[目次][戻る][進む]

SF Meets Fantasy

 火星の後継者事件が終わり、俺は残党狩りをしていた。
 苦戦していた。何より前の歴史と違い、俺にはブラック・サレナもユーチャリスもなかった。ラピスもいない。彼女はとっくに救助されてルリちゃんと暮らしていたし、俺は歴史を変えようと様々な行動をしていた事で逆にアカツキたちに疑われ、火星の後継者事件が終わった際に証拠隠滅とユーチャリスごと爆破されたんだ。
 いや、無理もないと思うよ。今にして思えば。
 会戦初期からボソンジャンプを駆使し、木連を知り木連式柔を使う存在。木連側の人物にも詳しく…疑うなという方が無理だろう。おまけに命令はきかないし戦う力もあった。そんなの、俺だって怪しいと思うさ。だからこそうまく行動したつもりだったんだけど、さすがにアカツキたちも馬鹿じゃなかったって事なんだろう。俺は全世界のどこにも居場所がなくなった。今は残党狩りを続けているけど、サポートなしのたったひとりでできる事なんか限られてる。倒せるのは下っぱばかり。肝心の大物にはさっぱり手だしもできない。しかも食料や武器目当てに窃盗やら裏取り引きやらの毎日。まったく、ひどい状況になったもんだ。
「…にしても、これは失敗だったな。」
 乗って来たエステバリス…軍から盗んだものなんだが…の残骸を前に、俺はため息をついた。
 遠くの空に、無人兵器の迫るのが見える。連合軍と統合軍の手でパワーアップされたバッタやジョロの群れだ。伊達でもなんでもなく、空を埋め尽くす勢いでやってくる。ご苦労なことだ。俺がコロニー襲撃犯と知っているんだろう。たったひとりを倒すには物量で押し潰すに限る。いかにも軍らしい、そして確かな方法だった。
 とっとと逃げ隠れしなくちゃならないが、もう動く事もできななかった。感覚を補助していた装置類が壊れかけてるんだろう。平衡感覚がおかしい。立つ事すらできそうになかった。
「俺は……死ぬのか」
 死ぬだろう。間違いなくおしまいだ。
 周囲には、家のひとつもない。ただの山の中だ。最後に感じたセンサーの反応だと、日本のどこからしい。ちょうど山腹の一部が伐採か何かで森が切れ、ちょっとした広場になっていた。俺とエステはそのド真中に落ちてしまったんだ。這って逃げれば森に入れるが、この身体では餓死か野垂れ死にだろう。助けを求めれば軍に殺される。
 …おしまい。ジ・エンド、か。
 ユリカはもう回復したろうか。こっちのルリちゃんはユリカにすごく懐いてたから、ルリちゃんが仕事の合い間に詰めているだろう。俺のことは、「義姉さんの旦那様」という感じに応対してたもんな。俺は今度こそ死んだ事になってるし、生きてるかもしれないと思ったところでユリカの方が間違いなく優先だろう。前に歴史のように追ってこない事からもそれはわかる。
「…ふふ、ふふふ…」
 なんつー不様なラストだ。俺は結局、こんな終りしか迎えられないのか。
「……くそぉ…」
 悔しい。口惜しい。
 なんでこうなるんだ。親を殺され、故郷を滅ぼされ、妻を、自分をボロボロにされ、小さな幸せまでうばわれて……せめてもの幸せを探した結果がこれかよ。
 なんでだよ!なんでなんだよ!!くそぉぉぉぉっ!!!!
 ………生きたい。
 どんな形でもいい。あいつらを殲滅できる圧倒的な力が欲しい。そのためならどんな代償でも払う。こんな生命でよけりゃくれてやる。だから。
 
   だから!
 
