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親子(2)

 昔、ひとつの国があった。
 星まで届くほどの超魔道文明だった。平和主義の彼らは、かつて遠い星からもたらされたという魔道の技術を長い時間をかけて育てあげた。おだやかで優しい世界がそこにはあった。
 魔道のみで宇宙文明を築いた彼らにとり、最大の問題は行き先の星の環境だった。ひとの住める星は限られるし、なんとか無人のうえ生命のいない星を改造し、住めるようにできないものかと知恵が絞られた。
 そこで登場したのが、星辰の杖。彼らの文明の礎ともなった異星の魔杖だ。彼らはこれを複製し研究し、さまざまな分野に応用していたのだが、後の研究でこの杖本来の機能について新事実が明らかになっていた。
 つまり、この杖は武器でもなければ土木デバイスでもない。星と対話しその力を借り、環境を作り替えるためのいわば『神器』であったというものだ。実際、当時からあるという古い宗教の巫女はこれを用いて草木を育てたりしているのだが、まさか星全体を作り替える力があるとは誰も思わなかったというわけだ。
 さまざまな尺度から研究された結果、まず昔の巫女がしたという「杖に選ばせる」という神事を行うことになった。伝承によると星辰の杖は自らその所有者を選ぶとされ、神事を行うことによってその機構を起動してやれば、杖は自分からその所有者の元に向かうらしいとわかったからだ。
 そして神事は行われ、一本の杖がある小さな町へと飛んだ。
 そこには小さな女の子がひとりおり、彼女は強い魔道の素質があったがまだ何も魔法を学んではいなかった。また、特に学ばずともいつのまにかある程度の魔法は覚えてしまっていたので、どちらかというと放任主義の両親は英才教育などするより、好きな人生を選び、のびのびと生きてほしい。そう考えていたのだった。武芸者である兄と姉も、この子はのびのびと生きてほしいねと、いつもそんな話をしていた。
 町の名は、シーファン。海のささやきといいう意味の町。
 少女の名は、メイフェア・ハイフェン。春の花、メイフェアリーからとられた名。
 一人遊びをしていたメイフェアは突然に現れた杖に非常に驚いた。だが、杖からもたらされる優しい星のイメージがすっかり気に入り、やがて杖を手にとった。空を駆け雲にのり、たちまちふたりは友達になった。
 家族はやがて杖の事を知ったが、小さな娘に星を変えるほどの才能がある事を知っても「そっか。よかったな」とメイフェアの頭をなでてやるだけだった。大いに心配はしたようだが、それを娘が望むならそれもいいだろうと、そう考えたのだった。
 それはどこかの世界、どこかの町のどこかの家族にとても似た光景だった。
 そんな優しい時間が、遠く次元を隔てたふたつの世界で流れていた。
 今は昔の話である。
 
 メイの放った黒い光と、アースラの発射したアルカンシェルのエネルギーが両者の中間で激突した。
「くっ!」
 両者がぶつかった途端、七色の光が周囲に吹き出した。正反対の位相をもつ次元干渉型のエネルギーが衝突した結果、ほんの一部を光として放ちつつ対消滅をはじめためだった。キックバックで凄まじい振動がメイとアースラにそれぞれ襲いかかった。
「う……くぅぅぅぅぅっ!」
 必死に杖を制御し、力を押し通そうとするメイ。
 その前方には、黒と七色の巨大なエネルギーがめちゃくちゃに暴れ回っていた。そのさまは巨大な龍の衝突を思わせ、メイは龍を使役する古代の魔法使いのようにすら見えた。
 やがてそのエネルギーは、唐突にふっと姿を消した。両方とも。
「……」
 メイは目の前の風景を、ぽかーんとした顔で見ていた。
 目の前には依然としてアースラがあった。アルカンシェル発射装置が少し歪んでおりエネルギーも失われているようだが、機関そのものは健在。アースラは今も稼働していた。
星光霧散撃(ゲオゲア・ガーラ)に持ちこたえた?……うそ」
 呆れたようにアースラを見て、そして杖を見た。
「おまえのせいじゃないよね、星辰の杖。絶好調だったもんね。
 もしかして、わたしが弱くなった?」
 いや、それも違うだろう。
 そもそも、星辰の杖を駆動するのに大きな魔力はいらない。特に『星光霧散撃』は星からエネルギーをもらう技だから、杖の制御に魔力は必要でも、なのはの『スターライトブレイカー』のように莫大な魔力を必要とするわけではない。星の力を制御するという大仕事は確かにあるのだが。
「……すっごいね、アースラ」
 アースラの方を見たメイは、くすっと笑った。
「ふふ、うふふ……あっはははははっ!」
 メイは本当に愉快そうに、大笑いをはじめた。
 
「あ、アルカンシェル、メイさんの魔法で……対消滅、しました」
 あっけにとられた顔のエイミィが、やっとの事で報告をあげた。
「被害報告は?担当、報告なさい!」
 は、はい、という声が聞こえた。
「アルカンシェル生成モジュールが過負荷でダウンしました!予備への交換に約四十分かかります!」
「すぐ作業にかかりなさい!
