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孤高の戦士(中下)

 ウルトラマンは神ではない。どんな能力があろうと生物である事には変わりがない。
 事実、過去には憎しみのあまり復讐に走ったウルトラマンもいた。目的のためには手段を選ばないそのウルトラマンは、敵怪獣を倒すためなら街も人間も平気で犠牲にした。だがそうしたことが皮肉なことに人間たちにも「ウルトラマンとて人と同じ苦悩する生き物なのだ」という身近な印象を与える要因ともなった。
 その姿はある意味、黒いテロリストとなり復讐にあけくれたアキトの姿にも似ている。
 憎しみに燃えたウルトラマンはやがて光を取り戻した。彼は、彼を憎しみに走らせた愛する異星人と同じくらい人間も好きになり、後に多数の伝説を残した。決して強いウルトラマンではなかったのだが、光と影の両方をまとうその姿は、超人然としすぎて人間らしい伝説の少ない初期のウルトラマンとは別の意味で今も人気がある。
 では、アキトの場合はどうなるのか?
 アキトも同様に闇に堕ちた。復讐のために暴走し多くのものを失った。だがウルトラマンの心に触れることにより、少しずつ彼の心境は変化をはじめている。そして彼はまだ知らないが、彼を受け入れようとしている者はこの世界にもたくさんいる。
 復讐者から、護る者へ。
 彼の運命はここに、大きな転機を迎えようとしていた。
 
「チューリップ活動再開しました!物凄い勢いでバッタとジョロを吐き出してます!」
「うそぉ!」
 その瞬間、ユリカは蒼白になった。
 実をいうとユリカにはひとつの計算があった。異星人と無人兵器の関連だ。異星人との戦闘経験のないユリカはここ数日防衛チームの公式記録を虱つぶしに調べていたわけだが、少なくとも地球外での異星人と無人兵器の目撃には決まったパターンがあった。
 つまり、両者はおなじ戦闘空間に現れない。過去の記録を見る限り、異星人のいるところには無人艦隊どころかバッタ一匹存在せず、そして逆もしかりだった。だから異星人であるバルタンが現れた以上、無人兵器はチューリップから出てこないと計算していたのだった。
 考えてみれば、それは無理もないことだった。
 現在のバッタやジョロを誰が操っているのかは知らない。だがバッタやジョロの知能は決して高くないわけで、操り手のはずの連中と敵の区別がつかない可能性があった。ましてや作戦行動など論外なわけで、だからこそ両者はひとつの戦闘空域に混在しないのだろうとユリカはふんでいた。
 そしてそれは、実際に異星人との戦闘経験をもつフクベやムネタケたちも同様だった。だからこそ、チューリップからバルタンが出てきたことに驚いたのだ。それはこれまでの彼らの常識では「ありえない」ことだったから。
 いやしかし、だがそれも無理からぬことだったろう。
 彼らはその原因を理解していない。ユリカは真実にたどり着けるはずだが未だ知識が足りなかった。だからこそこの事態が起きてしまったのだから。
「ルリちゃん、グラビティブラストは!」
「まだです。それに発射できたとしても広範囲すぎて一撃殲滅は不可能です」
 むしろ発射すれば、直後のフィールドの弱まったナデシコにバッタやジョロが群がる結果となろう。
 ユリカは一瞬だけ躊躇し、そしてきっぱりと結論を出した。
「無人兵器とチューリップはとりあえず無視します!ミサイル発射準備!ミナトさん、大急ぎでチューリップから距離をとりつつバルタン星人を攻撃できる位置に移動してください!地上設備を巻き込まないためにもこの位置には留まれません!
 ルリちゃんグラビティーブラストの充填続けて!ラピスちゃんはミサイルのホーミング制御スタンバイ!できるよね?」
「了解」
「わかった」
 えぇ!そんな無茶な!という声が響いた。
 ルリがオペレータとして有能らしいのは既にブリッジクルーは知っていた。だがナデシコに乗り込んだばかりのラピスに大量のミサイル制御ができるわけがない。そもそもラピスはまだせいぜい六歳かそこらの幼女なのだ。すくなくとも皆はそう思った。
 だが、どんなに小さくてもラピスはあのラピスラズリ。ユリカは実際にラピスの戦闘を見たわけではなく話に聞いた以上の知識しかないが、少なくともミサイルの制御くらいは余裕だと思っていたし、それは実際ユリカの予想通りではあった。
 と、その時だった。
「た、大変!ヤマダさん追い詰められてます!」
 メグミが悲鳴に近い声をあげた。
 ナデシコは急速に移動をはじめていた。だがバルタンを攻撃するにはまだ場所が悪すぎる。そして背後にはますますひろがりつつある木星蜥蜴の群れ。グラビティブラストはエネルギーが足りない。
 万事休すか?ヤマダを見捨てて逃げるしかないのか?
 いやそれも無理だ。たとえヤマダを見捨てたとしても無人兵器を全部振り切って逃げるなんてできない。迎撃用ミサイルは全てスペシウム弾頭に代えているから対無人兵器戦には使えないし、まごまごしていたらヤマダを屠ったバルタンも追ってくるかもしれない。
 ぎゅ、とユリカの眉がしかめられたその瞬間だった。
 ぱぱ、ぱぱ、とまるで落雷のような閃光が周囲に走った。そしてその瞬間、驚くべきことが起きたのだ。
 バルタン星人が「ぎょっ」としたように動きを止めた。うろうろと何かを探すように視線をめぐらしはじめる。
「な、なんですか?」
 これ以上なにが起きるんですか、とルリが不安げにオモイカネに問いかけようとしたまさにその時、
「──くる」
 黙々と作業していたラピスが突然、外見通りの幼女のように微笑んだまさにその瞬間、
 
