その日、珍しいひとが遠野家にやってきた。
「こんにちは遠野くん、いえ遠野さん。お加減いかがですか?」
「あれ、先輩」
ひなたのベンチでぼーっとしていると、シエル先輩が庭の入口に顔を見せた。
「体調はいいんだけどね。外出禁止されてるから退屈だよ」
「ふふ、いいじゃないですか。人生にはそういう時間もまた必要ですよ」
入口からのんびりと先輩は入ってきた。周囲を興味ぶかげに見ている。
「いいお庭ですね。美少女込みでなかなか絵になってますよ?」
「はい?……えっと」
「ふふ、いいんですよ遠野さんはわからなくて」
「はぁ」
うっふふと楽しそうに先輩は笑った。
「今日はどうしたの先輩?仕事は?」
「え?ああ今も仕事みたいなものですよ。遠野さんの経過を見る事もいちおう私の任務ですから」
「?」
よくわからないけど、そうなのか。
先輩は俺の前までやってくると、少し身体をかがめて俺の顔をのぞきこんだ。
「なんですか?」
「……遠野くん、貴方は本当に遠野くんですか?」
……え?
「それ、どういうことですか?」
「そうですね……いえ、私にもよくわからないんですが」
困ったように先輩は眉をよせた。
「実は最近、このあたりで不審な死に方をしたひとが出てるんですよ。
私はてっきり、遠野くんに何かが起きたんじゃないかと思って様子を見にきたわけなんですが」
んー、と先輩は唸る。なんだか見ていて面白い。
「何か起きたにしては安定してますねえ。わりと自信あったんですが」
「あのー先輩。わけわかんないんだけど」
「ん?あはは、気にしないでください遠野さん。私の勘違いみたいですから。
ところでひとつ聞いていいですか?」
「あ、うん」
すうっと先輩は目を細めた。まるで何かを探るように。
「最近、アルクェイド・ブリュンスタッドと会ってますね?」
アルクェイド?誰だそれ?
「覚えてないんですか?ほら、私が遠野くんを蘇生した時にいたあの真祖ですよ」
「あー、あの綺麗なひと」
ずくん、と俺の中で何かが蠢いた。
「そっか。あれアルクェイドっていうんだ。ごめん、名前は知らなかった」
「あぁそういうことですか。記憶とんじゃったのかと思いましたよ」
「忘れるわけないじゃん。遠野くんの命の恩人ですよって先輩言ったでしょ?なんか凄く不本意そうな顔で」
「……つまんないことまで覚えてますね。まぁ実際その通りですけど。
考えてみてください。教会に属する私が人助けに、よりによって吸血鬼の魔力を借りたんですからね。不本意というか悔しいというか……なんともいえない気分でしたよ」
先輩の話では、そいつは自分から手を貸してくれたらしい。なんでもシキの奴の中には外国から逃げてきた古い化け物が住み着いてて、俺がシキもろともそいつを滅ぼしてくれたんでまぁ、そのお礼だったんだとか。
だけど、俺がお礼を言えるほど回復した頃には彼女はもういなかった。
「彼女は本来、人間に興味なんて示さないんですが……よほど遠野くんに興味をもったんですね。なにしろ何百年も追いかけてきた相手をあっさり遠野くんが、しかもその存在にすら気づかずに抹殺しちゃったんですから」
「へぇ」
何百年、ねえ。そんな年寄りなのか。全然気づかなかったぞ。
「その様子じゃまだ汚染はされてませんね……よかった」
「へ?なにが?」
俺が首をかしげると、先輩は困ったように眉をしかめた。
「何がじゃないです。彼女は吸血鬼、しかも現時点では世界唯一にして最強といっていい真祖のお姫様ですよ?