 戦闘と無関係の民間人は、念のために転送ポートから地上へ避難してください。
 クロノ、メイさんと通信を試みなさい、急いで──」
 その瞬間、あっはははというけたたましい笑い声が魔力に乗って響きわたった。
「メイさん?」
 回復したモニターに写されたメイが、アースラの方を見て大笑いしていた。
『すごいね。さすがわたしの故郷を滅ぼした船だよ。参ったなぁもう』
 その笑いに何かを感じたのだろうか。リンディもうふふと笑い返した。
「メイさんこそすごいわ。アルカンシェルを対消滅させる魔導器やそれを使う魔導士が存在するなんて、もしこれが知られたらミッドチルダのお偉がたみんな泡吹いて卒倒しちゃうんじゃないかしら?ま、報告したところで誰も信じやしないでしょうけどね。
 ところで今の魔法って何なのかしら?アルカンシェルと対消滅したという事は、おそらく次元魔法による攻撃じゃないかと思うのだけど」
 リンディの問いかけに、あーとメイは気まずそうに微笑んだ。
『ごめんなさい、今の攻撃魔法じゃないんです。そもそもこの杖だって武器じゃないですし』
 え?という声が周囲から聞こえた。
「どういう事かしら。よかったら教えてくださらない?」
 うん、いいよとメイは答えた。このあたりの素直さはなのはと全く変わらない。
『この杖は、もともと科学技術のない魔法文明の星が、惑星改造とか宇宙開発のためにつくり出したものなんです。今のはゲオゲア・ガーラ、星の光を蹴散らすっていう意味の魔法で、邪魔なアステロイドや小惑星をぶっとばしちゃう作業用の魔法。わたしが使えるものの中では一番のお気に入りなんですけど。
 他にもいろいろ使えるけど、緑化魔法とか流体制御魔法とか、あまり戦闘には向かない魔法の方が多いんですよ』
「小惑星を……壊すの?魔法だけで?」
『はい♪』
「なるほどねぇ……道理でとんでもない威力なわけだわ」
 あっけらかんと言うメイに、さすがのリンディもひきつり気味の笑みを浮かべた。
 それはそうだろう。メイの杖は、あまりにも彼らの常識から外れている。
 星のエネルギーを借りて惑星改造をするための魔導器。科学技術もそれなりのレベルにあるミッドチルダでは、開発以前に思い付かないか、考えても埓もない妄想と笑いとばされる代物だろう。奇想天外どころか狂気の沙汰としか言いようがない。
 だが、目の前にその信じがたい代物は存在した。断固として。
「宇宙開発用?科学文明じゃないのにか?」
 首をかしげるクロノに、むむっとメイは口をとがらせた。
『ひどいなぁクロノ執務官。わたしの故郷にだって天翔船(てんしょうせん)くらいあったよ。科学技術の使われてない宇宙船なんて想像つかないかもしれないけど』
「科学技術がない……魔法だけで作った宇宙船!?」
『うん、木でできてたんだよ?』
「……」
 木製の宇宙船なんて、想像できる者などアースラにはもちろんただのひとりもいなかった。
『ま、そんなわけで再開します。
 といっても、そちらはもうアルカンシェル撃てないみたいですね。どうしますか?
