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孤高の戦士(下)

(警告・グロな描写があります)
 
「いかん!さがれウルトラマン!」
「まだよ、まだ死んでないわ!」
 じっと見ていたフクベが警告を発し、ムネタケが叫んだ。
「え?」
 ユリカが眉を寄せた次の瞬間、
『……』
 沈黙している首なしのバルタン星人から、何かスモッグのようなものが物凄い勢いで吹き出しウルトラマンに襲いかかった。
「!」
 刹那、ビクビクっとラピスの身体が激しく痙攣した。
「ラピス!?」
「ラピスちゃん!?」
 ラピスはそのまま、ルリサイズの椅子に埋もれるようにして気絶した。
 
 ふと気づくと、アキトは暗い場所にいた。
 錆びた金属の匂いがした。どこからかそれは血臭と混じっていたのだが、錆の臭いとないまぜになり、その境界をアキトは感じることができなかった。
『それは!人類の未来のため!』
 ふと唐突に、そんな声が聞こえた気がした。
「……ここはどこだ」
 今は戦闘中のはずだ、とウルトラマンとしての自分が警告を発する。この状況はおかしい、確かめろとアキトの中の何かが叫びをあげる。
 自分はいったい、どうなってしまったのか。
 アキトは立ちあがり、歩きだした。
 そこは廊下だった。じっと目をこらしたアキトはその場所に気づいた。
「市民船の廃墟?」
 そう。木連の市民船だ。
 人々が火星などに移住した後の市民船にアキトは来たことがあった。それは火星の後継者の探索であり、もう戻れない過去という名の未来のことだったのだが。
『さぁ、みんなで叫ぼう!正義はひとつだ!』
『レッツ!ゲキガイン!』
 あるはずのない幻聴が聞こえる。いないはずの歓呼の声が響く。耳が痛いほどに。
 いったい、何が起きている?
 目の前に扉があった。いったいいつのまに現れたのか。
 アキトは躊躇しつつその扉を開き、
「!」
 そして、固まった。
 
 もういない群集がそこにいた。
 いないというのは、既に彼らが死者だからだ。腕がもげ首が曲がり、あるいは黒く変色した血にまみれていた。一様におぞましいほどの屍臭を放ち、中には半分骨になっている者までいる始末だった。
 それが見渡す限り、広大な空間に満ち満ちていた。
「……」
 アキトはその奇怪な『群集』を凍った思考のままぐるりと眺めて、そしてそれに気づいた。
「草壁……春樹」
 そこには、ずるずると腐肉をひきずりつつ叫ぶ草壁がいた。
 眼窩から蛆がこぼれ落ちた。既に骨だけになった指を突き出し空を指さす。
『正義は我らにあり!悪の地球人たちをうち倒すのだ!さぁ、もういちど叫ぼう!』
『レッツ、ゲキガイン!』
 ごぶぁ、と蛆だらけの真っ黒な血液がこぼれた。腐りきった血液から総毛立つほどの凄まじい異臭がひろがった。
 おぉ、うぉぉぉ!と死体の群れたちがその声に応えて雄叫びをあげる。
「……なんだこれは」
 アキトの顔は蒼白を通り越して白くさえあった。
「なんなんだこれは!」
 ぴしゃり、と腐った血が足元で跳ねた。
《マイナスエネルギーのようだな》
 アキトの中で冷静な「何か」が告げた。
「マイナス……エネルギーだと?」
 ああそうだ、とそれはアキトの声に応えた。
《人間の心がもつ負の感情のエネルギーだ。昔、同胞の報告書で読んだものでワタシも目にするのは初めてだが、おそらく間違いないだろう。
 地球圏に攻め込もうと気炎をあげる彼らを誰かが利用したのだろう。彼らはその情熱も怨念も全てそのまま、地球に対する強大なマイナスエネルギーとして固定されてしまったのだろうな》
 それは淡々と語ってはいるが、憤慨とも憐憫ともつかない感情を滲ませていた。
「そんなものが物理的エネルギーを持つというのか?」
《条件さえ揃えばな。かつては、たったひとりのマイナスエネルギーが怪獣をも呼び寄せ、小さな人形をウルトラマンもどきの巨人に変えたという》
「馬鹿いえ、そんなことありうるもんか」
 アキトは首をふった。
《……俺の時には何も起こらなかったのに、かね?》
「!」
 声の語りに、アキトはギョッとして顔色を変えた。
《きみの言いたいことはわかる。だがワタシにもそれはわからない。ワタシはそちらの専門家ではないのだからね。
 強いていえば世界が違うから、かもしれないな》
「世界が違う?」
 そうだ、と声は頷いた。
《きみの世界にはウルトラマンは存在しなかったし、たくさんの異星人が攻めてきたりもしていなかったのだろう?
