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来訪

 ちょっとだけ話は過去に戻る。
 
 初冬。僕がすべてをかけた、あのカミングアウトから少しの時間が過ぎていた。
 あの告白で背負っていたのは僕だけじゃなかった。たとえば夢子ちゃんの事もそうだ。異性なのに同性の大切な友達、そんな不思議な関係の彼女の悲劇……まぁ元々は彼女の自業自得とも言えるんだけど、だけど自分のすべてをかけていたという点では僕にとても近い立場だった彼女は、僕にはとても他人ごととは思えなかった。
 だからあの後、夢子ちゃんにお礼を言われた時にもピンとこなかった。だって客観的にみれば、僕は僕自身の大問題のついでに夢子ちゃんを助けたにすぎない。だから僕自身としてはそんなすごい事をしたとは思ってなかったんだ。夢破れて凹んだ夢子ちゃんが笑顔を取り戻して、また……いや悪巧みはもうなしで、でも自信たっぷりに不敵に笑うほうが夢子ちゃんは似合ってると思うんだ。
 まぁ夢子ちゃんの話は置いといて。
 あれから色々な事が変わった。そりゃそうだ、昨日まで女の子としてトップアイドルやっていた人間が、実は僕男なんですなんて言っちゃったんだから当然といえば当然。あの時は本当に見たこともきいた事もないほどの大騒ぎになった。すべてを失う事だって覚悟していた僕自身は武田さんに言われたように泰然と構えていたんだけど、もちろん内心はドキドキだった。まぁ、絵理ちゃんと愛ちゃんに脱がされた時はさすがに焦ったけど。
 だけど。
 だけど、一番計算外だったのは……。
「びっくりするほど変わってないんだよな……色々と」
 そう。ひととおり事態が落ち着いてみて気づいたんだけど、当初の僕の予想と現実はずいぶんと違っていた。簡単にいえば、思わず首をかしげてしまうほどに「あまり変わらない、あるいは全く変わらない」事が多かったんだ。ファンのみんな、仕事、学校。何もかもめちゃくちゃになってもおかしくなかったはずなのに、どれもこれも正直気味が悪いほど普通というか大きな変化もなかった。
 たとえばファンのみんな。女の子のファンがすごく増えてくれたのは嬉しいけど、男の子のファンが減るどころか増えてるような気がするのはどういう事だろう?
 たとえばお仕事。レギュラーの番組が欠けるどころか仕事の内容まで変わりなしってどういう事だろう?どう見てもアシスタントの女の子ポジのお仕事とか本当にいいの?いや、でも現場のスタッフの皆さんは「うん、問題ないと思うよ?」ってにこにこ笑うだけだし。
 たとえば学校。聞けばさすがに学校は大変だったそうなんだけど、これは谷山君やクラスのみんなが中心になっておかしな雰囲気をただそうと奮闘してくれたらしい。さすがに平謝りした。けど、クラスメートなんだから気にするな、気にしないでと笑う皆の笑顔が気味が悪いほど爽やかだったのがちょっとひっかかったなぁ。いやまぁその、告白してくる男の子の数まで以前のままだとか次の文化祭でやっぱりメイドさん確定とか、そういうとこまでそのまんまなのは思わず天を仰いでしまったんだけどさ。僕、そういうのに危険を感じてアイドル目指したはずなのに。
 まったく、世の中どうなってるんだろう。
 さて、そろそろ現実に立ち戻ろうか。
 ここは僕の部屋で、今は朝。久しぶり、本当に久しぶりのオフの朝だ。カミングアウトからこっち今まで以上に忙しかったから、休日にこんな朝を迎えるのも実に久しぶりだったんだけど。
「しかし驚いたな」
 異様な静けさと寒さ。窓の外を見た僕は思わず絶句してしまった。
 それは単に「静か」なのではない。むしろ、すべての音を吸ってしまうような異様な無音感。
 そう。
 なんと、窓の外は雪、それも雪国なみのとんでもない大雪だった。風も全く吹いていない世界に、現在進行形で音もなく雪が延々と振り続けている。
 さすがに驚いた。
 これ、季節外れどころの話じゃないよ。完全に異常気象だよね?いくらなんでもまだクリスマスにだって早いし、ここは雪国じゃないってのに。いったい何が……?
 とりあえず起きよう。
 携帯をまずチェックする。どうやら生きてるっぽい。メールがきているようだ。エアコンをつけて簡単に服をひっかけると、ベッドに腰掛けてみてみる。
 社長から、それから夢子ちゃん、愛ちゃん、絵理ちゃんからもきてる。どれどれ。
『涼、今日はこの雪で開店休業状態よ。さいわい貴方は久しぶりの休日だし、こちらの事は気にせずゆっくり休みなさい。ただ時間の空いた時でいいから愛と絵理に一度連絡してみてもらえるかしら』
 ん?社長にしては歯に何かが挟まったような言い方だな?
 エアコンが効いてくるには時間がかかりそうなので、こたつを出した。暖まるのを待ちながら、社長に「何かありましたか」と返信してみる。
 応答はすぐに来た。
「連絡がとれない?なるほど」
 ふたりとも今日の仕事は同じところだったらしい。この近くのスタジオなんだけど、肝心のスタッフがこの凄まじい悪天候で全く集まらず順延。その事と本日休みを伝えようとしたんだけど、ふたりとも連絡がつかないって事らしい。
『外は私たちとスタッフで押さえるから涼、あなたはメールか電話で連絡してみてちょうだい』
 僕は出るな、か。久しぶりの休みなのだからそっちを優先しなさいって事だな。
 確かに、真綿のような睡魔が未だ全身に絡みついている。溜まりに溜まった疲労が休養を欲している。
 トップアイドルになってからこっち、干されてる時以外はほとんど休みなしだったからなぁ。特に最近は何度か社長にも疲労っぷりを指摘されていた。今日の休みもそのために急遽とられたものだし。なるほど、休んでほしいという社長の言葉も無理はない。
 だけどふたりが心配なのも事実。どうしよう?
 とりあえず社長の言うように二人に『何してるの?』とメールしてみた。それで何かわかれば言うことはない。
 こっちもすぐに返事がきた。最初は絵理ちゃんから。
『歩いてる?外に出てからお休みの連絡受けた?涼さん、今は家にいるの?』
 ふうむ。すると社長に連絡はついたのかな?
 うちにいると返信した。
 ほどなくして愛ちゃんからもメールがきた。
「お」
 絵理ちゃんと無事合流したらしい。事務所に戻ろうにも電車もバスも止まっているし急遽お休みで戻る必要もないから、とりあえず手近な休めるところに移動中らしい。
「……手近な休めるところ?」
 なんだろう。嫌な予感がひしひしとするんだけど?
 とりあえず夢子ちゃんに安否メールを流しておく。夢子ちゃんは今日は西の方にいて安全らしい。僕も僕のまわりの人たちも大丈夫だと返した。
 ついでに社長にも愛ちゃんからのメールの内容を転送して安否を伝え、さて僕も何か食べようかと思った次の瞬間、
「え?」
 呼び鈴がなった。
 こんな日のこんな時間に?誰だ?……いや、いやいやいやちょっと待って。
 で、その嫌な予感は大当たりだった。
「りょうさーん!」
 うわぁぁぁ、やっぱり愛ちゃんだ。ま、まさかっ!
 慌てて玄関にかけ出して覗き窓を見てみる。
「……」
 果たして、そこにはニコニコとこちらに手をふる絵理ちゃんの顔もあったんだ。



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