。



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