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流転

 しばし後、帰国した西園寺踊子を待っていたのはラディッシュ店長勤務の辞令だった。当初の予定では誰が渡欧するかの選定が行われる予定だったため踊子は首をかしげた。そして本社で事態を把握しようとあれこれ問い合わせた。
 だがその結果はというと、さすがの踊子も気色ばむ内容だった。
 誠をハネムーンの如くヨーロッパ旅行に付き添わせた踊子だったが、舞の残していったチケットをちゃっかり利用した事がばれていたばかりか、EU内の別支部のスタッフによって誠と遊んでいるところを踊子はしっかり目撃されていた。それはもちろん踊子の査定にとっては大変なマイナスであり、この瞬間に踊子の欧州いきも幹部への道も、少なくとも向こう数年間は閉ざされたということを意味した。
 踊子は舞が私怨で報復に走ったのかと怒ったが、もちろんそれは濡衣だった。舞は失意の娘をなだめるのに手いっぱいであり、会社の厚生部経由で取得した未使用チケットの処理すらも「悪いけど」と踊子に頼んで帰国したほどなのだから。それをちゃっかり踊子は誠のために使ったわけで、これは完全に踊子の自業自得である。
 そして帰国後も舞は娘につきあって有休のおわりまで出社していなかった。事実の発覚は本社の厚生担当からであり、その人物は舞の名で取得されているチケットが舞が帰国しているのに使われていることに首をかしげ、職務に忠実に調査したというだけの事にすぎない。ようするに、これまた漏洩してまずいような事をしていた踊子自身が招いた災いだった。
 もちろん踊子はそれがわからない人間ではなかったし、この期に及んで言い逃れをするつもりもなかった。大人しく今は店長に収まりまた頑張ろう、そんな気持ちで踊子はラディッシュに戻った。
 だが不幸は続いた。
 本社での不祥事はラディッシュでも噂になっており、女子アルバイトたちの口からラディッシュにおける踊子の男遊びが本店のヘルパーたちに漏洩してしまった。これがまた最悪のタイミングであり、さらに踊子の評価は落ちるだけ落ちた。男女の仲についてとやかくいう会社ではなかったが、さすがにこれは問題だろう。今までの実績があるので一応はそのまま店長職となったが、実験店としての役割は他の店に託される事になったため、踊子の立場は下っぱの雇われマスターそのものになった。ようするに本社にも置いておきたくない、だけど変な問題は起こされたくないという空気が見え見えだった。
 そしてそれが、伊藤誠との破局の原因にもなった。
 ラディッシュで逢えなくなったふたりは自宅を使おうとした。だが西園寺の家では娘である世界が猛烈なまでに嫌がったため無理。これはむしろ当然の結果といえた。
 さらに誠の家では、遊びに来た妹が踊子を見ただけで拒絶反応を示した。これはラディッシュでの初対面からもわかっていたことだ。踊子に対する止の第一印象はひどく悪い。あたりまえだ。自分を無視して大好きな兄をとろうとする女を止が気に入るわけがない。
 まぁそんなわけで、止が嫌う人間を家にあげたくない誠自身によってこれは固辞されることになったし、さらに止が熱心に「あのひと嫌い、いや」と誠に言いつづけたこともあって、止が可愛くて仕方のない誠の心が急速に踊子から離れ始めるというオチまでついてしまった。
 そして新学期がはじまり、ふたりの接点は急速になくなっていった。
 このまま自然消滅になればよかったのだが、事態はそう単純ではなかった。誠が刹那を傷つけたこと、はるばる欧州まで追いかけておいてさらに傷つけたことは事情を知る女子たちの間ではもはや承知の事実だったし、そのために世界までも登校拒否で学校にこなくなっていた。刹那も渡欧準備のせいか休みがちのうえ、誠は女子たちに徹底して阻まれ刹那に近付くことすらできなかった。刹那は誠の存在がまるでないかのように完全に無視しており、誠は足掻けば足掻くほど悪い噂に包まれていった。女子たちの冷たい視線に巻き込まれるのを恐れて男子も誰も誠に近寄りすらしなくなった。
 誠は次第に行き場をなくし、追い詰められていった。
 余裕をなくした誠はとうとう踊子にまできつく当たり出した。本来ならここで大人である踊子がフォローに入るべきだったのだが、残念ながら今の踊子にはそんな誠を支えきれる余裕がなかった。ふたりはやがて致命的な激突を迎え、そしてそれが破局となった。
 短い夏の、激しくも儚い関係の結末だった。
 刹那を傷つけ、間接的に世界も傷つけ、そのために友人関係の全てを誠は失っていた。少なくとも誠はそう考えていた。実際には誠を心配する者たちも少しはいたがそれはもう誠の目には写らなかった。誠は女性関係というものに強烈なトラウマを抱えるようになっていて、誰かが近付こうとすると過剰なまでに怒り拒絶し、そしてその者たちも結局は離れていく。そんなことを誠は繰り返していた。
 
 誠はとうとう、ひとりぼっちになってしまった。



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