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戦闘

 セイバーの身体を現代の武器で傷つける事は不可能である。
 彼女の肉体はそれ自体が幻想であり霊体。それを攻撃する方法は通常はありえない。だから、たとえ米軍の全戦闘力を注ぎ込んだとしてもマスターが死なない限りセイバーには傷もつけられない。それはセイバーがサーヴァントである以上どうしようもない事である。
 そして剣技で「参った」と言わせるのも不可能。彼女はそこらの剣士に破れるようなナマクラではない。なにせ相手は幻想種最高峰である龍種と精霊の加護を受けているのだ。考えてほしい。たとえ超のつく戦士であっても、自分と斬り合えるほどの技量と素早さを持ち歴戦の駆け引きにも長けた重戦車とどう戦えというのか。刃をぶつけるだけで車にはねられるほどのトラクションを喰らうのだ。そんな化け物と戦うなど無謀を通り越して自殺行為というものであろう。
 だがここに例外がある。霊体を攻撃できる概念武装だ。
 霊剣十六夜は概念武装ではない。しかし退魔の剣である以上霊体を斬れる。という事は、斬りつけ当たりさえすればセイバーを傷つける事もまた可能なのである。
「!」
「!」
 剣と剣のぶつかる激しい金属音。弾かれた薫はたたらをふみかけ、しかしすぐに止まった。
「…大したものです。この私の剣筋を見抜き、あまつさえ受けて踏みとどまるとは」
 セイバーの一撃はいわば火力に任せたショットガン。魔力で強引に加速された一撃は、通常の剣士なら一撃で吹き飛ぶか両手がへし折れてもおかしくないものだ。
 だが薫は、手加減つきとはいえその一撃を受け止めて見せた。見えざるはずの剣をまるで見えているかのように見切って。
「さすがは伝説の騎士様。こっちは手が痺れそうじゃ」
 悪態をつく薫に、セイバーはふふっと優しく笑った。
「とんでもありませんよカオル。
 今の一撃は先日の戦いのおり、かのアイルランドの光の御子と打ち合った時のそれに匹敵する。それを貴方はひとの身で、なんの術的強化もなく受けて見せたのです。
 なんという素晴しい腕前。まさかこれほどの剣士とは。本当に嬉しいです」
(アイルランドの光の御子…?)
 薫はこれがクー・フーリンである事を知らない。彼女は神話伝承にはあまり詳しい方ではないからだ。
 だが、どうやら神話級の相手に匹敵すると褒められた事は彼女にもわかった。
 薫は笑った。手加減は見え見えなのだが、相手はこちらを馬鹿にしているどころかむしろ驚いているようだ。
 ならばその見え見えの手加減、崩してやろうではないか!
「…まだまだ小手調べじゃ。もとより敵うとは思うとらんが」
「やる気なのでしょう?ええ、いくらでもおつきあいしますよ」
「あぁ!…十六夜、霊力をできる限り防御に」
『わかりました』
 斬り合いが再開された。
 神咲薫の剣は、手数より一撃必殺を重んじるもの。速度の上では遅く見えるが隙はなく、その一撃は喰らうと女の身とは思えないほどのとんでもない破壊力を秘めている。十六夜の力もあり、なまじっかな魔やなんかでは彼女の斬撃に耐えられるものではない。
 対するセイバーの剣はとにかく速い。普通なら一発一発の威力は落ちるはずだが元々の技量も桁外れだったのだろう。薫以上の破壊力の攻撃をその速度で続々と繰り出すのだ。一撃受けるだけで薫の肉体にはかなりの負荷がかかる。咄嗟に受け流し力を逃しているにも関わらず、薫の方が一方的に消耗させられていく。
 まさに次元違い。ひとの身で勝てる相手ではない。そんな事は不可能だ。
 だがこれは試合だ。殺すなど不可能でも一本奪うくらいなら不可能ではないと薫は計算していた。長く退魔に関わり、自分以上の敵とも何度かぶつかってきた薫はそれを経験から感じていた。
 相手(セイバー)ももとよりそのつもりだろう。