 これほどの違いがあるのだ。これも差異のうちなのかもしれない》
「……」
 納得できない、という顔でアキトはうつむいた。
《まぁ詳しくはワタシにもわからない。だがこれだけはわかる。あのバルタン星人も被害者なのだろうな》
「……どういうことだ?」
《彼らがこの事態を引き起こしたのか、あるいは興味をもって調査にきたのかはわからない。だが結果として彼らはこのエネルギーに汚染されてしまったんだろう。
 地球人は弱い生命体だ。だが地球人の感情がもつエネルギーはおそるべき力を秘めているんだよ。この通りね。
 彼らはそれを甘く見た。迂闊に近付いた途端、取り込まれて怨念に支配されてしまったんだろうな。おそらく彼らはそれが自分の意志なのか、操られた結果なのかもわからなくなっていたに違いない》
「……」
 アキトは呆然と、うごめくおぞましい死体の群れを見た。
《打ち破るのだ、テンカワアキト》
 声は響いている。
《きみがここに引き込まれたのは、きみにも同じ闇があるからだ。……そしてワタシもな》
「!」
 その声のもつ意味に、アキトは目を剥いた。
《この闇は我々でもあるのだ、テンカワアキト。そしてきみはそれを打破せねばならない。きみを待つ大切な人々のために》
「……無理だ」
 アキトは怯えていた。なかば腰が引けていた。
《やるのだ、テンカワアキト》
「……できない」
 ぼそ、とアキトはつぶやいた。
 声のいうことは確かに正しかった。ある意味この闇はアキト自身の一部でもあった。だからこそアキトは、ここに取り込まれてしまった。
 アキトの耳に、自ら殺してきた者たちの声が聞こえる。
(いやだ、いやだぁぁ、助けて助けてくれ!)
(おまえは、そう言って泣く罪もない人々に何をした?俺やユリカに何をした?)
 助けを乞う者たちの頭を撃ち抜いた。頭蓋がふっ飛び脳漿が飛び散った。
 おぞましい光景を前に、復讐の昏い悦楽に酔っていたアキト。
(憎しみなど何も生み出さぬ。無力な復讐人よ、悪いことは言わぬから諦めよ。生き延びたことを幸運と思い生きるがよい)
(ふざけるな北辰!俺は、俺は貴様らを絶対許さない!!)
 全身を暗い怒りに染め、立ち塞がる者は老若男女おかまいなしに皆殺しにしてきたアキト。
 その怨念とこの目の前の地獄に、どれだけの違いがあるというのか?
「そんなこと……俺にはできない!」
 じり、と後ろに少しだけ下がったところで、
『おにいちゃん』
「!」
 アキトはその声にギョッとして、そして振り向いた。
 そこにはなかば白骨化し、石のないペンダントをぶらさげたひとりの少女がいた。笑っているのだろうか、しかし唇もほとんどないので表情がわからない。
「アイちゃん!?そんなばかな!」
 イネスはネルガルで治療中のはずだ。なぜ彼女がここにいる?
