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俺と戦え!高町なのは!(1)

 海鳴(うみなり)市。とある朝のことだった。
「なのは、どうした?」
 いつになくもの憂げな妹に兄が話しかけた。
「うん……最近ね、フェイトちゃんがなんだか沈んでて」
 なのははちょっと寂しそうに返した。
「ほう?で、その事情を話してくれないのか」
「うん」
 ぱく、と焼き魚を口にしながらなのははつぶやいた。
 (さわ)やかな陽射しが高町家の食堂に差し込んでいた。朝餉(あさげ)の匂いに満ち、家族の団欒(だんらん)がある。暖かな朝の風景が広がっている。
 そんな中、両親も兄も姉も普段の会話を止め、沈んでいる末娘のために耳を傾けた。
 家族の暖かい視線を感じつつ、なのはは語った。
「いつもなら、そのものずばりを話してくれない事はあっても漠然とはお話してくれるの。フェイトちゃん、お母さんの事とか色々あったから」
「ふむ」
 その事は高町家の面々も知っていた。
 高町の末娘、高町なのは。どこにでもいる可愛い小学生の女の子。だが自分たちの愛娘のもうひとつの姿を彼らは知っていたし、そのフェイトという娘が「そちらの側」の女の子である事も全員が理解していた。
「そうだなぁ。ま、そう深く心配する事はないと思うがな」
「どうして?お父さん」
「父さんにも似たような経験が昔あったからさ」
 父親、士郎が真剣な顔をして腕組みをした。
「親友だからといって、いやむしろ親友だからこそ話せない事もあるもんだよ。あの子がなのはに話せないことがあるとしたら、それはきっとなのはをいたずらに心配させるのがイヤなんじゃないのかな」
「……」
 なのはは、父親の言葉をじっと聞いていた。
「あの子がなのはにとって親友だと思うんなら、なのはが今するべきはあの子を信じてあげる事じゃないかな。そしてサインを見逃さない事かな」
「サイン?」
 ああ、と父親はうなずいた。
「話からすると、フェイトちゃんは今のところなのはに話すつもりはないんだろうね。
 だけど、もしかしたら本当は助けて欲しいのかもしれない。助けてほしい、でもなのはを巻き込みたくない、そんな思いでいるのかもしれない。そうでないにしても、解決は自分でするけど、話だけでも聞いてほしいと思っているかもしれない。
 そんな時になのはが聞き役になってくれたら、それはきっとあの子にも励みになるだろう。
 悩みごとを解決してあげるだけが手助けというわけじゃない。話をきいてあげる、ただそれだけでも助けになる事はいくらでもある」
「ふぅん……」
 なのはは感心したように父親の優しい顔を見て、
「うん、ありがとうお父さん!」
 満面の笑みでそんなことを言ったのだった。
 高町家は暖かい。
 この世界にあっては異端でしかない魔法の力、そんなものに稀有の才能をもつ娘。そんな存在ですら平然と受け入れるだけの余裕と愛情を、この家の人間は持ち合わせていた。
 なのはは笑顔を取り戻し、兄も姉もそんな妹に笑った。両親もそんな子供たちに笑顔を浮かべた。穏やかな時間が過ぎようとしていた。
 と、そんな時だった。唐突に家族の前に丸い魔法の通信ウインドウが開いたのは。
「え?アースラから通信?こんな時間に?」
 ありえないことだった。
 現在、なのはの所属はアースラになっている。学校が夏休みに入ればアースラ経由で中央管理局に研修にいくことが決まっているのだが、少なくとも今は普通に学校にいく事になっている。また特別な事態が起きたとしても、それは一般回線を通して電話で伝えられるのが普通だった。いかに彼女が特別といっても立場はあくまで嘱託(しょくたく)だし、おまけにまだ法的にも道義的にも間違いなく子供なのだから。
 なのに、その通信はアースラから直接のものだった。
『おはようございます。お食事中に失礼します』
「え?リンディ、さん?」
 画面に写ったのは、アースラの指令室。そして、勇退が決まっているはずのリンディ提督だった。
『なのはさん、突然で悪いんだけど、お食事がすんだらすぐアースラに来てくれるかしら。貴女とどうしても会いたいって人がミッドチルダからはるばる押しかけてきて、ちょっと困ったことになっているの。
 学校の方にはもう連絡してありますから』
「あの……私に、ですか?」
『ええそう、なのはさんに』
「誰でしょう?」
 なのはは首をかしげた。思い当たるふしが全然なかったからだ。
 ついこのあいだまで、なのはは普通の女の子だった。ここからすると異世界にあたるミッドチルダに知合いなんていないわけで、そこから「どうしても会いたい」なんて尋ねてくる人がいるとはとても思えない。
 まぁ強いて言えば、先日の訓練室破壊騒ぎの時の武装局の人達ならありうるかもしれないが……だがそれなら「会いたいって人がいる」などと歯の奥にものが挟まったような言い方をリンディ提督がするとも思えない。はっきりそうだと言うはずだ。
 つまり、何かあるということだ。
『突然で申し訳ないんだけど、よろしくねなのはさん』
「あ、はい。わかりました」
『高町の皆さん、お嬢さんをお借りします』
 リンディ提督の映像は、あっけにとられた顔で映像を見る高町の家族にもふかぶかと頭をさげると、すっと閉じて消えた。
「……なんだろ」
 頭の上に「はてな」マークを浮かべ、なのはは首をかしげた。



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