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救済

 夕方の浜辺に、誠はひとりで膝を抱いていた。
 数日前から学校はさぼっていた。今日は学園祭のはずだったがもちろん誠は行事に参加すらしていない。
 いや、正しくは「参加できなかった」というべきか。全てのクラスメートが誠の参加を拒んだ結果、誠は完全に居場所をなくしていた。
「……」
 誠はじっと空をみあげていた。
 ほんの少し前、あの夏の日々。誠のまわりは友達がたくさんいた。なぜか妙に女の子の密度が高かったのだが、今にして思えば楽しい日々だったと誠には思えた。
 いったい、何がいけなかったのだろう。
 誠、と優しく抱きしめた踊子の顔を思い出す。誠くん、伊藤、先輩、と呼びかけてくれたたくさんの声を思い出す。
 だが、今は誰もいない。
 止すらもしばらく来ていない。ひとりになった誠、唯一の慰めは小さな妹だったのだが、その妹からもここしばらくは連絡がなかった。自覚はないが傷つけたり恐がらせたのかもしれない。子供とはそういう空気に敏感なものだからと、そう誠は思った。
 とうとう、止にすら見捨てられたのかと。
「はは、は……」
 自嘲の笑いを誠は漏らした。我ながら惨めったらしい笑いだった。
「なんかもう、どうでもよくなっちまったな」
 ふらりと誠は立ち上がった。
 家に帰っても誰もいない。母親ともぎくしゃくしていたし、しかし町にいって誰かとであったら、これまた不愉快な目線で見られるだけだろう。
 自分の町なのに、もう行き場すらなかった。
「……」
 誠はいつしか、ふらふらと海に向かって歩きはじめていた。思考は完全に凍り付いていて、自分が何をしているのかもわかっていない。波打ち際がゆっくりと近寄ってきた。
 そして、もう足が水に浸ろうという場所まで来た時、その声は響いた。
 
「ぼろぼろだね、まこちゃん」
「!」
 
 その瞬間、誠は凍り付いたようにその場に固まった。自分が耳にした声が信じられない、というかのように誠は首をふった。
 だが、声は続いた。
「ここまでボロボロになるなんて正直思わなかったよ。はぁ、ほんっとまこちゃんは女性関係がだらしないんだから」
「……せつ、な?」
「せっちゃん」
 やんわりと訂正する声すらも信じられないというように、ゆっくりと誠は振り向いた。
「……」
 そこには、微笑みを浮かべて立っている刹那の姿があった。
 あ、という叫び声は誰のものか。
 気づくと誠は、刹那の前に立っていた。
「せっ……ちゃん。どうして?」
 確かそろそろパリに行く頃じゃないのだろうか。どうしてこんなところにいるんだろうと誠は思った。
 刹那はそんな誠を見透かしたかのように笑い、そして言った。
「誘いにきたの」
「誘い?どういうこと?」
「パリにいこうって」
「……は?」
 まるで隣町に遊びにでも行くように、気軽に刹那はそれを話していた。
「このまま日本にいてもいい事ないと思うし。あっちでしばらく暮らしてみよう?冷却期間にもなってちょうどいいと思う」
「いや、あのな、せっちゃん」
 困惑顔全開で誠は言った。
「そんな金ないって。だいたいどうして」
「お金はお母さんに貸してもらった。気が向いたらお母さんのお手伝いでもしてくれたらいい。私もいっしょにするから」
「はぁ?」
 あまりの急な事態に誠の頭は全然働いていなかった。
「深く考えないで。決めるのはまこちゃん、迷惑とか手続きがどうとかそんなことは今はどうでもいい。そんなことは私がどうにでもするから。
 どうする?まこちゃん。
 それとも、ここにずっといる?ひとりぼっちで海見て、誰もこないとこでずっと泣いてる?
 どうしてもっていうなら止めないけど、それって悲しくない?」
「……」
 誠はまで思考が働いていない。ただ呆然として刹那を見ていた。
 刹那はそんな誠を見て、わざとらしいほどに寂しげに笑うと、
「そっか。まこちゃんはひとりぼっちがいいのか。うん、わかった」
 ばいばい、と手をふって刹那は去ろうとした。
「!」
 だが次の瞬間、誠の手が刹那の肩を掴んでいた。
「……」
 刹那は、自分の肩を捕まえる誠の手を見た。そして視線をゆっくりとずらし、誠の方を見た。
 あ、と悲しげにつぶやき、誠は弱々しく手を放そうとした。
 だが、
「……」
 刹那はそんな誠の手を優しく、そして逃さぬようにしっかりと掴んだ。
「まこちゃん」
「あ、ああ」
 躊躇うような、恐れるような誠の声。ここしばらくの間に、誠は女性に対してかなり臆病になってしまったようだった。
 無理もない。
「まこちゃん、ひとつだけ約束してくれる?」
「な、なに」
 何をいわれるのだろう、と不安な顔をする誠。刹那はふふっと微笑んだ。
「考えなしに目の前の女の人に籠絡されないこと。
 もうわかったでしょ?まこちゃんはね、私だけ見てればいいの。そうすればきっと何もかもうまくいくんだから。
 あの頃だってそうだったでしょ?止ちゃんがいて、まこちゃんがいて、私がいた。それでうまくいってたでしょ?」
「……あぁ」
 ぽろ、と誠の目から涙がこぼれた。
「ほら、泣かないの、まこちゃん」
 うん、うん、と頷きつつ、誠は声もなく泣いていた。
 刹那はそんな誠を優しく抱きしめ、そして手をとった。
「いこ、まこちゃん」
「ああ」
 誠は刹那に手をひかれ、まいごの子供のようにおとなしく歩いていった。
 
 そしてそれっきり、町から誠の姿は消えた。



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