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結末(1)

 
 高町なのはの同位体、メイフェア・ハイフェンの来訪事件は結局、歴史には残されなかった。それは関係者の記憶のみにとどめられ、後の事件に影響することもなく一切は過ぎゆくことになった。
 そうなったのはひとえに、なのはの身を案じる関係者の気持ち、そして「今後この世界に来訪することはない」とメイフェア自身が確約したためだった。
『おなじ世界に自分がもうひとりって……イヤでしょう?わたしにも、そしてなのはにも。悪い未来しか呼び寄せないよ』
 黒いなのは、メイフェアはそう言って苦笑した。
 既にメイフェアはこの世界から去っていた。迎えにきた女性と共に次元を越え、アースラの面々の見ている目の前で遠い世界に旅立ったのだ。アースラのレコードには『異次元から知的生命体来訪、高町なのはの容姿をコピーしたために一時的に混乱が発生』とだけ残され、事実を知る指令室にいた面々には箝口令がしかれた。
 実際、メイフェアの姿を見たり会話を耳にしたのは一部の者だけだったから、直接関わっていないのはアースラの一般クルーも同様だった。
 
 そして事件は、一応の結末をみせた。
 
「申し訳ありません。そんな事態になっていたとは知らず」
「ええよーそんな事。結果オーライやったし、みんなが居てくれても結局どうにもならへんかったやろし」
「ですが」
  数人の女性と一頭の獣が、はやての前で頭をさげていた。ヴォルケンリッターの面々だ。
  彼女らは仕事でアースラを離れていたため、主の危機に同席できなかったことを悔やんでいるようだった。
 はやてはそんな彼女らに、うふふと笑う。
「そないな事より、リンディさんの事どう思う?」
「は?リンディ提督がどうかされたんですか?」
「んーそれがな、ここ数日妙にご機嫌斜めなんや。メイフェアの保護者やっていう女の人と話したあたりからかな。フェイトちゃんが困ってる」
 女性たちは思いおもいに困惑の表情を浮かべた。
「あの飄々としたリンディ殿がそこまで……なんだろうな」
「そのメイフェアさん、とかについての事じゃないかしら。なのはちゃんにも関わる問題ですし、どう報告すればいいのか困ってるとか」
「それはない。直接関わってないうちらにも箝口令敷いたくらいだ。たぶん報告しないつもりだろ」
「うむ、ヴィータの言うとおりだろう。
 並行世界における高町なのはとの同位存在なんてものの存在が公になれば、世間の目は今以上に彼女に集まってしまう。
 聞けば当人はもう異世界に帰ってしまったのだろう?ならば、とばっちりを食らうのは高町なのはの方だ。きっと後々まで問題の種になる」
 大型の獣の姿をした者が、ぼそりとそんな言葉をもらした。
 そしてそれは、闇の書の家来として名前の売れすぎた彼らには決して他人事ではない悩みでもあった。
「じゃあ、お悩み事は別件かしら……なんでしょうね」
「わからん。わからんが」
 長身の戦士、シグナムが腕組みをした。堂々たる騎士の貫禄である。
「もしかしたら……意外にもっと日常的なことかもしれんな」
 は?という顔でシグナムを見る面々。
「ほら、なんだったか。
 たとえばしばらく前、このアースラでコソ泥が出て騒ぎになっただろう」
「あぁ!下着泥棒ね」
「うむ。この騒ぎでうやむやになっているが、結局その犯人は捕まっていないのだろう?」
 ぐるり、とシグナムははやてと仲間を見渡した。
「大事件は解決したとはいえ、下着泥棒だって決して見逃していい問題ではないぞ。少なくとも敵は、たかが女の子の下着のためにこのアースラのセキュリティをかいくぐり、ロッカーから下着を盗み出して平然と姿をくらましたということだ。かりにも戦艦であり強固なセキュリティを誇るこのアースラでだぞ?