 ──巨大な光の玉が、ナデシコの隣に突然落ちてきた──
 
 どーん、という凄まじい衝撃が空中のナデシコにまでも響いた。
 それは光なのに膨大な質量を持っていた。つまりそれは、光の中に巨大な何かがいるという証でもあった。
「な、」
 突如としてルリの目の前にウインドウが開いた。そしてそこには、
『ウルトラマン出現。登録名称(レジストコード)不明、走査中』
 そう表示されていた。
 やがて光が消えた時、そこには赤と銀の巨大な異星人が立っていた。
 ナデシコは長さ200m以上、高さも100mを越える。その大きさからすれば確かにその異星人は小さかった。せいぜい50m、向こうで立ちすくんでいるバルタン星人とそう大きさは変わらない。
 だが、その巨体はあくまで一個の生物。
 あなたがかりに潜水艦乗りだったとして、海中でクジラに出くわしたらどういう感想をもつだろうか?かりにそのクジラが潜水艦と大差ない大きさだったとしても、水中の視界効果もあいまって途方もない巨大生物に見えてしまうはずだ。一個の生命体が大きいというのは数値の上だけの話ではない。発する存在感が威圧感となり、生命感が実際よりもはるかに巨大に、そして迫力あるものに見せるものなのだから。
 まして相手はウルトラマン。人類史上最強の超生命体!
『セャッ!』
 ウルトラマンは何を思ったのか突然叫び、そして右の拳を上に掲げた。たちまち拳に光が集まり輝きはじめる。
『タァッ!』
 ちょっと間抜けなかけ声と共にその右手を平手に代えて木星蜥蜴の群れの方に突き出した途端、その手から凄まじい光のシャワーが吹き出した。
「……!」
 ルリの目が点になった。
 その冗談のようなひと凪は、まるで放水でもするかのように簡単に蜥蜴の群れをなぎ払っていく。たちまちのうちに爆発は空の一面を覆い、無数の蜥蜴がぼろぼろと海面に落ちたり爆発したりしはじめる。
M87(えむはちなな)スタイルの光線技です。記録によると彼らの一族で「隊長」と呼ばれるウルトラマン、ゾフィーが得意とするもののようです。ただし火力はずっと弱いようですが』
「弱いって……あれがですか!?」
 唖然としてウルトラマンを見るルリ。
 その光線はこのナデシコのグラビティブラストに匹敵する破壊力を持っているようだ。しかもそれを軽々と発射し続け、蜥蜴たちをチューリップもろともみるみる焼き付くしていく。
 しかもこのナデシコはルリたちの世界のナデシコとは違う。基本は変わらないが武装ひとつひとつの破壊力はずっと上なのだ。
 生身の生命体でこれほどまでの破壊力。それでも弱いというのか。
 それでは、強いウルトラマンというのはいったいどれほどの化け物なのか?
 ぞわ、と寒気のようなものをルリは感じた。
「メグミちゃん拡声器セットして!」
「はい?拡声器ですか?」
「うん、そう!早く!」
「あ、は、はい!」
 背後では何を思ったのか、ユリカが妙な指示を出している。
 かちゃ、とマイクをオンにする時特有の機械音がしたかと思うと、
「いけない」
『アキト後ろ!』
 ラピスが顔色を変えるのと、ユリカがマイクに向かいさけぶのはほぼ同時だった。
「!」
 ウルトラマンはその瞬間、ハッと気づいたように横に飛び退いた。その直後、ゴウンと風きり音をたててバルタン星人の巨大なハサミが通過する。
 いつのまに側まできていたのか。それもまったく音すらもなく。
 すぐそばにナデシコがいるのにバルタンは見向きもしない。もはやウルトラマンしか見ていないようだった。
「ミナトさん後退してください!ラピスちゃん照準補正!」
「了解!」
「もうやってる」