「…力が欲しいの?なぜ?」
「!?」
 いきなり背後で響いた女の声に、俺は振り返ろうとした。
「!!…」
 思うように動けない。こんなとこまでイカれちまってるのか。
「あぁ無理しないの。苦しいだけよ」
「…誰だ、貴様」
「あら、ご挨拶ね」
 女の声は、のほほんと続く。
「ひとんちの庭先に、その機動兵器とおっこちて来たのは貴方でしょ?いったい何事かと思ったわよ」
「…庭先?」
 視界に写る範囲のものを見る。…が、ただの山の中だ。
「ここからじゃ建物は見えないわ。彼の趣味でね、目立たないように建ててあるの。ここいら一帯が庭みたいなものよ」
「……」
 ふざけてる。そうとしか思えない。いくらなんでも今どき、こんな山奥で暮らす酔狂がいるか?隠者が隠遁暮らしするのは物語だけの話だ。
「そんな事より答えなさい。いったい何があったの?」
「…は?」
 な…なんなんだこの女?
「あなた、存在自体がひどく不自然だわ。どこか別世界の住人ね?どうやってこの世界に来たの?」
「……はぁ!?」
 な!?
「は、じゃないの。あぁ、ちょっと待って。わかった。何か込み入った事情なわけね。…悪いけどちょっと見せてもらうわ」
 すりすり、と頭を何かがなでる。感覚が鈍いのでよくわからないが…女の手だろうか?
「はぁ…なるほどね。異星文明の遺産、か。時間も空間も越える技術とは凄いわね。人間が本来感知できない時空間の移動なのに、発動と制御に人間の意志が関わるっていうのも凄くユニークだわ。何か魔術的なものも感じる。なんだか久しぶりに興味が湧いて来たわね」
「!!」
 どうして!?
「あぁ心配しないで。私は貴方の敵じゃないわ。知ってるんじゃない。わかるのよ。貴方の脳から情報を引き出した、と言えばわかるかしら?そういう力が私にはあるのよ」
「…なんだ?いったいなんなんだおまえ」
 よくわからない。いったいなんなんだこいつ?
「なんなんだって言われても…困ったわね。今は科学万能の時代だし、私が誰か説明しても貴方、きっと信じちゃくれないわ。
 それより…事情はわかったけど、本当に力がほしいの?」
「…は?」
 な、何言いだすんだこの女?
 いや、それどころじゃない。ここにはあの無人兵器たちが迫ってるんだ。何者か知らないがこのままだと…
「それよりすぐ逃げろ」
「え?」
「空を見ろ。バッタとジョロの大群が来てるだろ?狙いは俺だ。とばっちり食うぞ」
 ていうか、現時点でたぶんこの女も狙われてるだろう。逃げなくちゃ間違いなくやられる。
「あぁ、あれ。…そう。あれはここを狙ってるのね」
「は?」
 なんだ?女の声にどこか、怖い感じが混じってきたぞ?
「ここは、私の志貴が眠る七夜の森。あんなガラクタの好きになんかさせないわ」
 女は立ち上がったらしい。少し声が遠くなる。
「…ざっと見て…2783機、か。そんなものでこの森に攻めてくるなんて随分とナメられたものね。ま、知らないんだから仕方ないか」
 女の声は、あくまで平穏だ。だけど、怒りを感じる。感覚がないはずの肌に、ぴりぴり来るものを感じる。
「貴方」
「え?」
「貴方も見てなさい。そして、自分で判断なさい。
 私はきっと、貴方の欲する『力』を持ってる。もし貴方が欲するなら、全部は無理だけど少しくらいなら貴方が使えるようにしてあげる事もできると思うわ。
 けど、それには代償がつく。とても、とても高い代償がね。ひとの世界で、ひととして暮らしたい貴方にはとても耐えられないかもしれない」
「……」
 この女の言う事は、よくわからない。
 だが、初対面で俺の記憶を読み、俺が逆行者である事まで言い当てた女だ。それなりの理屈なり理由があるんだろう。そう判断した。
「…わかった。ここで見てる」
「そ。…できれば私としては、このまま安らかに眠った方が貴方の幸せとは思うけどね。
 貴方の人生は見せてもらった。大変だったわね。そんな世界の中で、よくそこまで素直に生きられたものだわ。賞讃に値するわよ」
「…素直?俺が?まさか。俺は犯罪者だぞ?事情があるとはいえ」
「あは、関係ないわよそんなもの。
 だいたい、その犯罪者ってのも大部分は濡れ衣じゃない。奥さんと娘のために戦った。それだけよ。復讐に燃えるあまり自分を見失ったのだって、素直な証拠だわ。それでも貴方はあがいた。時を越えてまで、もう一度やりなおそうとした。知らないふりして奥さんと娘さんを口説いて、事件と関わらないような暮らしを探す事だって不可能じゃなかったはずなのに。」
「……」
 驚いた。そんな事までわかるのか。
「私、貴方が気に入ったわ。」
「え?」
「貴方は志貴に…あぁ、私の最初で最後の連れ合いね。彼にどこか似てる。きっと志貴も貴方と同じ人生を歩めば同じ事したと思う。
 だから、決めなさい。自分がどうしたいかを。私のやる事を見て、ね」
 女の声が前に動いて…俺の視界に女の姿が写った。
「…」
 綺麗な金髪の女だった。白人だろうか。白いタートルネックのセーター。焦茶のスカート。華奢な革靴。こんな山中で暮らしているとは思えない、とてもお気楽な格好だ。
「…」
 女は、空を見上げてつぶやいた。
「星まで行くほどの力を持っても、それでも人間は変わらない。世界を敵に回し続け、くだらない事を続ける。…悲しいことだわ。
 けど、ここだけは手だしさせない。
 ここは志貴が生まれた土地。私と志貴が結婚して、家を建てた土地。子供達を育て、旅立たせた土地。そして…逝く志貴を最後に見送った土地。
 二百年近くも過ぎた。でも私は忘れない。志貴の笑顔、志貴の声。志貴のぬくもり。忘れない限り、私は人形には戻らない。このまま生きて、いつか生きられなくなったら永遠に眠る。志貴の思い出だけを抱えて。」
 女の声が、厳かに響く。
 内容はほとんど理解できない。でも、彼女がその「シキ」という男を今もどれほど愛しているかはわかった。伝わってくるんだ。うまく説明できないけど、彼女の心象風景というか、そういうものが俺の脳裏にも拡がっていて、俺にもそれが理解できた。
 長い、長い時の果てに得た運命の出会い。不思議な瞳をもつ少年。
 彼女は、日本人の男の子と結婚したんだ。そして幸せに暮らし、彼を見送った。紅い瞳を持つ子供たちは世界に散り、彼女はひとり、ゆったりと終末までの時間、静かに暮らす事を選んだ。歳老いた者が静かに余生を送るように。
 …って、紅い瞳???
「…テンカワアキト、で合ってるのかしら?」
「…ああ」
 もう何も言うまい。この不思議な女なら、何がわかってもおかしくはない。理屈じゃなくわかる。
「この世界は貴方の世界ではない。それでも残党狩りとやらを続けるの?」
「…ああ、そうだ。
 世界を変えようなんて傲慢な事はもう考えない。それはもう無理だとわかった。
 でも俺は止められない。止める気もない。あいつらを消す事を!!」
「…そう。だったら、今から私がやる事を見なさい。そして、もう少しだけ考えなさい。
 このままだと、貴方はここで死ぬわ。その身体ではどのみち、まもなく生命活動が停止するもの。そして私は人間の医術を知らない。志貴の身体の事で少しは学んだけど、貴方のそれは志貴のそれとは違うから。
 だから、力をあげるという事は、貴方が人間でなくなるという事。死徒にするつもりはないけど間違いなく人間のままじゃいられないわ。私は特殊な力があるけど魔術師でも魔法使いでもないから、あたらしい貴方の身体を作ってあげる、なんて器用な事もできないし、意志はあっても貴方の生命力じゃ、力のある幻想種や魔獣を植えつけたりしたら逆に貴方が取りこまれて消えるだけだし。」
「…すまん。何を言ってるのか俺にはさっぱりなんだか」
「あぁ、ごめんね。貴方にこんな話してもわからないか。
 とにかく、これだけは忘れないで。力を得れば貴方の望みはきっと果たせる。けど、奥さん…ユリカさんだっけ?彼女に愛して貰う事はもうできないかもしれない。それどころか、化け物と呼ばれて敵視される可能性が大きい。そういう事よ」
「……」
「わかったら、そこで見てなさい。千年生きた真祖の力、その片鱗を見せてあげるから」
「…シンソ?なんだそれは?」
「説明したところでわからないと思うわ。ま、見てなさい」
 女はそう言うと、再び上空を見据えた。
「……操られ、動くだけの機械の群れ、か。私もかつては似たようなものだったかもね」
 女の表情はわからない。けれど、寂しそうに、悲しそうにその声は聞こえた。
「単に破壊するのはたやすい。けど、七夜の森に落ちて山火事なんて起こされたら嫌だものね。
 志貴が死んで以来、ざっと180年ぶりのお披露目か。感謝しなさいねあんたたち。
 ……消えなさい!!!!!」
 女がそう言って、空に向かって、スッと手をすべらせたその瞬間、
「!?」
 