 下着ドロ程度と笑いとばしていたら、実はとんでもない曲者という可能性もありうるだろう」
「それもそうね」
 ふむ、とシャマルは眉をよせた。だがヴィータは「けっ」と鼻で笑った。
「なにかしらヴィータ?」
「どうせどっかのオタク馬鹿かなんかだろ?」
「どうしてそう思う?アースラのセキュリティ破りなんて重大犯罪を、たかが下着泥棒目的で行うのか?何か裏があると思うのが普通だろう」
「ねえよ」
 馬鹿にしたようにヴィータは笑った。
「見え見えじゃんか。
 被害にあったのは、はやてとフェイトだ。高町なのはは被害がないけど、それはロッカーに衣服を置いてないからだろ。それに話に聞いただけじゃ、被害にあったクルーに大人は一切含まれてないらしい。年少クルー、それもアースラ着任間もないくらいの美少女、それも可愛い系ばっかだ」
「美少女狙い。それも外れなしか……なるほど、そういう可能性もありうるか」
 ヴィータの言葉にシグナムは「ふむ」と顎に手をやった。
「え、び、美少女って、うちが……?」
 はやてが困惑しているが、騎士たちはさっくりとそれを流した。ただひとりヴィータだけが「あたりまえじゃんか」といわんばかりにこっくりとうなずいているが。
 実際はやてはとても可愛い。ガリガリの女の子がダイエットに悩むように、だいたいの女性は自分の容姿に他人の目ほどは自覚がないものであり、はやても例外ではなかった。
 対して、ヴィータとシグナムの会話の意味にシャマルも気づいた。
「あ、すると……少なくとも内部を知っている人間の犯行ってこと?」
「あるいは、ものすっっっっごくイッちまってる熱狂的下着マニアだろ。
 戦艦のセキュリティ破りが重罪なのはうちらだってわかる。そんなリスクしょいこんで、しかもはやてやフェイトみたいな正規のクルーじゃない人間まで調べあげて、そこまでして盗んだのがぱんつ。しかも十代前半そこそこのロリっけ全開の美少女のぱんつばっかときてる。
 少なくとも普通の馬鹿じゃないだろ。頭のネジが五、六本外れたイカレたキモい変態馬鹿じゃないかとあたしは思う」
「ヴィ、ヴィータちゃん。それはその」
 いまいましげに眉をつりあげるヴィータに対し、シャマルがとりなすように口を濁した。
 だが、シグナムはじっと考え込んでいた。
「確かにヴィータの線もありうるな」
「シグナム?」
 まぁまて、とシグナムはシャマルの言葉を遮った。
「本命は別にあって、下着事件は何かのカモフラージュじゃないかと思っていたが……確かに、内容を考えるとおかしくはある。単に下着ドロでアースラを混乱させたいのなら、女性の下着まるごとごっそり盗んでもおかしくはないはずだ。ここまできっちりと対象を選ぶためのリスクは決して小さいものじゃない。
 狙いすまして美少女ばかりってところが妙に作為的、か。確かに『それ自体が目的』という可能性もありうるぞ」
「それ自体が目的……」
 むむ、とはやてが考え込んだ。
「熱狂的下着馬鹿……あぁっ!」
「どうしました、主はやて!」
 突然に声をあげてはやてに、シグナムが目を丸くした。
「い、いや、でもおかしいわ。あの人、カイトさんはまだアースラに来てなかったはずやしな。
 だいたいあれはメイフェア、つまりなのはちゃんや。裏でこそこそ下着ドロするわけがあらへん」
「ああ、なるほど。高町なのはの同位体の少女が、トロフィーとしてふたりのパンツを脱がして持ち去ったという話ですね。
 確かに怪しいが可能性は低いでしょう」
「でしょうね。同位体がなのはちゃんと同じ性格ならば、の話ですけど」
「当然。あの馬鹿の同位体にそんな知恵があるわけない」
「ヴィータ……おまえな」
 はやてと騎士たちは、うんうんと頷きあった。



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