[目次][戻る][進む]

世にも珍奇な大戦闘(1)

 結論から言ってしまえば、自称カイトなる魔導士の企みは既に成功したに等しかった。
 高町なのはという人物は大変好奇心の強い存在である。だからこそ自分に呼びかける「未知なる声」などに惹かれて夜の町に駆け出したのだから。いやそれどころか、そもそも彼女が好奇心旺盛な人間でなかったなら、ユーノ・スクライアとの出会いも全く別の形になってしまっていただろう。いや、もしかしたら出会う事もなく時間は過ぎてしまっていたのかもしれない。
 カイトが高町なのはについて十分に調べ尽くしているのはもはや論議の余地もないだろう。これが他の人間であれば、『戦い』をお礼にもってくるというその感覚自体に常識を疑うところだが、「拳で語り、拳に学ぶ」という行動理念が他の何よりも通用するのが高町なのはという少女だからだ。カイトの行動は確実になのはの心をとらえた。パンツをくれ、なんていう恥知らずな要望すらも受け入れさせてしまうほどに。
 運命はめぐっていく。
 カイトがなのはに望んでいるものは何なのか。彼が復活させたい古代の魔法とはいったい何なのか。アースラに起きたという下着泥棒事件と、本当に彼は無関係なのか。
 そもそも、カイトとは何者なのか。
 
「レイジングハート、セットアップ!」
『stand-by ready, setup』
 青空の下、なのはの魔法の特色であるピンクの光が輝いた。
 膨大な魔力がなのはから吹き出す。その魔力はレイジングハートと彼女の回りを旋回し、たちまちのうちにバリアジャケットを編み上げ、愛らしい姿の魔法少女になのはを作り替えていく。
 まばたきひとつの間に、彼女は戦闘準備を終えた。
 アースラから場所を変え、そこは海鳴の近くの山中だった。時期が時期なら高町親子が剣の修行をする事もある人里離れた山の中であり、アースラから結界も張っているのでひとの気配はない。
 河原にたち、なのはの変身を見ていたカイトは感銘の声をあげた。
「ほほう。それが君の戦闘形態か。この目で見るのははじめてだが……なんとも美しいものだな」
「はぁ……ど、どうも」
 やりにくいなぁこのひと、となのはは苦笑しつつも褒められたお礼だけは辛うじて言った。
「カイトさんは武装とか準備とかしないんですか?」
「ああ、必要ない。俺には俺の戦いかたがあるからな」
「そうですか。合図はどうしますか」
「そうだな。では合図は俺が」
 カイトの背後がすっ……と暗くなったような気がした。
 肩をすくめるようなポーズをとったかと思うと、
「来るがいい。わが小さな戦女神(ケル・ケル・アヤマルーク)よ」
「!」
 なのはとカイトはその瞬間、風のように戦いはじめた。
 