 唖然としたアキトの中で、冷徹な声が響く。
《それはワタシのせいだろう。すまない》
「どういうことだ!?」
《きみとワタシが出会った時、それは起きたのだろう。
 もともときみとワタシは別の世界の存在だった。きみの世界にはウルトラマンなどというものは存在せず、またワタシの世界にも古代火星遺跡やボソン・ジャンプなどとよばれるものは存在しなかったのだから。ささいな偶然と歪んだ空間、それが本来交わらない存在のワタシときみを軸に結び付いた。新しい確率世界がひとつ生まれてしまったのだ。
 全ては推測にすぎない。だがおそらくこれは事実だ。きみとワタシがはじめて会話したあの時、すでにこうなることは決定事項だったに違いない》
 アキトは愕然として、なかば白骨になっている少女を見ている。
「じゃあ……この世界のアイちゃんは」
 声は小さくためいきをついた。
《きみの想像通りでほぼ間違いあるまい。
 ワタシときみのふたつの世界が交わる時、ほとんどはそのまま新たな世界にも複写された。だが『アイちゃん』はたまたまその両方の世界に接点があったのだろう。過去におけるボソンジャンプのせいかもしれないな。
 ゆえに彼女は致命的なタイムパラドックスを内包してしまい、結果としてふたつに分かれてしまった。このようにな》
「……」
 がっくりとアキトは、少女の前にひざをついた。
「……じゃあ結局、全部俺のせいじゃないかよ」
 ゆっくりとアキトのまわりに周囲の闇が侵蝕をはじめていた。
「とうとうアイちゃんまで……アイちゃんまで!」
《違う、それは違うのだテンカワアキト。きみのせいではない》
 その声は届かない。アキトはゆっくりと闇に包まれていく。
 
「!」
 ピク、とその瞬間、艦長席のユリカが反応した。
「違うアキト!そうじゃないの!」
「ゆ、ユリカ!?」
「負けちゃだめだよアキト!ファイト!」
 ついさっきまでセリフもなく空気同然だった青年が、突然に叫びだしたユリカに目を点にした。
 ナデシコの前には立ったままの首なしのバルタン星人、そして黒い雲のようなものに包まれ固まっているウルトラマンがいる。ブリッジの皆はウルトラマンに起きた異常事態に言葉をなくし、呆然とその事態を見守っていたのだが。
 突然に動き出したユリカは、ばんっと艦長席のパネルを叩いた。
「ミサイル照準変更!目標、ウルトラマン!一発でかまいません!」
「な……!」
 驚いたのは周囲の面々だった。
「ばかな!スペシウム弾頭をウルトラマンに撃ち込むというのか!」
「それくらいじゃアキトは死にません!気つけ薬です!」
 なんとも過激な気つけ薬もあったものだ。
「ルリちゃん!ラピスちゃんは」
「まだ失神してます」
 たぶん『原因』が回復するまで動けないでしょう、とルリは小さくつぶやいた。
 だがその声をユリカはまるで聞こえているかのように、
「うんわかった。ルリちゃん、ミサイル制御を引き継げるかな?」
「わかりました……どうぞ」
 さすがに早い。自分の船だけあってルリはその全てを把握している。
 ユリカはそれに頷くと、
「スペシウム弾頭弾発射!」
「発射します」
 ドン、という発射音がしてナデシコが揺れた。
 通常のミサイルではえりえない奇妙な軌跡を描いてミサイルが飛ぶ。弾頭となっている物質スペシウムのせいだ。この物質を人類はミサイルの弾頭にすることまではできたが、その根本的な性質は未だに理解しきれていない。
「ってルリちゃんどこ狙ってるの!」
 発射の瞬間、行き先に気づいたユリカが『げっ!』という顔をした。
 だがもう遅い。そのままミサイルはウルトラマンの後頭部に突っ込んで行き、ものの見事に命中した。
 ──ドン。
『ダァッッ!』
 人間でいえば、後頭部を木材でぶん殴られたようなものだろう。ウルトラマンは笑えるほど見事に前のめりにひっくりかえった。そのまま「グオォォォッ!」とか言いながらのたうち回る。
「な……なんか間抜けな光景ねえ」