 たちまちのうちにナデシコは巨大な異星人たちから距離をとった。
(……アキト?)
 その中で、メグミは不思議そうに首をかしげ、そしてユリカを見上げ、そして
「え……えぇっ!嘘っ!」
 あっけにとられて呆然とウルトラマンを見た。
「ミスター、俺の聞き間違いかもしれないが……もしかしてあのウルトラマンは」
「ええ、そうですよゴートさん。あのウルトラマンはオブザーバーのテンカワさんです。
 彼がオブザーバーである理由はもうおわかりですね?ウルトラマンは人間の歴史や戦争には基本的に関与しませんから、彼を戦闘員に加えるわけにはいかないのです。まぁ加えても戦ってはくださらないでしょうが。
 でもまぁ、それでも今回ようなケースにはこれほど心強い味方もおりますまい。なにしろウルトラマンですから」
 そりゃそうだろう。対宇宙人戦においてウルトラマンつき。これ以上心強い護衛がこの世のどこにあるというのか。
「艦長の件でしたら私も初耳です。あとでご本人に確認の必要がありますな」
「……」
 ゴートはそのまま、ふたたび難しい顔でだまりこんだ。
 実際これは笑いごとではない。憑依型もふくめ、少なくとも公式にはウルトラマンと人間の婚姻記録なんて今まで一度も知られていないのだから。
 これは間違いなく大騒ぎになる。それも全地球規模のとんでもない騒ぎに。
 ウルトラマンたちの気持ちはどうあれ、地球にウルトラマンを求める声は昔から多い。今まで彼らはその人間体が露呈した場合、ほとんどがM78に帰還していたが無理もないことだ。最初のウルトラマンから二百年以上が経過した今だが、未だに人類はウルトラマンと同じ力を得るには至っていない。ウルトラマンをあの手この手で欲しいと考える者、あるいはウルトラマンを軍事バランスを崩す危険物と考える者。いくらウルトラマンに好意的といえど人間の欲望は果てしない。こういう点はルリたちの世界もこの世界もまったく変わることがない。
 ゴートは艦長席を見上げた。
「アキト、ファイト!」
 この(ユリカ)は今後、普通の生涯は送れないだろう。だが本人はそれを理解しているのだろうか?
 ゴートは知らない。元の世界でユリカがどんな悲惨な目にあっているかを。
 お馬鹿であるが戦略の天才であるユリカが、アキト=ウルトラマンと知った時点でとっくにその可能性に気づいていることを。
 そして、そんな皮肉な未来をも笑って受け入れずみだということも。
『てゃっ!』
 ウルトラマンがバルタン星人を蹴飛ばした。
 バルタン星人はスペシウムの光に弱い。その意味では光線をぶつければ本来、簡単に倒せる相手のはずだ。
 だがアキトと融合したウルトラマンは知っている。彼らが苦心の末スペシウム光線を反射する技術を得ていることを。だから光線技は使わない。
『せいっ!』
 右手をふりかぶり、何かを投擲した。
 投げたのは高速回転する光の輪だ。それは真っ正面からバルタン星人に迫り、ガション、と異音をたててその首を通り抜けた。
『……』
 バルタン星人はしばし棒立ちになり、
『……』
 ぐらりと首が揺れ、そして落ちた。
「おぉ!やりましたな!さすがですテンカワさん!」
 うんうんと頷くプロスペクター。
 だが。
「いかん!さがれウルトラマン!」
「まだよ、まだ死んでないわ!」
 じっと見ていたフクベが警告を発し、ムネタケが叫んだ。
「え?」
 ユリカが眉を寄せた次の瞬間、
『……』
 沈黙している首なしのバルタン星人から、何かスモッグのようなものが物凄い勢いで吹き出しウルトラマンに襲いかかった。



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