『再生』してからというもの、夢をみることが増えたと思う。
その多くは覚えていない。それは誰かの記憶だったり、とりとめもなくわけのわからない何かだったりもする。だけどそんな夢を見たあと、何かが起きるということもよくあった。
「こんばんわ」
「うむ。二晩ぶりだなミヤコよ」
よく知った顔と知らない顔が、夜の公園にいた。
だが、それはありえない組合せだった。ひとりは都古ちゃん。遠野家に帰る前に世話になっていた有間家の女の子で、俺にとっては妹のような女の子だ。
そしてもうひとりは……
「あの、どうでしたか?」
「なんとか渡りをつける事に成功した。それも平和的にな。本来の私とあれの関係を考えれば間違いなく奇跡といっていい。
これもミヤコ、そなたの名を借りられたおかげだ。礼をいうぞ」
「あ、それじゃもしかして」
「うむ」
都古ちゃんは、何かひどく良くない『なにか』と話をしていた。
そいつは人の形をしているがひとではなかった。間違いなく人喰いの何かで、それはアルクェイドと話した雑談の中に出てきた、よりによって最悪を意味するいくつかの『吸血鬼』のひとつを連想させた。
──ネロ・カオス。混沌の名をもつ異端の吸血鬼。
よりによって都古ちゃんは、そんなとてつもない化け物中の化け物と普通に会話していた。
どういうことだ?いったい、どうして都古ちゃんがこんなことに?
……いや違う。これはあくまで夢だ。こんなことが現実に起きるわけがない。
なのに。
なのに、この止まらない不安は何だ?
「ありがとうございます!」
嬉しそうに頭をさげる都古ちゃんに、ネロ・カオスは優しげといっていい微笑みを投げた。
「気にするな。私としても今回の事象は非常に興味深い。また、その奇跡のような研究対象へのアクセスが可能となったうえ、何世紀ぶりの『生徒』両方まで手に入るのだからな。
後者については私本来の道筋からすれば蛇足ともいえるが、どのみち此度の研究のためには混沌への帰化もしばし食い止める必要がある。ならばその間、私と共に失われるはずであった知識のいくばくかを伝えることができるのも、また一介の探求者としては本望というものだろう」
生徒?いったいなんのことだ?
「それで、いつ会えますか?」
「今すぐでもかまわん」
「本当ですか!?それじゃあお願いします!」
「ふ……やはりそう来たか。よろしい、来るがよい」
「はい」
ってちょっと待て!どこに行くつもりだ都古ちゃん!行っちゃダメだ!
だけど止める間もなく、ふたりは夜の闇に消えていった。
『よかったじゃないですか?兄さん』
ぼそり、と秋葉の声が聞こえた。
は?よかった?どういうことだ秋葉?
『そんなこともわからないんですか?……呆れた。そんなとこは以前の兄さんのままなんですね?
