その軍人たち三人は、にやけ笑いを浮かべて『ナデシコ浴場』ののれんを潜ってきた。
艦内の他の部分の占拠は既に完了していた。本来はもう少しタイミングをみるつもりだったが、ふたりのパイロットを従えたナデシコは出航したばかりというのに襲いきた蜥蜴をものの見事に制覇してしまっていた。その行動と戦果は『史実』のそれすらも軽く上回っており、よりスピーディに事態を収束させたおかげで佐世保ドックの被害も格段に少なかった。
そしてその分、佐世保にいた内通者をも活発に活動させてしまい、クーデター騒ぎも早まったというからくりだった。
問題はその早めの出航だった。かねてからナデシコに潜入していた軍人に加え、別件で佐世保に逗留していた軍人たちもナデシコには乗り込んでいたからだ。数は多い方がいいとムネタケはその者たちも臨時に組み込み動かしたわけだが、軍職で無駄飯を食うよりはと監視の名の元に左遷されていたクズ軍人たちも中には含まれており、彼らはもともと立場を利用して裏で女を玩具にしたり悪どく稼いだりといったことが大好きな連中だった。
そうした連中のひとりが、ブリッジクルーの女がふたり入浴中であることを知っていた。どうせナデシコは軍のものになるのだし、抵抗したからやむなく射殺という図式を頭に描き、彼らは最初から嬲る気まんまんで女湯に警告もせず乗り込んできたのだった。
だったのだが。
「──なんだ餓鬼かよ」
そこにいたのは、タオルをおおざっぱに巻き付けて右手で不器用にドライヤーをふかしている髪の長い
なんだかんだで出航直後の船である。細かい不具合がまだあるのだろう。
タオルはきちんと巻かれていない。大人がやれば挑発としか見えない姿だった。
だがルリがそれをやると子供の背伸びにしか見えない。胸を隠しているつもりなのかもしれないがそれはかなり適当であり、大きなバスタオルは腰のところで大量にだぶついていた。その姿はちょっとあられもないものであったが、ルリが堂々していること、ルリの身体がまだ子供そのものなのもあって男たちには色気もへちまもないただの子供に見えた。まぁ特殊趣味の人間がいれば逆にギョッとしたかもしれないが男たちの中にはいないようで、やれやれと男たちは肩の力を抜いた。
「ここ女湯ですよ?男湯は隣です。それとも、いわゆる出歯亀さんというやつですか」
ドライヤーを止めずに目の前の鏡の前に置くと、ルリはちょっと非難めいて目を細めた。
むう、と子供らしく眉をしかめるルリに男のひとりは『なんだこの餓鬼』というような怒りの顔をしたが、もうひとりは「まぁまぁ」となだめた。
「ははは、出歯亀はひどいなぁ。
放送聞かなかったのかい?ちょっと非常事態でな、非戦闘員のクルーはみんな食堂に集まることになってるんだよ。俺たちは見回りってわけさ。
悪いがさっさといきな。髪乾かしてねえならドライヤーもってって構わねえから」
「そうですか、わかりましたすぐいきます。でも服を着る時間くらいはくださいね」
言いながらのんびりとドライヤーを切るルリに、別の男が顔をしかめた。
「この野郎さっさとしろ!餓鬼の分際で色気づきやがって!」
ルリに叩きかかろうとする男をさっきの男が止めた。
「やめろバカ。こんな子供相手に何やってんだ」
「ふざけんな!どうせこの艦は軍のものなんだぞ!こんな餓鬼がでかい顔して」
「しかし……!」
問答をはじめた男たちだったが、そのひとりが背後のミナトに気づき「あっ」と声をあげた。
だがもう遅い。
びゅんっばきっという音がしたかと思うと男のひとりの身体がビクッと揺れた。
「!?」
男たちの視線がミナトの方に向いた瞬間、その反対側でルリの右手が思いっきりドライヤーのコードを引っ張った。
「!」
もちろんその程度で普通、足をすくわれるわけはない。なんだかんだで軍人たちなのだ彼らは。
だが、予想外にルリの勢いと力が強かったこと、コードの配置の巧みさ、そして同時に反対側からミナトが襲いかかったことが狭い更衣室内の彼らを混乱された。
「うわっ!」
ひとりが足元を乱し、無事だったふたりが同時によろける結果となった。
そんなところにルリは駆けよった。バスタオルが外れて落ちるが全然気にもかけず、隠していた左手に持った何かをひとりの兵士に突き出した。
「ぎ」
バチ、と高電圧の弾ける音がし、ルリに一番近いひとりが硬直した。
「!」
最後のひとりはさすがに軍人らしく瞬時に事態を把握した。だが運悪く倒れてくる同僚の下敷きになりかけている。だぁぁ、とそれを押し退けなかば殺すつもりで目の前のミナトに蹴りをくれようとしたが、
「ぐっ!」
小さなルリが倒れる男の横をすりぬけ左手の何かごとタックルをかけてきて横から突きとばされ、
「えいっ!」
ミナトの再度の撲打とルリの電撃を喰らい、今度こそものの見事に男も昏倒した。
一秒後、そこには三人の倒れた男、それに、
「……ふう」
「……」
バスタオル姿で鈍器がわりの工具を手にもつミナトと、全裸で左手にスタンガンを持ったルリが立っていた。
「ミナトさん」
「……」
ミナトはさすがの大仕事の後なのか、それとも初めて他人を昏倒させたショックからか、呆然としている。
「ミナトさん」
「!」
ルリの再度の言葉で我に帰ったミナトは、ああと声をだした。
「この人たちはすぐに目を覚まします。私は急所を押さえたつもりですが所詮子供の一撃ですしスタンガンでひとは殺せません。ミナトさんのだってそうです。ましてや相手は軍人なわけですから。はっきりいってこれは時間稼ぎ以外の何者でもありません。
すみませんが私たちの服を籠ごと回収してください。至急このまま食堂に向かいます」
「あ、でもさっきの話だと」
さすがのミナトだった。もう頭がまわりだしたようだ。
「はい、食堂前にもたぶん軍人がいます。
ですが、バスタオル姿の女の子がふたり逃げてきて助けを求めれば、後で握りつぶされるかどうかはともかくその時だけはちゃんと動いてくれますよ。少なくとも中に入れてはくれるはずです。
みんなと合流できればこっちのものです。後はどうにでもなるでしょう。
何より、ミナトさんが私をかばってくれたのは本当のことなんですから」
「そうね。それでもダメならそれはその時か」
そういうとミナトはすぐ籠をふたつもってきた。
ルリはそれを受け取ろうとした。だがミナトは首をふるとバスタオルを一枚だけルリに渡した。
「はい?」
「歩きながらでもそれつけなさいルリルリ。すっぽんぽんでナデシコの廊下歩くつもり?」
「!!」
ルリは真っ赤になり、あわててバスタオルを受け取った。