──好き──
冷たい闇の中で感じたのは、そんな気持ちだった。
それはまだ幼い何か。何かに強く惹かれているが、その気持ちが何であるかさえわからないほどにそれは幼かった。
ソレが敵対者だと知っていた。知識でなく本能で理解していた。本来なら速攻で殺す、または逃げなくてはならない存在なのだと、身体の深奥がそれを知っていた。
──しきにいさん、だいすき──
だけど、愛していた。
一度発した衝動はもう止めようがなかった。だからあの時も、大切な存在が永遠に失われると知ったあの瞬間も、それは躊躇わずにその存在を救いあげた。
自分の命の半分を、ソレに分け与えて。
──そんな莫迦な事、いわないでください。
私にとって兄さんは貴方だけです。
今も昔も、兄さんは忘れてしまっただろうけど、子供のころからずっと。──遠野秋葉にとって兄さんは貴方だけなんです、志貴──
一瞬、めまいがした。
なかったはずの事。経験したはずのない出来事。いくつかの可能性の果て、もしかしたらあったかもしれない、遠い会話。
……胸が痛い。
あんな昔から秋葉は、俺を愛してくれていたんだ。こんな俺を、あんな恐ろしい遠野の家の中、あんな敵だらけの場所で。
そんな状態の俺を、秋葉は愛してくれていたんだ。
俺は本当にダメ兄貴だ。
どうして……どうしてもっと早く、気づいてやれなかったんだろう。
『仕方ありませんよ』
ぼそ、と秋葉の声が聞こえた。
『兄さんが「よそから来た子供」でなく本当の遠野志貴を演じなくてはならなくなった時、私の気持ちは二度と届かないものになってしまった。
偽りとはいえ実の兄となってしまったんですから。
悲しかったけど、それは仕方なかったんです。兄さんから遠野志貴という役割が外されたら最後、兄さんは存在意義のないものとして今度こそ殺されるはずでしたから』
……秋葉。
『そんな悲しい顔をしないで、兄さん。
兄さんはそんな私を選んでくれた。私は嬉しかった。それ以上なにを望むっていうんですか?』
するり、と温かく、やさしいもので包まれた。
……。
俺と秋葉はゆっくりと、また少し溶けあった。
だけど、どうしてだろう?
まだ感じる幼少時の秋葉の姿が、都古ちゃんに一瞬重なって見えてしまったのは。
──だいすき、おにいちゃん──
ばかな。そんなことあるわけない。
そりゃあ、小さい頃の都古ちゃんはまるで俺のオプションみたいにくっついて離れない子だったけど、大きくなってきてからはむしろ俺を嫌っているようにすら見えた。なんたって、いつもいつもおっかない目で無言に睨みつけているくらいだったんだから。
『うふふ、兄さんったら』
秋葉はそんなわけのわからない事をいい、また笑い出すのだった。