そんなものに遠野くんは気に入られちゃってるんです。もう少し危機感をもってくれないと」
「あ……そういうこと」
そういやそうか。なにしろ『吸血鬼』だもんな。
俺は吸血鬼なんて言われても半信半疑だ。だけど遠野の人間だって、俺だって普通の存在じゃないわけで、その意味ではそういうのもアリなのかな、なんて考えてる。
「私の仕事については説明しましたよね?私は本来、彼女のような汚れた存在を狩る仕事をしています。
アルクェイドはその中でもとびっきりの化け物です。ていうか領域外の極致、正直いって洒落にならなさすぎです」
「なんか凄そうだね」
「凄いっていうか……桁が違いすぎるんです。少なくとも日本に持ってきているフル装備では、どう足掻いても足止めくらいにしかならないでしょう。正直もの凄く不本意ですけど」
先輩はそう言うと、がしっと俺の肩を掴んだ。
「先輩?」
「いいですか遠野くん。決してあれに関わっちゃダメですよ?
わざわざ助けてくれたくらいですから、あれもいきなり殺そうなんてしないかもしれない。むしろ興味しんしんで遠野くんに干渉してくるかもしれません。
だけどダメです。あれは結局のところ吸血鬼、不浄の化け物なんです。近付いたら待つのは破滅ですよ?それも遠野くんだけじゃない。ご家族親戚友達一同、みんなに被害が及ぶ可能性だって否定できないんです。
いいですか?わかりましたか?」
「……あ、うん、わかった」
「本当ですよ?」
先輩は心配そうに何度も念をおし、そして後ろ髪ひかれるように去っていった。
いつのまにか夕刻が近付いていた。
先輩が去ってからも俺はベンチにいた。昼からゆっくりと夕方にかわるさまを、のんびりと眺めていた。
芝生に小さな足音。
「秋葉」
「姉さん」
いつのまにか、となりに秋葉がいた。
「ただいま姉さん」
「おかえり。ああ、もうそんな時間か」
覗き込む秋葉の髪が、さらりとこぼれた。セーラー服の胸元が微妙に陰影を作っている。
──ひく、と俺の中で何かが動いた。
「翡翠と琥珀が困ってましたよ?いくら起こしても半分寝てて起きてくれないって」
「え?ふたりとも来たのか?」
全然気づかなかったぞ?そんなにウトウトしてたっけ?
「かなり重傷ですね。シエル先輩が来られた時には起きていたのでしょう?」
「え?ああ起きてた。聞いたのか?」
「ええ」
ちょっと不機嫌そうに秋葉は腕組みをした。制服の胸が少し動いた。
──ぴく、と何かが強く動いた。
「姉さん?」
不審そうに秋葉が眉をしかめたが、俺は目に入らなかった。
「え?……え?」
「……」
気がつくと、秋葉のセーラーの胸に両手をあてていた。
──柔らかい。
『あいつ』のような大きさはないが、これはこれでいい。小ぶりでツンとしてて、ちょっと生意気で愛らしい。秋葉にぴったりじゃないか。
「姉さん?えっと、あの」
ああ、先端がこりこりしてきた。下から手をいれてみようか、うんそうだな。
「ね、姉さん。そこは」
くそ、下着が邪魔だな。でも乱暴にしちゃいけないしいきなり手をいれるのも不粋だろう。えっとそうだな、
「姉さん!!」
「!」
激しい秋葉の声で我にかえった。
「あれ?え?」
「……いつまでそうしてるおつもりですか?」
「!」
うわ、な、なんで秋葉の胸揉んでるんだ俺!
あわてて手をひっこめた。
「ご、ごめん!なんか無性に触りたくなって、気がついたら」
「……」
夕日ごとにもわかるほど、はっきりと秋葉は真っ赤になった。
「もう……時間と場所をわきまえてください姉さん。まだお陽さまも沈んでないんですよ?」
「あー……悪い」
「はぁ、しょうがないなぁ姉さんは」
ふう、と秋葉はためいきをついた。
「わかりました。今晩お部屋にいってあげます。それまで我慢できますか?」
「!」
「姉さん?」
「……」
ずい、と秋葉は笑顔を近づけてきた。
「お返事は?」
「わ、わかった!うん」
「うふふ」
秋葉は赤面したまま、何かうれしそうだった。