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結末(e)

 メイが去ってからしばらくたった日。高町家に一通のビデオレターが送られてきた。
 発信元はミッドチルダになっていた。その住所には現実にはその当人は住んでいなかったが、あの魔道研究者カイトの連絡先になっているところだと後でわかった。
「先日は本当に失礼しました。みんなで見てください」
 そんな言葉が、DVDに添えた手紙に記されていた。
 なのははそれを見て少し考えたが、関係者で見ることにした。
 当日にはフェイト、クロノ、リンディが現れた。はやては、足長おじさんこと提督の体調が悪化したとかでイギリスに出かけていて騎士たちともども留守だった。場所は皆で討論の末、公式記録に一切残らない場所にしようということで、高町家のリビングが選ばれた。もちろん、高町家の面々には事情は説明ずみである。
「もうひとりのなのは、かぁ。不思議なこともあるもんだねえ」
「そうだな。ぜひ逢ってみたかったよな」
「そうだね」
 のほほんと語る姉と兄に、なのはは苦笑した。
 その隣にはフェイト、クロノ、リンディの順番に座っている。皆テレビの前に結集ずみだ。テーブルの上にはお茶とお茶菓子もスタンバイしている。フェイトを挟んでなのはと反対側にはユーノの姿もあった。
「しかし、ビデオレターとはね」
「オリジナルの録画はメイさんのいる世界のものなんでしょうね。ミッドチルダで地球式のメディアに複写したんでしょう」
「ビデオレターってそんなに色々あるんですか?」
 よくわかってない美由希が、首をかしげた。なのはは苦笑したが、クロノが真面目な顔で返した。
「地球式というだけでも色々ありますが、そもそもミッドチルダでは地球式のDVD自体がありません。以前フェイトがなのはにビデオレターを送っていましたが、あれにしてもわざわざ地球式の書き込みデバイスを用意してたんです。
 さらにいえば、彼らの世界ではそもそも電力事情すら違う可能性もありますから……このDVDの作成には大変な手間がかかっているとみるべきでしょう」
「へぇ、すごい」
「わかってないだろ、美由希」
「えーわかるよ恭ちゃん。なんとなく」
「わかってないじゃないか」
「あはは……ごめんなさい」
「いえ、かまいません。なんとなくイメージできれば充分かと」
 夫婦漫才のような会話をしている兄妹にちょっと優しげに目を細めたクロノだった。が、横でフェイトが「もういいんじゃないかな」と急かしたので「ん?わかった」と居ずまいをただした。
「それじゃあ上映をはじめる。僕は一度家で分析ずみだが会話の内容などはチェックしていない。何が再生されてもあまり驚かないでほしい。
 魔法などが仕込まれている可能性も検査ずみだが、この家にも念のために防御フィールドを張らせてもらっている。気分が悪くなったりしたら遠慮なく僕かフェイトに言ってくれ。
 じゃあ、はじめるよ。……ユーノ、はじめてくれ」
「わかりました」
 役目をふられたユーノは手を伸ばし、再生ボタンをいれた。
 ほどなく再生が始まったのだが……
「……なに?」
「恭ちゃん?……えぇ!?」
 真っ先に驚いたのは、恭也、美由希の高町メンバーだった。
 
