すっかり日は暮れていたけど、マンションの屋上は町の光のせいで少し明るかった。
私は俯せに寝転び、屋上から少しだけ顔を出して町を見ている。本当はいつかのように町を徘徊したかったんだけど、アルクェイドの留守に外出するのをレンちゃんが必死に引き留めたためだ。
別にレンちゃんに勝てないわけではない。彼女は物理戦闘力なんて持ってない。その気になれば私どころか、以前の『遠野志貴』だってやすやすとレンちゃんを押し退けられるだろう。彼女は肉体的には、外見通りの可愛い女の子でしかないのだから。
……ただ、悲しそうな顔で「ダメ」と引き留められては、どうにもお出かけできなかっただけの話だ。
「はぁ……甘いなぁ私も」
このつぶやきは秋葉のものか。それとも志貴のものか。両方かもしれない。
アルクェイドに声をかけられた頃の私なら、きっとレンちゃんなんて弾き飛ばして楽しくおでかけしてしまっただろう。良心が痛んでおでかけできない、なんて事はなかったはずだ。
つまりそれは、秋葉と融合しているという事。
秋葉はああ見えて優しいし可愛らしいとこあったからなぁ。後輩の子だって、厳しく接してるみたいだけど可愛がってるのが丸わかりだったし──
「……あれ?」
ちょっと待て。それはおかしい。今私、変なこと考えたぞ。
どうして私は、自分の事を遠野志貴のように思ってしまったんだろう?
「……」
まぁ、それだけ融合が進んでるってことだろうけど……秋葉の身体でココロが志貴寄りに安定しちゃったら、それはちょっと……
うー、どうしよう。
「……あれ?」
ふとその時、私は視界に何かをとらえた。
「あれ……まさか」
そんな莫迦な!
いや、間違いない、あの女の子。遠いから判別つけがたいけど、確かに覚えがある。
「
私の中の秋葉がつぶやいた。
そうだ。
遠野志貴が女性化してから一度、突然に屋敷に来た三人の女の子。長く休んでいる秋葉を心配し押しかけてきた三人のひとり、
あの子はちょっと風変わりだった。
秋葉と瓜ふたつの私に大喜びしてた『羽ピン』とは正反対に、困ったような気の毒なような顔で『私』を見ていた。身体が弱く屋敷からあまり出ない『姉さん』と私を紹介した秋葉の言葉もなかば耳に入らない様子で、じっと『私』を見ていたあの子。
「……もしかして、そういう事?」
まさかとは思うけどあの子……『私』の正体が変化した遠野志貴だと知ってた?
「……」
まさかとは思う。だけど、
──この目はよくないものを呼び寄せる、と先生だって言ってたじゃないか。あれはきっと、力あるもの同士が引き合うとかそういうことなんだろうと思うし。
「……なんてこと」
私は頭を抱えた。
冗談じゃない。よりによってこんなややこしい時期にどうしてのこのこ現れるの。
なんとか言い含めて寄宿舎に帰さなきゃ。本当にあの子がなにがしかの能力を持っていたとしても、アルクェイドや『あの男』相手にどうなるものでもない。
立ち上がり、ぽんぽんと身体の埃をはたいた。アルクェイドの買ってくれたデニムの上着とスカートをちょっと直し、ソックスがずれてないか確認する。
「さて──!?」
どうやって下まで降りようかと今一度下を見たところで、
視線が、凍った。
晶ちゃんの背後に男が迫っていた。よたよたと歩み寄るその姿は、
「死者!」
まずい!やられる!
そう思った瞬間、私は屋上から飛び出した。