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本番前

 俺たちきらりバンドと『前島鹿子』はこうして出会ったわけだ。
 いや、本名の鹿之助だっけ?そっちの名前は勘弁してほしい。詳しい事情は姫さんも鹿子も語らないのでよくわからないが、鹿子は男として扱うにはあまりにも無理があった。で、どうせ風呂も部屋も姫さんと一緒なんだから女でいいじゃんという事になり、女扱いという事で決定してしまった。
 女の名前で「しかのすけ」は変だろう?別に惚れるわけじゃなし、かまうもんか。
 まぁ本人の方が「俺は結局この扱いなのか」などとズンドコ落ち込み、姫さんが「まぁまぁ鹿クン」と楽しそうに宥めていたとかそういうオチはあるんだけどね。
 てかね鹿子さんよ。「なんできらりはそう嬉しそうなんだ」って、あたりまえじゃねーか。女ってのは美少年の女装とかホモとか、そういうネタが基本的に好きな生き物なんだよ。BLとか言うだろ?リアルはダメだがノリとしてそういうのがあるのさ。
 あとついでに言うと、おまえさんが女やってる以上女は寄り付かないってのもあるんだが、まぁそれはそれだろう。男はもちろん嫌いだよな?
 そんな事を言うと、鹿子は眉を寄せて「勘弁してくれ」と嘆いていた。わはは。
 
 新進きらりバンドのおひろめ当日になった。
 今のところ、芸能界では椎野きらりはポップな方向のボーカリストという事になっている。まぁ古い言葉で言えば流行歌を歌う歌手だ。間違ってもパンクバンドでクソッタレだのファックだのとがなるイメージではない。
 芸能界いりをした時にどうしてそういう選択をしたのか、俺は姫さんに聞いたことがあった。そうすると姫さんは静かな顔で「鹿クンのためだよ」ときっぱりとのたまったものだ。
 聞けば姫さんの家は高校時代ものすごい貧乏で、危うく姫さんは風俗に売られかけたほどらしい。姫さんを転落から救うために『鹿クン』は全力を注いでくれたそうなんだけど、その結果として姫さんのお父さんは亡くなってしまったし、『鹿クン』の方も生涯拭えぬ深刻なトラウマが心に刻まれてしまったんだと。
 お金のことで彼を心配させてはいけない。彼をこれ以上傷つけないため、そのための選択だったのだと。
『だけどね、それも少し間違ってたみたい』
 姫さんはそうも言った。
『鹿クンはね、鹿子ちゃんするために生まれてきたひとなんだよ。あたしにはわかってたんだ、ずっと前からね。この人はこれが天性なんだって。
 だけど鹿クンがそれを嫌がるのも知ってたからね。強く言えなかった。あの時のこともあったし』
 あの時とは何か、それはわからない。きっと二人だけの秘密なんだろう。
『だから、今からもう一度始めたいんだ。……手伝ってくれるかな?』
 もちろんと俺は答えた。
 何より、俺たちはきらりバンドだ。姫さんがポップスでなくロックの歌姫であると知っているからついてきたのだ。本来あるべき方向に舵をとるのだから、俺たちは文句なく大歓迎だ。
「蝶野」
「!」
 姫さんとは違うアルトの声で呼ばれ、俺は一瞬ぎょっとした。
「大丈夫か?もうすぐ出番だぞ」
「そうか。いや大丈夫だ」
 そうかと答えたのは鹿子だった。
 しかしこいつ、声が全然カマっぽくないな。
 中性的などっちともつきかねる声だった。独特の透明感があり一度聞いたら忘れられない。元からそんな声だったのかと聞いたら、変態男に脅迫されて無理やり声帯手術されたんだと、どこまで冗談なのかコメントに困るような事をさらりと言いやがったんだが。
 まぁそこらへんの事情はともかく……いろいろと難儀な奴だな。
 ステージの方ではバラエティ番組の真っ最中だ。お昼の主婦むけの番組であり、既に形骸化した化石(ごみ)番組とはいえ老舗の伝統番組でもある。売れっ子とはいえデビューしてたった数年のアイドルが真っ正面からおちょくってしまえば、何が起きるかわからない。
 だがあえて、姫さんはこの番組を選んだ。鹿子も苦笑いしつつ同意し、俺たちも従った。
 司会のサングラス男と姫さんが話している。自分が元々バンドの出身である事、アイドルソングみたいなのでなくバンドをやりたいと事務所を説得し続けた事、今率いているきらりバンドはそのために自分でライブハウスをまわり作った仲間である事をつげている。
 サングラス男は知らない。ほとんどのスタッフも知らない。自分たちの番組がもうすぐ乗っ取られる事を。
 この仕掛けは、あの第二文芸部時代のファンが番組スタッフにいたからこそ成立したのだ。なんでも姫さんたちは、お堅いミッションスクールの卒業式をバンドで乗っ取り、パンクバージョンの校歌を絶叫してのけて今も学校の伝説となっているらしい。ようするにこれは、その頃の再現なのだ。
 姫さんと鹿子は笑う。最高の演奏をすれば全ては覆せると。ただRock'n Rollだけを信じればいいのだと。
 ち、なんて化け物たちだ。だが負けてたまるか!
『本当に君はバンドが好きなんだね。ちなみにとんな音楽やるのかな?ジャンルはなに?』
 お、きたきた。サングラス男がひっかかった。
 いくよと合図が流れる。俺たちも同意する。鹿子がベースを構え、うっとりともにんまりともつかない笑みを浮かべる。
 その笑顔に一瞬、見てはならないものを見てしまったような寒気を覚えたのは気のせいか。
『ジャンルですか?それはですねえ』
 にやり。モニターの向こうで姫さんが立ち上がった。
 ゲスト席から一歩ひく。スタジオの面々から笑みが浮かぶ。きっと演目をアカペラ+身振りで歌ってくれるとでも思っているんだろう。実際、姫さんはそうやってどこの番組でも唐突にうたい出すので有名なのだ。
 ああ、歌ってやるとも。最高のバックバンドつきでな!
『そんじゃあ、第二文芸部・第二幕が命をかけて歌います。たった一曲ですけど』
 にやぁ、と笑う。アイドル状態では絶対にしないタイプの笑みに周囲が「ん?」と怪訝そうな顔になる。
 右手と口でワン、ツー、とカウントをとりだす。仲間のADが舞台のスイッチに手を伸ばす。
『ワン、ツー、ワンツースリーヘィッ!』
 
 その瞬間、伝説が再び始まった。
 
(おわり)



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