 ぼそり、と操舵席でハルカミナトが苦笑いする。反対側の通信席でも、メグミが「笑っていいのかなぁ?でも悪いなぁ」というような複雑な顔で巨大なウルトラマンを見ている。
「……実害はきっとありませんよ」
 ルリがちょっと困ったように言った。
 そりゃないだろう。人間のスペシウム弾頭くらいでウルトラマンがどうにかなるわけがない。
「でも痛そうだよ!ルリちゃん、め!」
「命令したのはユリカさんですが」
「背中にあてればいいじゃない!どうしてわざわざ頭を狙うの?」
 いかにウルトラマンでも頭は小さい。わざわざミサイルで狙うべき場所ではないだろう。
 加えてその背中は強靭だ。なにしろ数万トンとも言われる巨体を支えているのだから。たかがミサイル一発でどうなるものでもないだろうとユリカは予測していたわけだ。
「人型の生命体ですから。後頭部をぶん殴れば目覚しには最適かと」
「効きすぎ!弱くてもミサイルだよ?」
「ちょっとあんたたち!戦闘中にほのぼの会話すんじゃないわよ!」
「あ、はい」
「すみません」
 ムネタケが呆れたように突っ込み、ユリカたちは素直に謝った。
「それより見なさい、バルタンが動き出したわよ!」
 首無しバルタンが活動を再開していた。
 それは先刻の動きとは違っていた。何かに操られるかのように機械的に、まっすぐ両手をもがいているウルトラマンに向ける。バルタンの上半身が何か黒い波動のようなもので満たされ始める。
「やられる!」
「ミサイル照準変更!バルタン星人の胴体へ!全弾発射!」
「了解」
 だがナデシコがそれを発射する前に、
『スペシウム弾頭弾、発射(ファイヤー)!』
 そんな暑苦しい声と共に、バルタン星人の背中にミサイルが撃ち込まれた。
 頭がないことでバランスがおかしいのか、バルタン星人はその一撃であっさりとひっくりかえった。
「え?今の誰?」
 ユリカが驚いた次の瞬間、
「ヤマダさんです。ヤマダ機戦線復帰。あれです」
 ルリの言う通り、バルタンに近い場所の建築物の上にヤマダのエステバリスが立っていた。
 大きなロケットランチャーを構えて。
 そして通信に声が響いた。
『起きろウルトラマン!バルタンはまだ倒れちゃいねえぞ!』
 
 ウルトラマンが現れた時、ヤマダは即座に行動をはじめた。元防衛隊としての責務にしたがって。
 急いで佐世保ドックに向かった。おりしも周囲の目は完全にウルトラマンとバルタン星人に向いており、誰も戦闘から離脱したピンクのエステバリスに注目なんかしていない。
 倉庫に駆けつけたヤマダはハッチを開き、警備員に呼びかけた。
「防衛隊予備役ヤマダジロウ。緊急事態だ!対異星人用スペシウムランチャーを貸せ!」
「わかった、案内する」
 うむと頷き、ヤマダはエステバリスごと警備員に続いて中に入った。
 宇宙人の脅威にさらされているこの世界では、兵器を扱うところ必ず予備の対宇宙人装備を一式置いてある。大抵は個人利用のできない機動兵器用なのだがエステバリスなら問題ない。怪獣や宇宙人の出現中ならば特例として、現場の判断で所属を越えて提供していいことになっていた。それはいわば戦時特例であるが、それほどまでに地球の状況は常に深刻だったのだろう。
 ナデシコでスペシウム弾頭を目ざとく発見していたヤマダは、もちろん置いているだろうと判断していたのだが。
「これだ。ウルトラマンを頼む」
「おう!任せろ!」
 さすがネルガル、新品じゃねえかと驚きつつもヤマダはそれをエステバリスで担いだ。
「おまえらも避難しとけ。あのバルタンは普通じゃねえ、何が起きるかわからねえぞ」
「わかった。感謝する」
 そんなわけでヤマダは再び飛び出した。
 手近な建物に飛び乗った時、ウルトラマンは黒い霧に包まれていた。バルタンは首のないまま直立していたが、巨大な二足歩行生物であるバルタン星人がまだ倒れてないことにヤマダは眉をしかめた。
「野郎、まだ死んでねえのか。どういうことだ」
 相手は万トン単位の巨大生物だ。死ねば当然だが自重で昏倒する。それがないということは?
