[目次][戻る][進む]

サドンデス

「…なぁ芹香。どうしてもそれが必要なわけ?」
「(こくこく)」
「ほんとか?単に趣味なんじゃねえか?」
「……(ふるふる)」
「…じゃ、今の間(ま)はなんだ?」
「…」
「いや、だったら中止するって、そ、そりゃねえよ芹香。帰りたいんだって俺は」
「…」
「ま、まて、それほんとか?」
「…(こくこく)」
 …あー、わけわかんねえよとお嘆きの諸賢のために説明するとしよう。
 俺はいよいよ、元に世界に戻るべくオカルト研に戻った。戻ると芹香も準備完了したらいく、いつもの魔法使いルックで俺を歓迎してくれたんだ。
 そこまではよかった。よかったんだが…。
 
 ……なんで魔法の儀式するのに、すっぽんぽんにならにゃいかんのだ?
 
 しかも、しかもだぞ!靴下だけは脱ぐなと言うんだぞこれが!なんなんだよこの変態ルックなかっこは!両親が見たら泣くぞもう。女になったあげく全裸にソックスだって?この俺が、この、クールガイと巷で評判の藤田浩之が!全裸にソックス!!しかも貧乳!!ちんこなし!!ひどい、ひどすぎるよママン!!
「(…いったいどのあたりがクールなんでしょうか?)」
「何か言ったか?芹香?」
「…(ふるふる)」
 …もしかしてこっちの芹香、なにげにやばくねえか?俺、騙されてんじゃねえのかもしかして?
「と、とりあえず、これが成功すれば帰れるんだな芹香?」
「…(こくこく)」
「よし、帰るぞ!帰ったら綾香をぶちのめすんだ!!わははは、待ってろよマイハニー!!」
「……」
 う〜ん、なんか気分がハイだなぁ。芹香に飲まされた薬のせいか?ま、いっか。
「……」
 芹香はなんだか、面白そうに俺を見ていた。