 ふたりが戦闘をはじめた途端、アースラの面々は忙しく動きはじめた。
「今のかけ声の意味と言語コードの解析、クロノできる?」
「今やってます」
 リンディの檄が飛びはじめた。
「リンディ提督!」
「どうしたのエイミィさん?」
「カイトさんの魔法種別が解析できません!波形も強度値もめちゃくちゃな値を示してて、計測できているのはなのはちゃんのものだけです!」
「そう。でも記録は続けて頂戴」
 リンディの表情が厳しくなった。
「あの人の魔法はミッドチルダの方式とはまったく異質のもののようね。わたしたちの技術で正しく計測できないのはむしろ当然といえるでしょう」
「しかし、これは間違いなくAクラス以上だ。高町なのはとまともに戦闘できている事といい、総合的にはAA-(ツーエーマイナス)には届いているかもしれない」
 クロノの目が細められた。
「提督、この戦闘がすんだら、あの人物の身柄確保を進言します。
 あれだけの能力は看過できるものではない。力ある魔導士として正式に登録させる必要があるでしょう」
「正式に、ね」
 クロノの言葉にリンディは眉をよせた。
「でもねクロノ、彼はたぶんこう言うと思うわ。
 管理局はすぐそうやって罪もない一介の民間人すらいいように管理しようとする。俺がなにをした。時空管理局は世界の支配者にでもなったつもりかってね」
「それは詭弁です!彼だってミッドチルダの人間なら、大きすぎる力はきちんと管理されるべきだと理解しているはず……!」
 最後まで言いかけたクロノだったが、リンディの言葉の意味に気づいて口をつぐんだ。
 そう。そんなクロノたちの態度に皮肉全開の毒舌を吐いたのは、今あそこで戦っているそのカイト本人なのだから。
 ミッドチルダは確かに『中央世界』として時空世界の中枢を謳っているわけだが、無限に連なる世界群において、その勢力圏はまさに氷山の一角にすぎない。それは時空管理局にしたっておそらく変わるものではない。
 テスタロッサ事件や闇の書事件を持ち出すまでもなく、自分たちの功績は決して小さくない。その事についてはクロノも誇りと自負がある。卑下される謂れなどないと断言できる。
 だが、時空管理局やミッドチルダを不快に思う世界も実際にある。
 それらの者たちにとって自分たちは、確かにあの男の言うとおりの存在なのではないか?
「調査を続けます」
「そうしてちょうだい」
 厳しい目でモニターのふたりを見つめながら、クロノとリンディはそんな言葉を交わした。
「……なのはちゃん、大丈夫かな」
 指令室のゲスト席にはやては座り、モニターを見ていた。
 フェイトはここにはいない。彼女はなのはを心配して出ていってここにはいない。モニターにその姿が見えてはいないが、おそらく現場近くのどこかで見ていると思われた。
「やな攻撃する奴だねぇ、ちまちまと」
 その横にはアレフがいる。フェイトに留守番を言いつかったようだが、彼女もなのはに好意的なぶん、やはり心配のようだった。
「なのははああいうタイプ、苦手じゃないのかねぇ。あたしも苦手だけどさ」
「ふふ、アレフはなのはちゃんと同じやもんな。真っ正面からどかーん、ぶつかるのが好きやろ?」
「そうだね。七面倒くさいのはごめんだ」
 ふふ、とはやては笑った。愛らしい笑いだった。
 
