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結末(2)

 少し前の事になる。
 
 アースラの食堂に一同が集まっていた。
 リンディ、クロノの管理局勢。なのは、フェイト、はやての三人。アルフ。遅れてやってきたユーノ。
 そして、謎の女性とメイ。
 その女性はおばさん、といってもいい年代と思われた。しかし歳を感じない美しさを秘めていた。少しテーブルから離れて椅子を並べている。
 もしここになのはの父がいたら驚いたろう。彼女はなのはの父である高町士郎が実家の兄嫁である、美沙斗という女性にひどく似ていたからだ。だがなのははそのひとの顔を知らなかったので、きれいなひとだなと思うにとどまったのだが。
 メイが女性に膝枕されたまま、その椅子をベッドにしてスースー眠っている。それは無垢な寝顔で、高町の自宅でなのはが見せる顔とまったく変わることなどなかった。
 そして女性も、メイの頭を愛しげになでていた。
「悪いね。この娘は一度眠るとこの通りなんだ。なのは……ちゃんも眠いだろう?」
「あ、はい」
「……」
 娘と同じ顔のなのは相手に、女性はかける言葉に迷ったようだ。周囲は少しだけ苦笑を浮かべた。
 確かに、なのはも眠そうだった。フェイトも同様だが彼女は警戒心が眠気を抑え込んでいるらしい。
 そんなフェイトを見た女性は屈託なく笑った。
「この子の杖の魔力を受けたからだと思うよ。あの杖の黒い魔力は人間をひどく消耗させる。ひとのものではない、自然界に属する魔力だからかもしれないね。
 本当ならもう少し眠った方がいいのだけどね」
 リンディが頷き、女性も微笑んだ。
「わたしの名はソフティカ。フルネームは名乗っていない。この子と暮らすと決めてから名は捨てたからね。ソフティカという名前も旧来のものではない。
 いちおう、これでもそこのリンディ提督が管理局に入る前は武装局員をしていた。教導部隊を志望しているなのはちゃんからすると、OGという事になるのかな」
「そうなんですか?」
 なのははちょっと驚いた顔をした。
「ソフティカさんは私の大先輩なのよ。私が入る前に辞めてしまわれたから、一緒に仕事する事はなかったのだけど」
「一緒でなくて幸いだ。好戦的で誰彼問わず噛みついてた猛犬なんかと仕事してたら、命がいくつあっても足りなかったろうさ」
「先輩!それはあんまりです!」
「否定できるのかリンディ?
 昔のことがあったとはいえ、その性格は旧来のものだろう。
 しばらくぶりにこっちにきて、すっかり落ち着いたかと思いきや今度はこんな面白すぎる子たちを引き込んで喜んでるし。
 ふたりともなかなか大したもんじゃないか。昔のリンディを見るようだよ」
「もう!あいかわらず意地悪なんだから!」
 くっくくくと楽しそうに笑うソフティカとご機嫌斜めなリンディ。
 自分の知らない母親の姿を見たクロノは、へえぇと興味深そうにしている。
「なるほど、母は元々そういう人だったんですね」
「ああそうさクロノ君?」
 そのまま話を続けかけたソフティカだったが、リンディが子供のように目をつりあげて睨みつけ、その横でフェイトやクロノが興味ぶかげに見ているのに気づいた。その温度差に思わず苦笑した。
 そして肩をすくめて、
「まぁ、誰だって昔はあるものさ」
 それだけ言った。
「話題を戻しますが」
 こほん、と咳払いをするとリンディは言葉を続けた。
「先輩は、メイちゃんを管理局に預けるつもりはないというおつもりでしょうか」
「ない」
 ソフティカは一言で切捨てた。
「この子は別に管理局やミッドチルダ全てを敵視したりはしていない。自分の故郷を滅ぼした者たちはもうそこにはいないのだからな。アースラに損害を負わせこの子らを傷つけてしまった事は確かに悪かったが、それとこれとは話が別だ。
 さらにいえば、そもそも管理局は警察組織ではない」
「ですが、そうなるとメイさんはミッドチルダ政府に身柄を拘束される事になりますが?
 私たち管理局が彼女の保護を申し出ているのは、むしろ彼女のためです。彼女の気持ちを思えばこそ、犯罪者として拘束させるなんてことは」
「どっちもありえん」
 リンディの言葉をソフティカは遮った。
「ミッドチルダに拘束させればこの子は死ぬ。ミッドチルダの技術ではこの子の魔法を封じることなどできないんだ。なんのためにわざわざ、ロストロギアを探してまであんな封印をしたと思ってる?他に封印する術がないからに決まってるだろう?