 注意深くヤマダは周囲を観察する。
 最悪の場合、あのバルタンは遠隔制御という可能性もある。どこかで別の異星人がバルタン星人を操っており、こちらの隙を狙っているという構図だ。長い宇宙人との戦いの歴史では、生命のない泥の塊を念動力で動かして怪獣とする異星人の存在も確認されていたから。
 だがその時、ナデシコがウルトラマンを撃った。スペシウム弾頭で。
「……おいおい無茶すんなよ」
 おそらくは黒い霧をはらうためだろうが、なんて乱暴な。
 だが、その一撃でウルトラマンから霧が離れた。当人は可哀想に痛そうにもがいているが、変な霧に包まれたわけのわからない状況よりは千倍ましというものだろう。
 とりあえずウルトラマンは問題ない。
「ち、やっぱり死んだふりかよ」
 首のないまま動き出したバルタン星人に、ヤマダはケッと毒舌を吐いた。
 ウルトラマンは確かに強い。だが意外に純朴な性格で敵の奸計には弱い──それはヤマダが防衛隊時代に老齢の上司に聞いたことだった。あまりの強さゆえか、彼らは人類ほど性格が捻くれていない。それは長所ではあるのだが、危険な宇宙人相手には弱点となりうると。
 だから、自分たち防衛隊がいるのだと。
「待ってろウルトラマン、俺たちがついてる限りおまえには負けさせない!」
 戦地に返り咲いたヒーローの顔でヤマダは言った。
 巨大なランチャーを構え、それをバルタン星人に向けた。危険物発射時のセオリーに従って通信をオープンにする。
「スペシウム弾頭弾、発射(ファイヤー)!!」
 ドン、と凄まじい衝撃がきて、ミサイルが発射された。
 ミサイルは黒い軌跡を描いてバルタン星人の背中に飛び、ものの見事に命中した。よっしゃ、とガッツポーズを決めるヤマダ。
「起きろウルトラマン!バルタンはまだ倒れちゃいねえぞ!」
 
《違うアキト!そうじゃないの!》
 突然にその声は響いた。
《負けちゃだめだよアキト!ファイト!》
 それはミスマルユリカの声だった。ユリカの声はまるでアキトのすぐ隣にいるかのように優しく、そして強くアキトに呼びかけた。
「!」
 その声にものの見事にアキトは反応した。よろよろと立ちあがり、闇を払おうと力なくもがきはじめる。
 それはかつての、傷ついてぼろぼろの王子様の姿。
《……》
 先ほどまでの声は何か言いかけたようだが、結局何も言わなかった。ただ雰囲気はしっかりとアキトにも伝わった。
 『それでいいのだ、行きたまえテンカワアキト』と。
「……俺は」
 アキトはゆっくりと、歩く死体のままじっと立っているアイちゃんを見た。 
「アイちゃん」
 不思議そうに首をかしげたアイちゃん。その動きはアキトの知る生前の彼女とまったく変わらない。
「ごめんなアイちゃん、俺はきみと一緒にはいられない」
 アキトの身体から光があふれ出した。
《起きろウルトラマン!バルタンはまだ倒れちゃいねえぞ!》
 ガイの声がした。立ち上がれ、立って戦えと叱咤する声だった。
「俺はまだ……俺はまだやることがあるんだ!!」
 突如、闇が裂けた。
 
 うごめいていたウルトラマンの身体が、突如として炎に包まれた。
 激しい闘志だった。ウルトラマンとしての強大な生命力、そして敵を残さず消滅させようという不滅の心が、その身体を猛烈な炎で燃え上がらせた。
 そして、ゆっくりと立ち上がった。
 その胸のカラータイマーもいつのまにか、赤く点滅をはじめている。膨大なエネルギー消費を暗示するかのように。
「まさか……ウルトラダイナマイト!?」
「いや違うな」