「また!?」
 何度めかの射撃がすんだ時、かき消すようにカイトは消えていた。魔力の気配すら感じられなかった。爆炎を隠れみのに姿をくらましたようだ。
 なんてやりにくい相手だろう。なのはは眉をしかめた。
 確かに魔力は弱い。攻撃力もたかが知れている。力押しに持ち込めば、なのはが負ける道理などまずありえまい。
 だが、魔導士としていかに脆弱だろうとこの男は弱くなかった。
 攻撃すれば躱される。吹きとばそうとすると爆発やその余波すら利用して隠れてしまう。うっかり近付けば想像もしない方向から気配もさせずに一撃がくる。うかうかしていると自分自身の攻撃そのものすらも反撃に利用される。
 確かに男の言う通り、なのはにとり彼はとんでもない曲者だった。
「いない……」
 探査魔法(エリアサーチ)をしようか、と杖をかかげたその瞬間だった。
『やあ』
「!」
 唐突に背面から声。
 振り向けばそこにはいない。声のみをなんらかの方法で放ったようだ。
『大したものだ。一年前はただの素人だったなんてとても信じられん。まさに君は、魔法使いになるためだけに生まれてきたような存在だな』
 どこにいる?
 声が届いているという事は魔法を使っているということだ。ならばその発生源を探ることくらいはできるはずなのだ。
 なのに、どこにも気配がない。
『気配がわからないだろう?
 実はね、俺の身体にはある種の封印が施されているのさ。俺はいわゆる戦災孤児なんだが、助けてくれたミッドチルダの魔導士の仕業でね、とあるロストロギアの力を使い、俺の魔力はほとんど封じられてしまった。
 魔力の気配がないのはそのせいだ。ミッドチルダに属さない古代魔法を無理矢理駆使する事でなんとか戦闘ができているが、封印のせいで俺の魔力はほとんど外に洩れないというわけ……!』
『shoot』
 男が話し終わるかどうかという瞬間、なのははディバインシュートを放った。狙ったものではない、ほとんど山勘だけで「ここかな」と思われるところに無造作にぶっぱなした一撃だった。
『おわっ!』
 だがそれが正解だったらしい。焼け出された男が土埃をたてながら森の上に飛び出してきた。
「なんつー勘のよさだ。どうしてわかった?」
 ぱんぱんと埃をはたきつつ、驚きを隠しもせずに男は言った。
「理由はないよ。ただ、そっちにレイジングハートを向けた瞬間にカイトさんの声がうわずったから」
「はぁ……呆れたな。いや、これは俺も間抜けなんだが。
 すまん、やはりなんだかんだで君をナメていたようだ」
 ううん、こっちこそとなのはは苦笑した。
「ひとつ聞いていいかな?カイトさん」
「ん?なんだい?」
「カイトさん、学者さんなのにどうしてこんな戦い慣れてるの?カイトさんなら武装局の人達とだって戦えそうだよ?」
「それは」
 応えようとしたカイトだったが、ふと思い当たったように首をふった。
「それは戦いの後に答えよう。君へのお願いとも関係する事だからね」
「……?」
 なのはは首をかしげ、そして、
「そっか。わかった」
「っていきなり戦闘再開かよ!ちょっと待てぇっ!」
「休憩するなんて言ってないよカイトさん!
 いっくよぉ!中距離砲撃モード!」
「だぁぁぁっ!なんでそう嬉しそうなんだおまえはっ!」
 待ってましたとばかりに変形をはじめるレイジングハートを見たカイトは蒼白になり、大慌てで森に向かって逃げ出した。
「あー待ってカイトさん!たまには撃ち合いもしようよ!」
「生身で広域破壊兵器とやりあえってか!死ぬわぁ!」
「あーひどい!非殺傷だから大丈夫だって!」
「自分の魔力をちったぁ自覚しろ!そんなんだからアースラ壊したりすんだよっ!」
 いつのまにか敬語も緊張感もどこへやらだった。
 
 同時刻。舞台はアースラに戻る。
「あ、あははは……なんとなくあの人に同情してまうわ」
 モニターを見ていたはやては、ひきつり気味の笑いを浮かべていた。
「なのはちゃん、だんだん焦れてきてんなぁ。あの人、本当に死ななきゃええけど」
「なのはのアレは化け物だからねぇ」
 アレフも同意見のようで、しみじみとためいきをついた。
「普段は甘ちゃんのお馬鹿のくせに、戦闘センスだけは悪魔じみて鋭いしさ。一度使った手は二度ときかないわ、今食らった技を次の瞬間にはきっちり真似して返すわ。しかもめちゃめちゃ好戦的で、攻撃魔法をばかすか撃ちまくるのが何より大好きな筋金入りの砲撃戦狂い(トリガーハッピー)だしね。
 本当、おっかないったらありゃしないよ。
 フェイトも言ってたけど、なのはを敵にまわすのだけは私も二度とごめんだね」
「あはは。まぁうちは直接戦ってないもんな。……でもわかるわ」
 モニターにふたたび目を戻し、はやてはつぶやいた。
「暴走前とはいえ、たったひとりで夜天の自動防御プログラムを、しかも力技だけで打ち破ってみせたなのはちゃんや。やっぱ、ただ者やないわ」
 とんでもない大出力のブラスターウェイブを、まるで銀玉鉄砲のように無造作かつ盛大にばらまくなのはを見て、はやてはためいきをついた。
「末おそろしいとはこの事や。あの調子で訓練受けて本当に戦技教官になったら……ミッドチルダで悪い事はもうでけへんな。
 せやけど」
 はやての目線は今いちど、モニターに写るカイトに向けられた。
「あの人、なんか奥の手隠しとるな」
「え?」
「くやしいけどあの人の方が一枚上手や。
 今のなのはちゃんじゃ、負けるかもしれへん」
「はやて……?」
 その視線は、かつての夜天の書のそれをどこか彷彿とさせるものだった。



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system