 そして、この子に危険が及べばあの杖が動き出す。あれはこの子そのものに密接にリンクしている。封印中ですらこの子の生命危機にはたびたび姿を現しその命を救っているんだ。引き離しようがないんだよ」
 そこでソフティカは一度言葉を切った。
「この子の力を封印する方法はふたつしかない。この子を完膚なきまでに大戦力で殺し尽くすか、ほのぼのと平和に生涯を送らせてやるかだ。
 わたしは後の道を選んだ。あの封印はちょっとかわいそうだとも思ったが、日常で魔法の発動が困難になるだけでも十分だった。
 わたしたちは平穏に暮らしていた。こことは違う世界に家を持ち、のんびりと暮らしていたよ。この子はやはり生来の才能か魔法に強い興味があって、研究者の道に進んだがね。だけど気が向けばわたしの仕事も手伝ってくれる。最近ではよく笑ってくれるようにもなった。いい生活だったんだ。
 さすがに、封印解除の誘惑には耐えられなかったようだが」
「先輩」
「なんだ?」
 ソフティカにむけてリンディが少し身を乗り出した。
「あの杖はなんなんです?」
「宇宙開発用、というのはこの子に聞いただろう?その通りだよ。
 異常に大きな威力もそのせいだし、主要な魔法の発動に時間を要するのもそのためだ。あれはもともと、個人のレベルでない大がかりな魔法を使うために作られた一種の集約装置らしい。武器ではないんだよ」
「いえ、そういうことではなくて」
 リンディはソフティカの言葉を遮った。
「メイさんと一対であり引き離せない、というのはどういう事なんでしょうか。
 いかに能力があろうと扱いが難しかろうと結局は魔導器です。威力が大きいゆえに使用者が限定されるのはわかりますが、それにしても、そこまでいち個人に限定されるというのはいったい?」
「……それはな」
 ソフティカはリンディの方を見て、ひとつためいきをついた。
「この子が杖を選んだのではない。杖の方がこの子をパートナーに選んだからだよ」
「は?」
 その疑問は全員のものだったろう。クロノなどは首をかしげている。
「おっしゃる事が、よくわからないんですが……」
「あーそっかぁ!」
 むしろ、杖やデバイスをよく知らないなのはの方が気づいたようだ。
「あの杖さんも、レイジングハートやバルディッシュとは違うけど自分の意志があるんですね?だからなんだ」
「あ、なるほど」
 ふむふむ、とフェイトも納得げに頷いた。
 だが、
「おい」
 クロノはそんなふたりに目を剥いた。
「インテリジェントデバイスと異世界の魔杖を一緒にするなんて」
「そういうクロノ君、きみだってこの子の杖とミッドチルダのデバイスを同列に語ってるじゃないか」
「それは」
 うふふとソフティカは笑った。
「ふたりの結論は正しい。
 わたしもこの子に聞いただけなんだけど、杖が自ら選んだオーナーは杖と心を交わせるらしいの。そしてそれこそが『星辰の巫女』の絶対条件なんだって」
「巫女、ですか?魔導士ではなく?」
 そうよ、とソフティカはリンディに答えた。
「この子に聞いた話だけど、あの杖はもともと「星と語りその力を借りる」ためのものらしい。だけど星と語るなんてことがそこらへんの素人にできるわけがないし、そんな力を誰にでも使わせるわけにもいかない。
 だから、杖はそのために特別な才能をもつ者を自ら捜し出しこれと結び付く。大抵はまだ子供、それも女の子が多いそうだが」
「……なんて他人騒がせな魔導器なんだ、まったく」
 しみじみとクロノがぼやいた。
「いち個人にあんな桁外れの力を、しかも杖の独断で決めて与えるっていうのか。どうかしてる」
「そりゃあ、ミッドチルダでの常識ではね」
 クロノの言葉に、ソフティカが返した。
「科学を持たない魔法だけの宇宙文明だよ?わたしらとは世界観も常識も違ってたってなんの不思議もないだろう」
「……」
 クロノは納得いかないようだった。だが理性ではわかるのだろう。とりあえず黙った。
 そんなクロノを見て、ソフティカもためいきをついた。
「やはり簡単に理解してもらう、とはいかないようだな。仕方がないか」
 そう言うとメイを起こしにかかった。
「メイ。メイフェア起きな」
 しかしメイは起きない。
 そもそもメイがここで寝ているのは誰も起こせなかったからだ。そのまま寝かせておいてもよかったのだが、途中からでも参加させるとソフティカが抱いて連れてきたのだった。
「しょうがない子だねえ、もう」
 ソフティカはメイの耳許に口をよせ、尻に手を走らせた。
「ほほう、可愛いパンツだねえ」
「!」
 ビク、とその瞬間にメイは目をあけた。ぎょっとした顔でソフティカを見上げる。
「わ、わわわ、そ、ソフティカ母さん!?」