『先日はごめんなさい。あんなご迷惑をかけたのにそのまま帰ってきちゃって。
 リンディ提督たちには別便でおわびの品を送ってあります。よかったらお納めください』
 メイとソフティカがならび、そんな挨拶をしている。場所はどこかの建物の前のようだ。
 そう──。
「翠屋?う、ううん違う。なんか模様みたいな文字が書いてある」
「それより見ろ美由希。あれ美沙斗さんだぞ」
「え……あの人が!?で、でもどうしてこのビデオレターに出てるの?」
「?」
 なのはは『みさと』なる人物を知らないから、なんだろと首をかしげた。
 そんな面々に、ユーノが一言告げた。
「別人です。これは推測ですが、なのはがそうであるように、登場人物もある程度似通った世界なんでしょう」
「その通りだ。さすがは無限書庫司書、こういう事の理解は早いな」
 クロノは微笑み、そして再び映像に目を向けた。
「後で説明があるんだが、この町は彼らの世界の生き残りを集めて作ったらしい。たまたま他の星で療養していたとか仕事で出ていたとか、そういう理由で生き残った人々が集まって暮らしているそうだ。
 そして……なんとも奇妙な話だが、おふたりが驚かれたようにこの世界の登場人物は不気味なほどにこの世界と接点がある。
 他にもほら」
 映像にウエイトレスらしい姿が映る。金髪の美しい女性、そして黒っぽい髪の落ち着いた若い女性だ。
 だが、黒っぽい方を見た恭也がさらに驚いた。
「忍……?」
「わ、忍さんだね」
「知らない人もいるね。あの金髪のお姉さんは?」
 なのはの言葉に、クロノはうなずいた。
「グレアム提督関連の人脈に実在する。英国に住んでいる知人の娘さんらしい」
「へぇ……」
 と、その時、店の入口が開いて緑と青っぽい髪のふたりが転がるように出てきた。また知らない子たちだ。
「彼らも該当者がいる。君らとの接点はないようだが、あちらの世界では家族同然に暮らしているらしい」
 と、そんな話をしていると場面が移り変わった。今度は大きな洋館だ。
「これ……見た目は結構違うけど、忍さんとこっぽいね」
「ノエルもいるな。……ってあの人は?」
 ピンクっぽい淡い髪の上品な女性が手をふっている。
「こちらも該当者がいる。月村家の親戚のようだが詳細はわからない」
「……」
 恭也はじっと考え込むようにその映像を見ていた。
「こちらの月村家にはたくさんの住人がいるようだが、あちらではその忍という人物とノエル嬢、それに彼女しか記録されていない。もしかしたら住んでいるのは彼らだけなのかもしれない。
 添付されているデータによると、建物は元の世界で破壊されたものを再現したレプリカだそうだ」
「……すずかちゃん、いないんだ」
 ぼそ、と寂しげにいうなのはに、クロノが頷いた。
「単に映ってないという可能性もあるが。
 あと、こちらに送られてきた手紙によると、アリサ・バニングスはアリサ・ローウェルという名前で存在したそうだ。故人だが、生前はメイフェア・ハイフェンの親友だったそうだよ」
「そう……ほんと、いろいろ違うんだね」
 うつむくなのは。
 その肩を、やさしくフェイトがつつんだ。
「フェイトちゃん」
「……」
 フェイトは何も言わず、ただなのはに微笑んだ。
「大丈夫だよ」と。
 そうこうしている間にも映像は続く。今度はメイが中央に映った。
『あれだけの被害の賠償になるかどうかはわからないけど、並行世界に関するデータの一部はそちらにお詫び状といっしょに送ってあります。データはそちらで見ていただくということで、今はわたしの集めた映像を見て楽しんでいただけると嬉しいです。いちおうこれも魔法研究の成果ですから。きっと、アースラの修理代以上のものにはとりあえず替えられると思いますし。
 実は、わたしの見付けた並行世界はそこだけじゃないの。わたしは他にもいくつかの海鳴市に行ったし、何人かの同位体にも逢ってます。ただ、その中で一番魔法に優れていて特性も向いていたのがなのは、貴女だったんだけど』
 え、という声があちこちから漏れた。
「他にも同位体に逢ってるだってぇ!?」
 驚くクロノに、リンディも頷いた。
「なるほど。メイさん……いえ、カイトさんの研究は次元魔法が中心なのね。じゃあ、別便で送られてくるデータはそれに関するものかしら」
「本物のデータなら非常に興味深いですが」
 そんな会話を皆は交わしつつ、映像を見つづけた。
 映像は続いていく。
「あ、また別の世界……ってウチだよ恭ちゃん!」
「いやまて、ちょっと違うぞ美由希。ウチのメンバーがやたら多いし」
 さっきの金髪女性やふたりの人物まで高町家にいるようだ。
「お父さんいないね。どうしたのかな……って仏壇!?死んでる!?なんで!?」
「なのはが持ってるの、レイジングハート……じゃない?杖の形が違う?」
「わ、リンディさんがいる!なんでコビト?」
「クロノは出てるね。なんで僕がいないんだ?」
「わたしもいない……」
「いや、それよりあの小動物はなんだ?魔法による変身はわかるが。
 それに、ジュエルシードもこちらのものとは違う」 
『これも並行世界のひとつ。この世界のなのはも魔法を使うの。戦闘用のものじゃないけど』
 さらに映像が一度とぎれる。
「あれ、お兄ちゃんとわたししかいない。どうして?……ってキスしてるし!」
「ちょっと待て。どうして俺がなのはと」
「恭ちゃん、実の兄妹はまずいよ〜」
「そういう問題じゃないだろ」
『美由希さんが高町家にいない世界。この世界では、彼女は御神という家の娘になってます』
「……あぁなるほど。そういうことか」
「ちょっと恭ちゃん!なに納得してるの!」
「ん?いや別に」
 そして、さらにさらに映像は変わっていく。
「うっわ〜。もうわけわかんない」
「この人見たことある。国守山の方にある寮の人だ。……でもなんでネコミミ?」
「あ、このひと、さっき忍さんちにいたピンクの髪の……こっちは犬耳?」
「酔っ払ってるなふたりとも。母さんが飲ませたのか」
「うわ……からんでるからんでる、しっぽ!」
「これは魔法じゃないな。もともと生えてるのか……しかしこれはちょっと」
「恭ちゃん!ふたりも見ちゃダメ!」
「使い魔?いや違う、むしろ生まれつき魔力か何かの関係で特異体質なのか。
 ミッドチルダならたまにいるけど地球では珍しいかも」
「うわ、ノエルさんが充電してる……ロボット!?」
「……なんでもありだな」
『面白いでしょう?この世界。でもね、ちょっといろいろあるんだなこれが』
「……ふむ」
「恭ちゃん、なんでこれで納得できるの?」
 知ってるようで知らない風景。おなじみのはずなのに知らないひとたち。
 不思議な映像の連続に、皆はああだこうだと意見を交わすのだった。
 
