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束の間の再会

 舞台は赤茶けた大地に戻る。
 アキトとラピスラズリは、荒野の火星をオリンポスに向かって歩いていた。まぁラピスは先刻からアキトに肩車されていたりもするので、ふたりで歩いているとはちょっと言えないのだが。
 ひゅう、と風が舞う。ラピスはなびく髪を気にしつつも、きゅっとアキトの頭を抱えこんだ。
 そんなラピスに苦笑しつつ、アキトは柔かい火星の大地を歩く。
「ラピス、やっぱり一度地球にいくぞ。これ以上はおまえの身体によくない」
「だめ」
 アキトの心配そうな声を、ラピスはさっくりと一刀両断にした。
 オリンポスはすでに見えているが、研究所はまだだいぶ向こうである。
 いや、それをいうならふたりは既にオリンポス山にいる。オリンポスは巨大な山で、その標高と周囲の広さは地球の山の感覚でいるととんでもない事になる。なにしろ標高24km(!)、周囲は4000kmにも達する太陽系最高峰の山なのだから。ちなみに火山なのであるが、最後に噴火した火口の直径ですら70kmにも及ぶ。地球で阿蘇の外輪山や鹿児島湾のようなカルデラ地形にならない限り、火口単体でこの規模に達することはない。
「俺はいいがおまえはもう限界だな……よし、じゃあ少しズルしようか」
 どのみちこの先は雪原になる。のんびり録り貯めたデータももう十二分だし、これ以上歩いても単に意地でしかない。オリンポス山の景色が懐かしい、という意味は別としても。
 ふと、ユリカと遊んだ幼い日の思い出がアキトの脳裏をよぎった。
 空はあの日のままの青空だ。
「いいの?」
 なぜか嬉しそうなラピスにアキトは苦笑いし「まぁ問題ないだろ」などと言おうとしたのだが、
「!」
 オリンポス研究所の方向に不穏な気配を感じたアキトは、
「ラピス跳ぶぞ!」
「わかった」
 ラピスはそれだけ応えると、きゅっとアキトの頭にしがみついた。
 
 ボソンジャンプは行ったことのない場所には跳べない。それは確かに欠点ではある。
 だが、火星の大部分はなだらかな平原である。ちょっと丘の上にあがれば遠く彼方まで見渡せるし、そもそもふたりは事情もあって高い場所ばかりを選び歩いていた。谷を渡るような場所だけジャンプやその他の方法で飛び越え、ふたりは地上からオリンポスに向かっていた。
 当然、彼方に霞むオリンポス研究所まで跳ぶのは大した手間ではない。凄まじく遠方であっても見通し距離だからだ。
「ジャンプ」
 次の瞬間、研究所の側に現れたアキトたちは信じられないものを見た。
「な……!」
 なんと研究所があちこちから爆発をはじめ、火を吹いたのだ。
「これは一体……?」
 研究所の正面ゲートが開いた。白衣の研究者がわらわらと飛び出してくる。だが通路の奥からも煙が追いかけてきているありさまだ。
 わけがわからない。だが何かが起きたのはまちがいない。いったいなんなのか。
「イネス!」
「!」
 いち早くラピスが、研究者の中にイネス・フレサンジュの姿があるのに気づいた。
『あんたたちは早く逃げなさい!ユートピアコロニーの地下に!』
『博士!博士はどうされるんですか!』
『最終爆破スイッチを握ってるのは私よ!確認してからあんたたちを追うわ!』
『無茶だ!相手はあの異星人ですよ!?それに他に乗物はないんですよ!』
『いいからいきなさい!早く!』
 遠すぎて声は聞こえない。だがアキトには彼らの会話が聞こえた。
 そして、アキトと未だ意識をリンクしているラピスにもわかった。
「異星人?どういうことだ?」
 木連人なら木星蜥蜴とでも言うだろう。あの異星人なんていい方をするのは奇妙だ。
 だが、迷っている場合でもない。即座にアキトは駆け出そうとした。
 だが。
「!」
 イネスが撃たれた。視界の向こうで。
『博士!』
『くっ……行きなさい!早く!あいつがくるわ!』
 他の研究者たちは一瞬だけ躊躇し、そして『どうかご無事で、博士』などと口々に言い、そして別の建物に消えていった。
「イネスが!」
「いくぞラピス!」
 頭上で悲鳴をあげるラピスに応えるように、アキトはもう一度ジャンプした。
 
 躊躇もなにもなかった。
 事情がわからない。いったい何が起きているのか理解できない。どんな史実の狂いがあるのか、相棒たる妖精と時間(とき)を越えたばかりで事情のわからない逆行者、テンカワ・アキトには理解不能だらけだった。
 だがそれは、考えてみれば当然なのかもしれない。
 なにより当のアキト自身だってただのジャンパーとは言えない。変わり果てたアキトが変わり果てたジャンプの末にたどり着いた世界なのだから、世界の方もどこか変わってた、としても不思議はないのかもしれない。
 だがアキトはその可能性を考えてなかった。正しくは考えないようにしていた。
 だからこそ何も考えずにイネスの前に飛び出し、そのままイネスをかばうように『敵』に向かって両手を広げた。
 
 銃声が響いた。



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