「ほら起きな」
「あ、う、うん」
 メイは居ずまいを正した。まだ半分寝ぼけているようだが、それでもソフティカの隣にきちんと座った。
「相互理解ができなかったのは残念だが……まぁ仕方ない。ある程度は予想できていた事ではあるしね。
 わたしたちはそろそろ帰らせてもらうとするよ」
「!」
 ぴく、と他の面々の顔に緊張が走った。
「帰るって……待ってください先輩。それではなんの解決にもなりません」
「それ以前に、それでは逃亡とみなさざるをえない。
 どこにお住いか知りませんが、そちらに管理局の手が延びるのはあなたたちも望まないんじゃ……?」
 理路整然とふたりを止めようとしたクロノだったが、ソフティカの苦笑に眉をしかめた。
「無理さ。管理局はわたしたちを追ってこられないからね」
 ソフティカの言葉に、メイもコクリと頷いた。……まだ少し眠そうだったが。
「わたしたちの転移式はミッドチルダの方式とは違う。あなたたちではわたしたちの世界には来られないよ」
 そう言うとメイの左手には、音も気配もなく唐突に銀色の杖が現れた。彼女はそれを額にあて、
「『次元屈折鏡(メドロア)』」
 そうつぶやいた次の瞬間、人間大の銀色の円形がふたりの背後に出現した。
「!」
 突然のことに驚く周囲にメイとソフティカはにっこりと笑い、
「帰ろっか。ソフティカ母さん」
「ああ帰ろ。まったく、おまえのせいで二週間も店あけちまったよ。当分は手伝ってもらうからね」
「む、もともとの原因は母さんでしょ?ったく、封印破るのにわたしがどれだけ苦労したか」
「はいはい、わかったよ。もうしないって。
 そのかわり、うちのウエイトレスはおまえに決まりだからね」
「え……えぇっ!やっぱ封印していいっ!していいから!」
「あっははは。封印しようにももう材料がないさ。心配しなくていいって」
「ひぃぃぃぃぃっ!!やだ、やだやだやだぁっ!」
 周囲を完全においてけぼりにして、わけのわからない親子喧嘩を繰り広げるふたり。ぽかーんとしてそのさまを見ている面々。
 そうしている間にも円形は少しずつ力を増して、やがてゆっくりとふたりを飲み込んだ。
「あ、まて!」
 我にかえったクロノが叫んだ。
 その瞬間、周囲も動き出した。
「メイちゃん!」
「なのは!」
 なのはが駆け寄ろうとした。だがフェイトがなのはの腕をつかみ止めた。
「フェイトちゃん!離して!」
「だめ!飲み込まれる!
 あれに飲まれたらどこに飛ばされるかわからないから!」
「でも、メイちゃんが、メイちゃんが!」
 暴れ、メイに駆け寄ろうとするなのはを、とうとうフェイトががっしりと背後からだきしめてしまった。
 そして、なのはの耳許にフェイトはささやいた。とてもやさしく。
「なのは、だめ」
「……」
 フェイトを強引にふりほどく力など、病み上がりのなのはにはなかった。悲しそうに消えていくふたりを見る。
 そして、そんなフェイトとなのはに、メイはにっこりと笑った。
「なのは」
「メイちゃん!」
「フェイトと仲良く、ね。そんな友達は生涯にふたりとできないよ?」
「……」
「フェイト。なのはを、わたしをよろしくね」
「……わかった」
 フェイトと頷きあったメイは、改めてリンディたちの方に向きなおった。
「それでは失礼します。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。それじゃ」
 にこにこと手をふるふたり。
 そのさまを、困ったわねという顔と目線で見ていたリンディだったが、
「二週間……にしゅうかん……まさか!」
 リンディは顔色を変え、ソフティカに叫んだ。
「先輩!まさか貴女……!」
「……」
 すでにもう消えかけた光の中、霞みつつもソフティカがクスクスと笑った。
 そしてそれを最後に、ふたりを飲み込んだ光はスウッと消えてしまった。
 後には、呆然とたちすくむ面々だけが残った。
 
「提督。あの女性が何かあったんですか?」
「クロノ!?……い、いえ、なんでもないのよ、なんでも」
「??」
 息子の疑問符をリンディはあわてて否定した。
(……言えない。下着泥棒の犯人がたぶん先輩だなんて、口が裂けてもいえない。
 だって噂通りなら先輩は可愛い子の下着専門のはずで、なのに……なのに)
「提督?」
「な、なんでもないのよなんでも、あ、あは、あははは……」
 まさか、自分がターゲットでない、つまり美少女と見られてなかったことに落ち込んだなんて言えないリンディであった。



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