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親子(4)

「とった!」
 メイが緊縛された瞬間、アルフが嬉しそうに叫んだ。
「しっかしヒヤヒヤさせてくれるねえ。まぁフェイトならできるとは思ってたけどさ」
 さすがに心配だったのだろう。本当に嬉しそうだった。
 画面の向こうには、うぐぐ、がぁぁと奇声をあげつつもがくメイが写っている。なのはと比べると素直に負けを認めないあたりは生い立ちの違いというものか。いや、むしろなのはが素直すぎるだけとも言えるだろうが。
 誰もが思った。これで勝負あったと。
 結局ふたりはなのはなのだ。いかに生まれ育ちが違おうとメイもやはり本質はなのはそのもので、それは言動のはしばしや行動の中にも見てとれた。彼女がここまで端迷惑な騒動を起こしたのは結局のところ過去の腹いせと八つ当たりであって、気持ちか静まればこの騒動も集結し全ては丸く収まるだろう。そんな気持ちを皆持っていたのだ。
 ただ、ふたり……厳しい目でメイを見ていたリンディと、悲しい目でメイを見ていた八神はやてだけは違っていた。
 ふたりは、なのはとフェイトが地雷を踏んでしまった事を直感していた。
「いけない!」
「あかん!ふたりとも、はよう逃げな!」
「え?」
 リンディとはやての言葉に、アルフが動きを止めた、その瞬間だった。
『……結局、こうなんだ』
 ぼそりと、モニターの向こうのメイがつぶやいた。
 
 その瞬間、なのはとフェイトは総毛立った。
 死と隣合わせの戦いで磨いた感覚が、その瞬間最大限のアラームをあげた。フェイトは即座に、なのはは一瞬遅れて、一気に数百メートルほど飛び下がった。
 縛られたままのメイだけが、そこに残された。
「あの時もそうだった」
 ぼそり、とメイの静かな声が響いた。
「あいつらは一対一で戦わなかった。よってたかってわたしを取り抑えた。子供だからって理由で殺しもせずに杖だけとりあげて、地面におさえつけられた」
 びき、びきびき、と異音がする。硬化したフェイトの輪に罅が入りつつあった。
「そして──わたしの目の前であいつらは──助けにきたお兄ちゃんを惨殺した!わたしを人質にして!
 魔法の使えないお姉ちゃんを嬲り者にしたあげく、首をはねた!
 あげくのはてにわたしの故郷を、アルカンシェルでふっ飛ばした!!」
 ばきぃぃん、と派手な音をたて、輪は全て粉々にふきとんだ。
「──わたしは忘れない」
 びゅん、と杖をふる。
 杖がピンク色の光でなく、漆黒の闇を放ちはじめた。
「あの時とは違う。
 優しい家族に囲まれて何も知らなかったわたしは、この子を戦いに使うなんて考えもしなかった。わたしの星の人達も基本的にそう。わたしたちは平和主義で、話せばわかるっていうのがまず第一義にくる人々だった。
 だけど今は違う。この子のもうひとつの顔をわたしは知ってる」
 左手で杖を構え、右手をそれに添えた。
「魔力源特定、第五惑星中心部に接続。最終起動呪文、詠唱」
 そして、息を大きく吸い込んだ。
光より来た者、光へ追い返せ(ゲロイア・デヴァ・ゲロノア)!!!!」
 刹那、闇が溢れた。
 