 驚くムネタケにフクベが冷静に返した。
「ウルトラダイナマイトは特別なウルトラマンにしか使えないという。彼にそこまでの能力はあるまい」
 ウルトラマンの炎を見たユリカも頷いた。
「グラビティブラスト発射準備!」
「了解」
 ウルトラマンの両手が真横に開いた。
 そして拳を握り、ぐぅぅぅっと踏ん張るように腕を前にもってきた。炎がそれにしたがい、全身から両腕に収束していく。
 炎は収束し、とうとうまばゆいばかりの強烈な光になった。
 同時にナデシコの前面にもグラビティ・ブラストのエネルギーが広がっていく。
「グラビティブラスト発射!てぇーっ!」
『タアーッ!!』
 そんなかけ声がウルトラマンから発せられた瞬間、その光は玉となりバルタンに襲いかかった。
 同時にナデシコからも強烈なグラビティ・ブラストウェイブが照射された。
 バルタンは凄まじい光と重力エネルギーに包まれたかと思うと、
『……!……!……!!』
 強烈な光とエネルギーの中で溶解するように、静かに消えていった。
 
「やったぁぁぁっ!」
 勝利と喜び、そして安堵の叫びがブリッジに響き渡った。
『アキトおつかれさま、ナデシコに収容するから戻ってきてくれる?ラピスちゃん待ってるよ』
 巨大なウルトラマンに普通に呼びかけているユリカにも皆はもう驚かない。目の前の喜びに浸っているようだ。フクベですらウンウンと満足げに頷いている。
「やれやれね。……ガイ、聞こえるかしら?」
 ブリッジモニターの端の方に、小さくヤマダの顔が写った。
『ようキノコ。すまねえが』
「さっきのランチャーの使用報告ね?あとでアタシの部屋に来なさい。そこで書けばいいわ」
『俺が書くのかよ!』
「使用者が書くのが当然でしょうが!」
『軍の規約を俺に押しつけるなよ!』
「いいからいらっしゃい!話もあるんだから!
 ったくもう、コーヒーくらい出してやるから。詳しい報告もその時に聞くわ。
 とにかく、今はおつかれさま」
『ああ、ありがとな。んじゃ、ヤマダ機只今から帰投する』
「ええ」
 にっこりと機嫌よさげに手をふるムネタケだった。
 実際にシリアスな話があるかどうかは疑わしい。どうせ旧交を温めて世間話でもするつもりなのだろう。やれやれとヤマダは頷き、だが礼の言葉だけは忘れなかった。
 やはり、ふたりは友人のようだった。
「あれ、音声通信です。艦長あてです」
「つないで、メグミちゃん」
 ユリカは「わかってるよ」といわんばかりに笑い正面モニターに向き直った。
 通信には映像はない。『サウンドオンリー』という文字、それに『ウルトラマンからの電波を要約しています』というオモイカネのテロップが流れているだけだ。
 ウルトラマンから、の文字に数人のクルーが目を丸くした。
 だが次の瞬間、皆は別の意味で驚いた。
『おいユリカ、いったいどういうことだ?どうしておまえがそこにいる?』
 巨大なウルトラマンとは別の意味で意外な声。若い男性の声だ。朗らかですらあった。
「どうしてって?ユリカはナデシコの艦長だよ?知ってるでしょ?アキト」
『違う!俺が言いたいのはそういうことじゃない!どうしておまえが俺を知ってるのかと』
「だってユリカはアキトの奥さんだよ?旦那様のいくところにはユリカもお供しなくちゃ!」
 ある意味女性差別的な発言を朗らかに言うユリカ。
『笑って言うことか!おまえ自分のやってることの意味わかってるのか?』
「あーひどいなアキト。アキトは私が邪魔なの?まさかウルトラマンになったら私が嫌いになっちゃったの?
