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泥濘

 どろどろしていた。
 生温かい泥の中、私は漂流していた。心地よいけれど自由のない空間で、ねっとりと自由を奪われていた。
 泥に囚われ、私は動けない。
 こういう拘束は嫌い。だから引きちぎった。
「……」
 冷たい風に目を開くと、そこは深夜の公園だった。空には満月。白い光が真っ暗のはずの公園を薄く照らしている。
「……」
 足元には死体。神父のような服を着た男女数名。両手にねっとりと血。
「……」
 ぺろり、と嘗めたが不味い。ぺっと吐き出した。
 そして周囲は──いつものように、鮮血と人間だった部品の山。まるで屠殺場(スローターハウス)
「そりゃあ美味しくないでしょうね。代行者の血なんて」
「……」
 振り返ると、そこには美しい金髪の女がいた。
「やっほー。派手にやってるわねえ」
 けらけらと楽しそうに笑う女。足元の惨状はあまり気にしてないらしい。
「……誰?」
「あら、ごあいさつ」
 ふうん、と女は私の顔を見た。
「私、あなたに殺されたのよ?幸い生き返ったから会いにきたんだけど?」
「ふうん」
「あら、感慨ないのね」
 呆れたように私をみる。
「殺したいなら殺せば?」
 そう言い返した。
 殺しても生き返る相手じゃ、私にはどうにもならない。気配を見せずに近寄ってきた事といい、かなりデキる奴だろう。
 ならば今さらジタバタしても仕方ない。足掻くだけ足掻いてはみるが。
「……へぇ」
 面白そうに女は、私を上から下まで見た。……なに?
「どうしたの?やらないの?」
「んー、それも面白そうではあるけど」
 ふふ、とまた笑う女。
「そんなことよりねえ、殺すより楽しいことしない?」
「?」
 わけがわからない。
「貴女の『渇き』はひとを殺すよりいい方法で癒せるのよ?知ってる?」
「……そうなの?」
「ええ、そうよ?あーやっぱり知らないんだ?」
「……」
 もちろん、私は知らなかった。
「本当に楽しい?私を騙してない?」
「嘘はつかないわ。
 ま、最初ちょっと痛いかもしれないけど、すぐ病み付きになるわよ?どう?」
「……」
「いらっしゃい。教えてあげるわ」
「……うん、わかった」
 女に他意はなさそうだった。私は悩んだ末、女の手をとった。
「うわぁ素直ねぇ。ほんっとに真っ白なんだ!」
「あの……本当に信用していいの?」
 よくわからないけど、手をとっただけで意味不明の反応。なんだろう?
「ん?あぁもちろん。ごめんね、貴女があんまり可愛いんでちょっと感動しちゃっただけよ。
 わたしも語れるような経験ないけど、まさか白紙じゃないもの。すごいなぁ。……さ、いきましょう」
「……まぁいいけど」



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