 彼女の杖は戦闘用のものではない。メイ本人の言ったことは確かに嘘ではなかった。
 だが、最初の戦車が耕耘機を改造して作られたように、威力さえあるならばそれは戦争にも応用される。神器であったメイの杖にも同じ理由でそういう改造が施されていた。メイの星にそれがもたらされるより、ずっと昔に。
 その者たちは、この杖を宇宙戦争に用いたのだ。星を育む恵みの杖はその瞬間、星をも砕く悪夢の破壊兵器と化した。
 そして、杖の巫女の後継者であるメイはそのモードを使うことができた。彼らの敵である異星人の名を残した、不吉な起動呪文と共に。
「だめ、逃げてなのは!」
「Divine Buster!!」
 魔力の収束に時間がかかるのだろう。呆然としているなのはを捕まえ逃げようとするフェイトにメイが放ったのは、本来の強大な魔力攻撃でなくお手軽コピーのディバインバスターもどきだった。
 杖でなく片手のひとふりで放たれたそれは、フェイトのシールドなど何もないかのようにそのままぶち抜け彼女をあっさりと吹きとばした。
「きゃあっ!」
「フェイトちゃん!」
 血相変えてなのははフェイトの元に駆けつけた。
「──!!」
 バルディッシュに盛大なひび割れ(クラック)ができていた。
 おそらく着弾の瞬間、フェイトを守るために持てる力の全てを駆使したのだろう。完全に損壊したわけではないが、もはや真空にフェイトをさらさぬよう保護するだけで限界いっぱいのはずだった。
 そんな、なのはたちを無視したままメイは詠唱を続けている。逃げないのなら何をしていようと知ったことではないのだろう。
「魔道種別、破壊。呪文名『星天破砕撃(ゲサラ・ゲオ・ガーラ)』。魔力収集詠唱開始」
 ひゅんっと杖をもういちど振ると手元を額にあて、詠唱を続ける。
「このぉっ!」
 フェイトを背に魔力を全開にするなのは。
 だがメイはそれを見もしない。気にもとめていないようだ。
「大気渦巻く火球になれざる星よ、わたしに力を。輝く星天すら打ち消す力と、抗う生を大いなる死の闇に解き放つ術をもたらせ。
 金なる王と偉大なる巫女の名にかけて──!」
 と、そこまで唱えたところでメイは詠唱をとめ、無造作に右手を「あっちいけ」といわんばかりに振った。
 その瞬間、ACSモードでメイに突っ込んできていたなのはを、エクセレントバスターもかくやという凄まじい魔力弾がとらえた!
「ぎ、──!!!!」
 叫ぶ事すらできず、なのはは吹きとんだ。もんどりうって突きとばされる。
 それでも、なんとかレイジングハートの懸命の防御が役立ったのだろう。フェイトのそばまで吹きとばされたところでようやく停止した。
 動かなくなったなのはのかわりに、ふらふらとフェイトが目覚めた。
「う……な、なの……は……!?なのは!!」
 だがその瞬間、なのはを見たフェイトは真っ青になった。
 それはそうだろう。
 なのはは右手を失い、そこから血潮が吹き出していた。右足はおかしな方向に折れ曲がり、顔は驚愕の表情のまま固まっている。
 ごぼ、と口から血を吹き出した。
 全身がガクガクと震えていた。疑う余地もなく死の直前だった。
 レイジングハートが稼働し続けギリギリ命をつなぎとめているようだが、そもそもこの状態でデバイスが動いている事自体が奇跡だった。そもそもレイジングハート自体も満身創痍なのだから。
「いやぁーーーーーーーっ!!!!!なのは!!なのは!!」
 フェイトの半狂乱の絶叫があがった。
 
 なのはがやられた瞬間、アースラの指令室は騒然となった。
「すぐに回収を!転送班!」
「無理です!相手の魔力が壁になってます!転送どころか通信すら届きません!」
「提督、もうダメです逃げましょう!このままではこっちも全滅です!」
「な……!」
 彼らの言葉を聞いて目の色を変えたのは、はやてとアルフだった。
「何あきらめてんねん!ふたり見捨てたら絶対許さへんで!」
「そうだよ!フェイト見捨てたらあんたら全員食い殺してやる!」
 だが。
「無茶言わないでくれ」
 ふたりの言葉を、クロノが静かに否定した。
「僕たちだって何とかしたい。できる事なら。
 けど、アルカンシェルも効かない相手にどういう手がある?どんな手をうつ?
 少なくとも現在の僕たちの戦力ではどうしようもないんだ」
「……」
 真っ正面からそう言われて、はやてもアルフも黙ってしまった。
 そう。ふたりだってわかっているのだ。もう逃げるしかないと。
 魔力計測のゲージはとっくに振り切っている。このままメイの魔法が稼働したら、おそらく先刻の攻撃の比ではないそれが襲いかかるに違いない。なのはやフェイトどころかこのアースラもひとっからげに事象地平の彼方に吹きとばされるか、あるいはこの場で完膚なきまでに破壊されるだろう。
「──ぜ」
 リンディが悔しげに歯をくいしばり、全速退避を言い渡そうとした、まさにその瞬間だった。
「待って!」
「あーちょっと待ってくれない?リンディ提督?」
「!」
 そんな声と共に、茶髪の少年が長身の女性を連れて指令室に入ってきた。
「あらユーノ君。きてくれたところ悪いけど……って、えぇ!?」
 リンディの目が驚きに開かれた。



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