 さて、ここらで芹香に聞いた儀式のレシピを説明しよう。
 こっちに来る際、あっちの芹香が俺に使ったのは「越界の呪法」というものらしい。こり術法は移転先に「もとひとりの自分」を必要とするかわりに、双方の世界に安定したパイプを渡せるらしい。これは今も有効に作用し続けている。つまり俺と「俺」は今も、不可視の力で世界を越えてつながっているんだそうだ。
 だけど、当然ながらこの状態は正常とはいえない。だから放っておくと「世界」そのものがその歪みを矯正しようとする。つまりパイプを切断し、俺と「俺」を別個の存在に戻してしまうんだと。
 だったら、放っておけば帰れるんだろ、と思ったんだがそれは甘いそうだ。その場合、俺と「俺」の配置はそのまま、つまり俺はここで「藤田ひろみ」のまま元の世界と切り離される。ようするに帰る事が二度とできなくなってしまうばかりか俺は急速にこの身体と馴染んでしまう。ようするに精神まで女性化してしまう、というのだ。それは困る。俺は女として生きるつもりはない。俺は藤田ひろみでなく、藤田浩之なんだから。それはあっちに行ってるひろみ本人も同様だろう。
 そこで、芹香の出番となる。
 芹香の儀式は、その「元に戻ろうとする強制力」をわざと活性化する。そしてその際のエネルギーを利用して、入れ換わった俺の意識を向こう側に押し戻すんだそうだ。当然ながら「俺」はその時、俺に押し出されてこっちに戻ってくる。そして双方の肉体にそれぞれのココロが戻ったところでパイプが耐えかねて破損、めでたしめでたし、というカラクリ…という事だ。
 正直、俺にはさっぱりわけがわかんねえ。だけど芹香はこの道の専門家だし、任せるのが一番だと思う。だから俺は気にしない事にした。
 なお、芹香の話だとこの方式にはひとつだけ穴があるんだそうだ。それは俺か「俺」のどちらかが元に戻る事を欲しなかった場合。まぁありえねえと思うがこの場合は当然ながら帰れなくなるんだと……ま、そんな事ありゃしねえだろうけど。
「…」
「え?残念ですって何がだ?芹香?」
「…」
「…へぇ、そうなのか。でもま、そりゃ俺にはどうにもならねえよ。わかってると思うけど」
「…」
「あぁ」
 芹香が言うには、俺と「俺」はよく似ているが、ひとつだけ違う点があるんだそうだ。
 藤田ひろみがこっちの世界で逆ハーレムやらかしてるっていうのは前言った通り。俺にはどうにも信じられないが「彼女」はひどく攻撃的な性格で、去年から今年にかけて何人ものメニールを次々と落としまくっては弄んでいたんだという。唯一食指を動かさなかったのは綾香くらいというから、それは相当な好き者なのだろう。
 貴女は随分と慎み深いようですから、と芹香は言う…ほんとかよ?
 そりゃあ、俺はあっちの世界じゃ芹香ひとすじだった。女友達はずいぶん増えたけどそれは親しいってだけで彼女って意味じゃない。かくいう俺自身、そういう関係になるのは芹香ひとりでいいと思ってる。友達が多いのは嬉しいけどな。
 芹香がいうにはこっちの世界じゃ、そういう女の子は可愛い、という事になるらしい。まぁ、そうなのかもな。よくわからねえが、人口過少のこの世界じゃそういう子は貴重で、そういう子を手なづけて添いとげるのは、男のロマンならぬメニールの夢ってやつらしいんだ。
「よし、じゃあはじめてくれ」
「(こくこく)」
 芹香はゆっくりと、最後の詠唱をはじめた。
 窓のしめきったはずの室内に、ゆっくりと風がふきはじめた。魔方陣の中に何か異様なエネルギーが充ちるのが見える。これは俺自身の魔力のせいか、それとも芹香のパワーが凄いのか、いったいどっちなんだろうな?とにかく、暗い室内には不可視の「何か」がゆっくりと拡がっていった。
「…!」
「…」
 お、おぉ?なんだあれ?
 なんか、ワームホールっつーかゲートっつーか、穴みたいなのが拡がってくぞ。で、その「穴」の向こうにもオカ研があって、詠唱してる芹香がいて…。
 …あ、俺だ。
 女の俺じゃない、本来の俺「藤田浩之」があっちにいる。びっくり眼でこっちを見てる。たぶん奴の中身は「藤田ひろみ」なんだろう。学生服姿で、この俺をじっと見ている。
 俺は芹香に言われていた通り、「藤田ひろみ」によびかけた。
「よぉ、『俺』」
「…はじめまして、かな?『私』?」
「なんだかな。自分の声ってのも奇妙だよな。しかも口調がカマっぽいし」
「それはこっちも一緒。堂にいった男言葉なんて…なんか妙よね」
 俺たちは、穴のあっちとこっちでクスクス笑い合った。
「ま、いい。とりあえず時間がねえんだ。戻ろうぜお互いに」
「…」
「…?おい、どうした?」
「……やだ」
「!?なにぃぃぃっ!?」
 俺ばかりじゃない。こっちの芹香も向こうの芹香も、目を丸くしていた。
「じょ、冗談じゃねえぞおいっ!!言ってる意味わかってんのかおまえ!?」
「もっちろん、わかってるぞ。藤田ひろみちゃん♪」
「!!!」
 奴は、憎らしいほどに幸せそうな笑みを浮かべてやがった。
「こちとら、メニールになれなかったのが辛かったのよね〜。いくらガチンコ強くてもさ、やっぱり女は女だもん。芹香と結婚して子ども産むのは楽しみだったけど、こっちじゃメニールどころか、伝説の「男」なんだもん。悪いけど、帰るなんてごめんだね」
「な、ななななななっ!!!おまえなぁっ!!」
「ふふ、怒らない怒らない。こっちの綾香に聞いたよ?あんた、強くなりたかったんでしょ?いっとくけどその身体、めっちゃくちゃに強いんだよ?まだあんた、気づいてないと思うけど…そうね、「家」に帰ったら引き出しの中見てごらんよ。私の秘密がそこにあるから」
「そ、そういう問題じゃねえ!!戻れないんだぞもう!!それでもいいのかよっ!!こっちの芹香はどうすんだ?綾香たちだって」
「あんたがいるじゃない」
「!な…」
 奴は、さすがに寂しそうに…それでも笑いは絶やさない。
「あんたの言いたい事、わかるよ。同一人物なんだから当然ったら当然だけどね。…だけど、だからこそ、あんたにもわかるんじゃない?私のこの気持ち。」
「…」
「ねえ」
「あ?」
「あんた…今日、誰と話した?」
「……あかりと、芹香。それに綾香だけだ」
「そっか。…私はそっちでつきあってたほとんど全員と話したよ。男言葉は苦労したけどね。」
「…」
「私、思う。これは衝動的な気持ちとかじゃない。私はこっちで暮らしたい」
「…」
「私が望んだ暮らしが、ここにはある。だから私は、帰りたくない。」
「…」
「あんたはどうなの?藤田浩之」
「…俺は、そっちに戻りてえよ」
「…無理なんじゃない?それ」
「?なんでだ?」
「……」
 奴は、にぱあっと悪戯っぽい笑みをなげた。
 