 もっとも、さっきの一撃でもうわかったでしょう?
 わたしはまだ何発でも撃てるし、一撃や二撃防いでみせたところで時間の引伸ばしにしかなりません。応援を呼んだところで魔導戦艦がくるにはそれなりに時間がかかるし、わたしは必要なら対戦艦戦闘だってやってみせますよ?わたしもこの子もミッドチルダに捕まるくらいなら塵も残さず吹っ飛ばされる方を選びますし。
 さぁ、どうしますか?』
「……」
 自分の命も平然と天秤にのせているメイに、アースラの面々は眉をしかめた。
「……なに言うてんねん」
 ふと、ゲスト席のはやてがつぶやいた。
「そんなんあかん!自分から死んだ方がええやなんて、そんなこと言うたらあかん!」
『はやてさん、か……そう。夜天の主さんだったね』
 メイは、にっこり笑った。
『どのみち、アースラ沈めちゃったらわたしは重罪人だよ?ミッドチルダにも、その勢力圏のどの世界にもわたしの居場所はないでしょ?
 それに、わたしが生きて逃亡してたら、なのはにとばっちりが行くよ?だって、わたしはなのはと同じなんだから』
「!」
 はやての顔色が変わった。
「せ、せやけど、それは中の人間ごと沈めた場合の事や。
 無人のアースラ壊しただけやったら、それはただの器物破損ですむやないか。それはそれで重罪かもしれへんけど、夜天の主やったうちや、うちの子らですら保護観察ですんでるんや。事情がわかれば皆がなんとかしてくれる。うちからも頼んだる。
 それにアースラやて機械や。いつまでも最前線で活動できるわけやあらへん。ただ自己満足で壊したいだけやったら、退役してからでもええんちゃうんか?」
『それもダメ』
 ふるふる、とメイは首をふった。
『わたしとこの子はふたりでひとつだから、封印がとけてしまえばどのみちばれるのは時間の問題だった。
 だけど、封印を解くのは今しかなかった。なのはが戦技教官として成長してしまえばわたしの勝ちはありえなかったし、わけを話して協力してもらうわけにもいかない。言えば協力してくれたと思うけど、それだとなのはが共犯か幇助罪にされてしまう可能性がある。わたしが一方的になのはを利用したっていう状況がどうしても必要だったんだよ。
 まぁ、騙すという手もなくはなかったけど……あんまりそれはしたくなかったしなぁ。だって、あの子はわたしなんだから』
「……まぁ、それもそっか。ほんま凄い子やもんなぁそれ」
 銀色の杖に目をやりつつ、はやてはためいきをついた。
「さっきの一発だけでその杖、管理局的には第一級のロストロギア確定やろし。なにしろアルカンシェルと拮抗してまうとんでもない代物やさかいな。
 まぁ、少なくとも監視下にはおかれるやろな。杖は封印か」
『それは無理』
「え?」
 ちょっと寂しそうな顔で、メイは語った。
『わたしがいる限りこの杖は封印なんかできない。言ったでしょう?わたしとこの子はつながってるんだって。
 封印したいなら、わたしを殺すしかない』
「……」
 思わず口ごもるはやて。
 彼女にしても、リインフォースの時に似たような経験をしている。皆の助力もあって生き延びられたし優しくしてももらっているが、闇の書の主であり、今もその騎士たちを連れており、その成れの果てであるリインフォースの名を新しいデバイスに与えようとしているはやてに対して悪意を抱く者はいるし、実際すでに嫌な目にもあわされた。おそらくこれからもそういう事は起きるだろう。ただ『闇の書の主』というだけの理由で。
 ましてメイは……。
 だが、
「……そんなことないよ」
 そんな声が、どこかから聞こえた。
「死んだ方がいいなんて、そんな悲しい事言っちゃダメだよ。何か手があるはずだよ」
「……なのは」
 メイの目がゆっくりと、アースラから地球の方に向けられた。
 そこには、ボロボロになったなのはがいた。
 アルカンシェルとメイの激突の余波を食らったのだろう。見事なまでにジャケットはズタボロ、リボンも一部焦げているありさまだった。レイジングハートの方も目に見える傷こそないが、チャージしてあったマガジンを防御で全て使いきったのだろう。マガジンのあるべき場所はとっくに排出されて何もついていない。