   空がいきなり、ぐしゃりと潰れた。
 
 いや、潰れたという表現は正しくない。空全体が一瞬、シュレッダーにかけられた紙のようにザクザクの千切りになったんだ。それはバッタの大群をひとつ残らず飲み込んだけど別に爆発とかの音は一切しない。赤い光がいくつか見えたけどあれは爆発か。そのエネルギーもこっちには感じない。ものすごく遠方の花火を見るようなものだった。
 一瞬の後、空は何もなかったような青空になっていた。
「……なんだ、今のは」
 相転移砲?馬鹿な違う。そんなものでない事は俺にだってわかる。なんなんだこの、言語同断の破壊力は?
 いや、そもそも…破壊、なのかこれは?
 叢雲の如く拡がっていたバッタたちが、カケラも残さず消えてしまった。炎ひとつ、煙ひとつ残ってない。ただ忽然と消えたようにしか見えない。
「…空想具現化(マーブル・ファンタズム)。私の力よ」
「…な…」
 女は俺の方に向き直った。
 凄まじく美しい女だった。イネスに少し似た、しかしイネスよりずっと繊細でしなやかなブロンド。その髪は腰まで伸びている。現実感がなくなるほどの美女だった。
 …だが、それより特徴的なのは、その目。
「…深紅の瞳?」
 何か凶々しい、ゾッとさせるほどの紅の瞳だった。
 本能的に俺は悟った。これはまともじゃない。こいつは人間じゃない、と。理屈ではない。確かに違うのだこいつは。こんな人間がいるわけがない。
「…あ」
 だが、その瞳はしばらくすると凶々しさをなくし、ちょっと赤いけど普通の女性に近いそれになった。
「改めて自己紹介するわ。私の名はアルクェイド・ブリュンスタッド。12世紀に生まれ生きてきた真祖。あなたたちの言葉で言う、吸血鬼よ」
「……は?」
 女の奇想天外な自己紹介に、俺は、ぽかーんとしていた。



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system