「芹香、最後の命令。ワールドタイムゲート、オールクローズ。急いで」
 
「…(はい)」
「!?」
 俺の背後でいきなり、芹香が呪文の詠唱をはじめた。
 それは、何語かもさっぱりわからないものだった。いくつかの古い原語を芹香に習い、ラテン語とギリシャ語の区別くらいは何とかつきはじめている俺だったが、その俺も全く聞いた事のない、完全に未知の言語によるものだった。
「!」
 その途端、向こうの芹香の顔色が変わった。焦りの形相を浮かべ似たような詠唱をはじめる。だが、
「あ、やめて芹香。時の迷子になっちゃうよ?」
「!」
「あの呪文、教えたでしょ?多層世界をつなぐ横穴、ワールドタイムゲートへの干渉をしてるのよ?当然、人間の魔力でそんなもの操作なんてできないけど、刺激を受けた『世界』には過剰な強制力が働いて全部のゲートが一斉に閉じてしまう。そんなのに干渉なんかしてごらんなさい。宙ぶらりん状態になってる私も浩之も、時空連続体の彼方までブッ飛ばされちゃうんだからね?いいの?」
「……」
 向こうの芹香は、泣きそうな顔をしている。俺は背後を振り向いた。
「芹香!やめろ!いますぐやめるんだっ!!」
「…」
「あー、無駄無駄。無理だよそれ」
「貴様ぁっ!!」
 にこにこと笑う奴に、俺は毒づいた。くそ、歯がゆさで涙が出そうだ。
「どのみち、もうゲートは閉じるしかない。そっちの芹香はそれを知ってる。このままの状態でゲートが自然閉鎖したら、私もあんたもそれに巻き込まれるからね。私が望まない限り、芹香にはそうやって閉じるしか選択肢がないんだよ?」
「…おまえ、そうまでしてそっちに残りたいのかよ…なんで」
「私は、メニールになりたかった…それだけよ」
「いいのかよ!こっちの奴等とはもう永遠に逢えないんだぞ!!」
「男だったあんたにはわからないでしょうね。こればっかりは…だから弁解はしないわ」
「……」
「ごめんね、もうひとりの私。…許してくれるとは思わないけど」
「…あぁ。絶対許さねえ。いつかそっちに戻って、てめえをブッ飛ばしてやる」
「殺す、とは言わないのね…やっぱりあんた、そっちにいるべきだわ」
「?」
「いいわ。…何年でも待ってる。でも、できれば来ない方があんたのためだけど」
「……」
「じゃあね、…幸せにね、ひろみちゃん」
「……」
 それっきり、不意にゲートは小さくなり、消えてしまった。
「……」
 俺は、呆然とその場に立ちつくしていた。
 もう帰れない、そのことが俺にはまるで遠い夢のように感じられていた。目の前の閉じてしまった空間を、そのまま見つめ続けるしかなかった。
「……」
 さようならひろみちゃん、という小さな声が、背後でぼそ、と響いた。
「…芹香」
「!」
 びくっ!と、背後で反応する気配がした。
「…ワケも言えねえ、なんて言わないよな?当然話すよな?」
「……」
 俺は、ゆっくりと芹香の方を振り向いた。
「……」
 芹香は、怯えていた。俺の怒りがわかるんだろう。全身が小さく震えているのが見ていてわかった。
「どうしてあいつは残った?俺をあの世界から追い出してまで留まった理由はなんだ?教えろ、芹香」
「……」
「ふざけんな。話さなきゃ、いくらおまえでも絶対許さねえぞ」
「……」
 わかりました、と芹香は小さくつぶやいた。

 それに芹香と奴が気づいたのは、つい最近の事だったらしい。
 俺の世界とこの世界は非常に近い距離にあり、干渉が続いていた。それは異常な事だった。通常、平行世界というのはどんなに近くとも別の世界だ。干渉しあうなんて事はありえない。なのに、だった。
 ふたつが、類似の世界ならよかった。問題はふたつの世界が、いくつかの点で大きく違っていた事だ。
 かたや、男が死に絶え人類が滅亡寸前までいった世界。かたや、そんな歴史を持たない世界。そのズレは少々大きすぎたらしい。水が高きから低きに流れるように、あるいは汚水と清水が混じるように、急激にふたつの世界は歪みはじめた。たまたま開きっぱなしだったひとつのワールド・タイムゲートを通じて。
「じゃ…それを止めるために今回の騒動を企んだってのか?」
「…」
 はい、と芹香は答えた。
 もともと、平行世界とは鏡のようなものだ。しかも両方には芹香というジョーカーがいる。奴と芹香は考えた末、綾香をたきつけて練習試合というイベントを起こさせたんだ。そうすればもうひとつの世界でも同様に、練習試合イベントが発生するとわかっていたから。
 そして計算通り、向こうの芹香は俺に引きずられた。大昔から開きっぱなしのゲートを通り。
「でもわかんねえな。芹香の話を総合すりゃ、つまり俺の世界の方に何か異変が起きるってことだろ?どうしてあいつ、わざわざ危ない目に逢うような事するんだ?」
「…」
「…」
「(こくこく)」
 芹香の話を聞いた俺は、頭がくらくらする思いがした。
 ふたりが見たのは、俺が芹香たちを守りきれない世界だった。力の足りない俺は異変を前にしてどうする事もできず、友人たちを次々になくしてしまう。自分の無力さを悔ながら。
 奴は、自分なら何とかできると考えたらしい。
 そしてそれは、奴の望みでもあった。女でなく男でありたい、男として愛する者を守りたいと奴は考えていた。生命をかけてでも。
 俺の世界はまさに、それにぴったりだったんだ。
「…じゃあ俺は、やっぱり帰れないのか」
「…」
 帰しません、と芹香はきっぱり断言した。
「…そんな…そんなことって…」
「…」
 うつむいた俺を、芹香は優しく抱きしめてくれた。



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system