 あ、もしかしてウルトラマンの可愛い女の子に浮気してるの?ダメだよアキト!」
『そんなこと言ってないだろうが!つーか曲解するな!』
 通信に呼応するかのように巨大なウルトラマンが頭をかいている。なんとも間抜けだ。
 ウルトラマンと痴話喧嘩する女、ミスマルユリカ。
 ついでにいうとこの通信は完全オープンだ。この通信はネルガル、軍、さらに遅れて駆けつけつつある防衛隊、ついでにマスコミにもしっかりキャッチされている。
「あー、おふたりともよろしいですか?」
 プロスペクターが朗らかに割り込んだ。
「細かいご事情はわかりませんが、どうやらテンカワさんは艦長から逃げておられたのですな。まぁわかります、なにしろウルトラマンですからねぇ。いろいろ問題もおありでしょうし。
 ですがそろそろ限界でしょう。カラータイマーの点滅も早くなってます。ふたりのお話は後でゆっくりしていただくとして、今は変身を解いてナデシコで休養なさっていただけますか?」
『待てプロスペクター。おまえもなんか誤解してないか?』
「いえいえテンカワさん、そんなことはありませんよ、ええ」
 絶対に誤解している。にこやかな笑みに下世話なものを滲ませていた。
「それよりテンカワさん、いいかげんにしないとラピスさんがおかんむりですよ?」
『……わかった。すぐ戻る』
 オペレータブースでラピスが不満げな顔をしているのに気づいたのだろう。それで通信は切れた。
 ブリッジは異様な沈黙に包まれていた。そりゃそうだろう。ウルトラマンの痴話喧嘩、あまりにもイメージとかけはなれた珍妙なものをまのあたりにしてしまった皆は、どう反応していいのかわからない。
 ついでにいうと、ユリカの横で影の薄い青年が真っ白になっているが……これはどうしようもないので放置しておく。
 実際、痴話喧嘩どころか修羅場を経験したウルトラマンだっているのだが……残念ながら人類の記録にはない。だからそれは知られていない。もちろんオープン回線でやらかしたのはユリカたちが史上初である。
 いろんな意味でそれはナデシコらしかったが。
 
「……はぁ」
 皆の喧騒のすみで、ルリは力なく椅子にもたれていた。
 ルリは震えていた。凄まじい場面の連続にずっと緊張していたのが、とうとう今になって解けたためだった。
 どうしたのだろう。身体に力が入らない。
 ふと、下着が湿っぽいのにルリは気づいた。
『ルリ』
 体調を気遣うようなオモイカネのウインドウが開いた。
『少し休んだ方がいい。ラピスに代わってもらって休息をとることをすすめます』
「今はだめ」
 ルリはオモイカネの言葉を切捨てた。
『ですが……まぁいいでしょう。何があっても後悔しませんね?』
「はい?何がですか?オモイカネ?」
『なんでもありません』
 そう言うと、オモイカネのウインドウは閉じてしまった。
「?」
 ルリは首をかしげた。
「アキト……」
 帰ってくるのが待ち遠しいのか、夢見るようなラピスの声が隣で響いた。



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