「せいっ!」
「はぁっ!」
 もはや剣技の炸裂は余人の目にあまる速度になりつつあった。
 実際には、セイバーがじりじりと速度と力をあげ薫がそれに追いすがるという形だった。そう書くと薫がセイバーに遊ばれているかのようだが実のところそれは違う。薫がみるみるスピードに慣れそれに対応してくるので、攻撃方法を徐々に変えざるをえないのだ。
「…凄い」
 少年…衛宮士郎は、ふたりの剣撃を魔術使いの目でじっと見ていた。
 薫の剣はセイバーとは違う。自分と違って才能はあるが、その本質自体は鍛えられた人間のもの。つまるところ、アーチャーのような境地に到達する途上にあるものだった。剣だって普通のものではないが、かといって宝具にあたるようなものではない。強いて言えばアーチャーの双剣に近いものとも言えるかもしれない。剣自体に戦うための能力が備わっているわけだ。
 しかし、そのレベルの剣でセイバーとやりあってしまえるのだ彼女は。士郎のようにアーチャーの技術まで投影しているのでもなく、純粋におのが剣のみで!
 ざし、と音がした。ふたりの戦いは道路を外れ、隣の工事中の空き地に移りかけていた。
「…みるみる腕をあげて来ますねカオル。全く底が知れない」
「それはこっちの科白じゃ。敵わんとは思うとったけどこれほどとは…かつてヒトだった者とは到底思えん」
 楽しそうだった。
 セイバーはともかく薫は相当に消耗し尽くしていた。びっしりと汗を浮かべている。
 にも関わらず口許は笑っている。まだいけるとその瞳が言っている。
「とはいえ、さすがにもう限界でしょう。とりあえず休息を入れませんかカオル?」
「…ああ。けど」
 そう言うと、ゆっくりと薫は下段の構えをとった。
「…」
 西洋剣に比べて日本刀の剣技はかなり異質だ。人体の破壊に特化した特殊な剣だからこその事だが…その構えはセイバーの知識にはあまりないもの。強いて言えばあの、佐々木小次郎(アサシン)のそれを思わせるものだった。
 まるで、これから未知の攻撃をかけるぞと宣言するかのように。
「ここで休憩をとったらもう朝がくる。だから、そこでは使えない技を使わせてもらう」
「…退魔の技ですか。いいでしょう。受けて立ちます」
 薫の周囲で霊力…セイバーの言うところの魔力が大きく脹れあがった。
神気発勝(しんきはっしょう)…」
 十六夜の刀身が、炎のような光をまとった。
「火と風…」
 セイバーは今度こそ、本気で驚いた顔をした。
 薫は魔術師ではない。確かに大きな魔力を秘めているが凛たちと違い、それを自由に発露する術を持たない。何より魔術回路もそう多くはない。士郎よりは確かに多いといった程度だ。おそらくは魔力を直接扱う技術もない。
 なのにそれが、手にある霊剣にほとばしり常人の目に見えるほどの確かな炎となった。さらにその炎は風すらまとい、第二の刀身として破壊力の牙を研ぎ始める。
「これは…」
 衛宮士郎には、それはさらにはっきりとした魔力の迸りに見えていた。
 それは、技。
 どれだけの年月か、伝えられて来た退魔剣術。常人より多い程度の魔力でいい。ほんのちょっとの魔術回路があればそれでいい。積み重ねた技でそれを元に威力を引き上げ、特殊な剣を媒体にする事により爆発的な破壊力を与える、退魔・対霊に適した概念による攻撃。
「セイバーまずい、これは」
 危険だ。
 確かにセイバーはこれでは死なない。それほどの強烈な概念はこの攻撃は備えていない。聖杯のバックアップがなく魔力の足りない今とて、この程度でやられるほどにはセイバーは弱くない。
 だが、油断すればたとえセイバーとて喰らうダメージは馬鹿にならない。
 なぜならこれは魔術でなく視認できるほどの純粋な概念自体による攻撃なのだから。セイバー自慢の抗魔力もあてにはならない!
「…」
 だがセイバーは笑った。待ちかねたものが来たといった顔だ。
「神咲一灯流奥技、楓陣刃(ふうじんは)!!」
 その瞬間、霊波を含んだ炎と風のエネルギー波がセイバーに向かって襲いかかった。セイバーはまるでそれに斬りつけるようにスッと剣を突きだし、そして、
「!!」
 その瞬間、風と光が迸った。

 何が起きたのか、薫にはわからなかった。
 確かに楓陣刃は命中した。セイバーの剣を捕らえた。おそらくはなんらかの技で防いだのだろう。元よりセイバーに対してそれが効くとは薫も思っていない。単に「びっくりさせよう」程度の気持ちで放った一発だったのだ。
 もとよりかなわない相手なのはわかっている。悔しくもない。なにせ相手は伝説のアーサー王なのだ。負けたところで誰に恥じることがあろうか。
 なのに、湧いたのは迸る風と光。それに含まれる、怖気(おぞけ)がするほどの圧倒的な霊力。
「…これは」
 じっと目をこらした薫は、文字通り絶句してしまった。
「…」
 ほとばしる光と風の中、セイバーは剣を構えて立っていた。
 見えないはずの刀身が姿を現していた。光と風はそこから噴き出していた。おそらくはセイバーの言うところの風王結界とやらを解いたのだろう。薫の一撃を消し飛ばしたその剣は光輝き、しかしその芸術品そのものの美しい姿を今、はっきりと薫の前にみせつけていた。
 聖剣エクスカリバー。
 西洋の伝説でも有数、おそらくは最強に近い神秘の剣。ひとの手によるものでない究極の幻想。余計な飾りこそないが、どんな刀鍛治の手をもってしても為し得ない究極の刃。その突きつめられた様式美。
「見事ですカオル」
 セイバーの声が、静かに響いた。
「当初の予定でも、確かに最後に風王結界を解くつもりでした。しかし私は解くのでなく「解かされて」しまった。貴方の技を見てつい反応し、反射的に解いてしまったのです」
 ふう、というためいきが聞こえた。
「告白しましょうカオル。人間との戦いで風王結界を解かされたのははじめてです。貴方は私が過去に出逢った中でも有数の剣士だ。私はそれを、とても悔しく、そして嬉しく思います」
 風は途切れ、エクスカリバーは再びその姿を消した。
「シロウ、そろそろ戻りましょう。カオルもよろしければ来ませんか?シロウの朝食は美味しい」
 そう言って、セイバーはにっこりと笑った。



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