 だがそれでも、あの凄まじいエネルギーの余波で死ななかったのは驚異というべきだろう。防御の高さと悪運と、とっさの判断力が彼女の命を救ったのだといえる。
 なのははポケットからマガジンを取り出し、レイジングハートに装填した。
『Reload.』
 レイジングハートに中身が飲み込まれる。
 そして、そんななのはを見たメイの表情が歪んだ。
「なのは。あなたはまだ何も知らない。なすすべもなく大切なものを奪われる悲しみも、自分が自分として生きていけない苦しみも知らない。
 知らないから、そこまで純粋に立ち向かっていける」
 ぎり、と怒りを滲ませメイが呻いた。
「うん、そうだね。わたしは何も知らない」
 そして、そんなメイをなのはも否定しない。
「だけど、アースラを沈めるなんて間違ってる。リンディさんやクロノ君や、みんなまで道連れにしてもかまわないなんておかしいよ。
 あなたはわかってるはずだよメイちゃん。
 だって、わたしたちは同じなんだから!」
『Excellion-mode, Ignition.』
 レイジングハートが形を変える。より凶悪な魔導兵器へと、その姿を変えていく。なのは自身は指示も何もしていないのに。
 最強の形態でなくては「もうひとりのなのは」には勝てない。それを知っているかのように。
 そして、メイも杖を構え直す。
「勝てると思ってるの?
 この身体はあなたと同じだけど、これはこの年齢で封印されたからだよ?本当の歳はあなたよりずっと上だし、魔法の経験年数も、杖の基本性能もわたしの方がずっと上なんだよ?
 それでも、わたしに勝てると思う?」
「わからない。でも」
 なのはの顔が、闇の書戦でも一度も見せなかったほどに凶悪に歪む。
「自分には負けられない!」
 その瞬間、なのはの下に大きな魔方陣が爆発的に広がった。
「……確かに、自分には負けられないね」
 そして次の瞬間、メイの周囲にも球形の魔方陣が広がった。
「その生意気な鼻っ柱、へし折ってあげる。今度はパンツじゃなく全部脱いでもらおっか」
「それはこっちのセリフだよ!」
「言ったね?」
「言ったよ!」
「「こんのぉ〜〜!!!!」」
 ふたりのなのはの周囲で、猛烈な魔力が吹き荒れはじめた。
 本来、これはありえない激突だった。いるはずのないふたりの、同質の魔力が激突しているのだから。それは相乗効果を起こし、先刻の魔力には遠く及ばないが凄まじい魔力の嵐となりつつあった。
 ふたりは同時に叫んだ。
「レイジングハート!」
『Divine Buster.』
斬撃(テラン)!」
 稀代の砲撃魔導士ふたりの戦闘が今、始まった。
 
「あ〜らあら、はじまっちまったよ。ふたりとも短気というか喧嘩っぱやいというか」
「ま、どっちもなのはちゃんやしな。当然やろ。
 聞き分けのない子にはスパルタでいくからな、なのはちゃんは。ましてそれが自分やったら怒りも倍増やろ。お互いにな」
「そりゃそっか」
 あっははとアルフは苦笑した。
 はやてはためいきをつきながら、ゲスト席からアースラの面々を見上げた。
 上の方ではリンディはクロノたちが何やら檄を飛ばしている。どうやらふたりが戦っている間に応急処置を行い、体勢をたてなおすつもりらしい。
「なんとか時間は稼げそうやけどな。間に合やええけど」
 ふう、とためいきをつくはやて。
「……大丈夫じゃないかねぇ」
「へ?」
 はやては、なぜか自信まんまんのアルフをみあげた。
「なんでや?いくらなのはちゃんが強い言うたかて、あの黒いなのはちゃんは別格やで。何せ本人やさかいな。
 その自信はどこから来るん?」
 首をかしげるはやて。
 だがアルフはそんなはやてに笑う。
「フェイトが何かするらしいよ。チャンスがあればなのはは勝てるって」
「へぇ……」



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