ああそっか。いくら表層が変わろうと土台が変わらない限り同じことか。……ふふ、うふふふふ……』
はぁ?わけがわからないぞ秋葉。ちゃんと説明しろって。
『知りませんよそんなこと。どのみち兄さんにもすぐわかるんだから、いいじゃないですか?』
いや、だから気になるだろうがその笑い。
『うふふ……知らないったら知りませんよ。ご自分で確かめればいいでしょう?』
秋葉の声は楽しそうに、そして意地悪そうにくすくす笑った。
だけど、その意地の悪さが俺にはどこか心地よくもあったのだった。
「……フォローしてくれるのは嬉しいんだけどさ」
目覚めた時、頭をよぎったのはそんな意味不明の言葉だった。
夢はよくみる。だけど私はその内容を覚えていない。覚えていても断片的なもので、とても推敲できるようなレベルのものじゃない。鼻を思いっきりつままれて皮がむけただの、膝枕の感触だの、イメージは意外に鮮明なのだけど。
今日の夢もそうだ。不安と、それを優しい誰かがフォローしてくれた。それだけを覚えている。本当にそれだけ。内容がわからないのは気分が悪いが、覚えてないんだから仕方ない。悩んでもどうしようもない。
アルクェイドに話したら、統合中の人格が夢の中ではまだバラけてるんだろうと言われた。
う〜ん……すると夢の中では、私は遠野志貴と遠野秋葉なんだろうか?いったいどんな夢見ているんだろう?ちょっと気になるなぁ。
ベッドから起き上がり眼鏡をかけた。
ここはアルクェイドのマンションだ。フローリングの床に簡素ながらアンティークな白いベッド。いつ着せられたのか、私はピンクのおネグ。
「……ネグリジェはやめてって言ったのに」
パジャマにしてくれといったら可愛いイチゴプリントを買ってくる。こういう可愛いのじゃなくて別なのにしてくれといったらピンクのおネグ。いったい何考えてるんだか。
遠野志貴としての記憶が少しはあるせいか、どうもこういう女の子女の子した格好は苦手だった。姿形は遠野秋葉そのもので、眼鏡をかけているところだけがかつての秋葉とは違う。もちろん遠野志貴とも違う。
どちらでもあり、どちらでもない。私は矛盾している。
遠野志貴から女性化したのならその基本は遠野志貴のはずだ。だけど私はそうじゃない。なにより私は遠野志貴がもっていた『ひと殺しに対する嫌悪感』を持っていない。
と、
「わっ!」
いきなり背後から突き倒され、私はボフッとベッドに俯せになった。
「こ、こらレンちゃん、いきなり何するの!」
ばこんと後ろから頭を叩かれ景色がブレた。逆らうなということらしい。
確かに逆らってもあまり意味はない。反撃するのは簡単だけど、私が反撃するということはレンちゃんを殺すという事になる。それはしたくない。
だけど、適当にあしらうほど私は器用じゃない。
アルクェイドが言うにはレンちゃんは猫と人から作られた使い魔らしいんだけど、そのレンちゃん的には私は彼女の下にある存在らしい。アルクェイドのお気に入りという立場があるから強くは出ないけど、アルクェイドに犯され悶えている私を見て「こいつは交尾が好きらしい」と認識したんだろうという。
なんつー迷惑な認識だ。
ようするに、お気に入りをかわいがるというアルクェイドの行動を、レンちゃんもそのまま実行しているだけにすぎない。それだけなんだけど、人としての恥じらいというか何か、そういうところが一部すこーんと抜け落ちてるっぽいのが困る。
「っ!」
思わず声をあげそうになった、まさにその瞬間だった。
「……え?」
一瞬、一陣の風が吹いて……気づくと、レンちゃんが何故か仰向けにひっくり返っていた。
覗き込んでみると顔が赤い。まるでジュースと間違えてお酒を飲んだ子供のように。
「……あ」
ああ、もしかしてそういう事か。
気分が乗らないのに強引に襲われそうになったそのタイミングで、一瞬だけ秋葉由来の『魔』が起きたんじゃないだろうか。で、レンちゃんは私から生命力を吸い上げようとしていて、まともにそれを飲み込んでしまったと。
以前ならそんな事はできなかった。
「つまり」
そう。融合と安定化が進んでいる、という事なんだろう。
「やれやれ、困ったものね貴女も──あ」
身体の中で、ぴくんと何かが跳ねた。
「あ───く」
じわり、と何かが熱くなる。
体内で溶鉱炉のような何かが動きだし、全身がむずむずと疼きはじめた。次第に息が荒くなり、意識が遠くなる。
「……」
だめだ。唐突に湧き出した『魔』のせいだ。まだ制御しきれてないみたい。
「……」
唐突に「ぽん」とベッドに転がされた。
朦朧とする視界の中にレンちゃんが写った。私のネグリジェをまるでお菓子の包装みたいにビリビリと引き裂いている。
ああ、もう復活したのね。
「たまには普通に脱がせてよ。いつもいつも破っちゃって」
どうでもいいような苦情を口がつぶやく。
「……」
何もかも見透かしたように、レンちゃんは目を細めて妖艶に笑った。