 数時間後。夜。
 皆は家に帰ったり高町家に泊まったりしている。なのはは夜風にあたるといって縁側に出ていた。
「……」
 昼間見た映像や、メイの思い出がなのはの脳裏をよぎる。
「どうしたの?なのは」
「……フェイトちゃん」
 いつのまにかフェイトが現れて、なのはの隣に座った。
 フェイトは美由希の昔のパジャマを着ていた。ちょっと大きめなのだが、袖から手がはんぶんだけ出ているあたりがちょっとラブリーである。
「あの子のことを思い出してるの?」
「うん、そんなとこ」
 じっと空をみあげた。
「なさけないね、わたし」
「……」
 ぼそ、とつぶやくなのは。フェイトはそんななのはをじっと見ている。
「メイちゃんのビデオレターの中にいた、たくさんのわたし……みんな凄い人生歩いてたり、大変な暮らしをしてたり。なんか圧倒されたよ。
 それに、フェイトちゃんだってメイちゃんだって」
 そう。フェイトだって、なのはと比べるとはるかに苛酷な人生を歩んでいる。
 メイにいたっては、なのはと同一人物でありながらその人生の苛酷さは並大抵のものではない。
「……」
 だが、フェイトはそんななのはを見てくすっと笑った。
「どうして笑うの?フェイトちゃん」
「なのはだって充分凄いと思うけど」
「そう?」
「うん。すごい」
 フェイトは小さく背伸びをした。
「はじめて逢った時は、ただ魔力が強いだけの素人だった。
 逢うたびにものすごい勢いでなのはは強くなっていった。そして気がついたら、わたしは負けてた。
 あの子も言ってたじゃない。あの子が、たくさんの同位体の中からなのはを選んだのは、なのはが最強だったからって。それが何を意味するのか。わたしはいないけどクロノと戦った世界だってあったのに。
 わたしは、なのはを誇りに思う」
「……フェイトちゃん」
「……」
 なのははただ、フェイトに抱き付いた。フェイトはされるまま、静かになのはを抱きかえした。
 ふたりは静かに、お互いのぬくもりだけを感じていた。
 
 満天の星空がふたりの時間をただ、静かにみつめていた。
 
(おわり)



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