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侵略者

 「ほう」そんな声が銃声の後に響いた。懐かしい親友に出会ったような、そんな優しくさえもある声だった。
 イネスを護るように立ち塞がったアキト。
 
 その前には円形の光の壁があった。
 
 その「ほう」という優しげな声の方を見たアキトは一瞬で怒りの形相に変わった。バイザーごしにも激怒とわかるほどだった。
 アキトは知らない。その声の主を。
 だが、アキトの中にいる『彼』はそれをよく知っていた。
 異次元人ヤプール。
 かつて『彼』の一族を苦しめるだけ苦しめた『宿敵』の人間体だ。
「貴様、ヤプール!」
 目の前に展開した光の壁を消しながら、アキトは叫んだ。
「なんと、これは珍しいお客さんだ。いやはや、よもやとは思ったが」
 未だ煙を吹き出す研究所の入口。そこから現れたのは。
 帽子をかぶったひとりの初老の男。ふるぼけた白い研究服が怪しくも微妙に似合ってもいる。
「ラピス、イネスを頼む」
「わかった」
 頭上で声がして、ひょいっと背後にラピスが降りた。そのまま背後で「イネス!イネス!」と話しかけはじめる。
 とりあえず背後の会話を無視して、アキトは話し続ける。
「どういうことだヤプール。ここはおまえの属する世界ではないはずだぞ」
「いかにも」
 男……ヤプールは静かに頷いた。
「いちおう断っておくが、わたしはこの世界では何もしていない。少なくとも君に咎められるような事はな。若きウルトラマンよ」
「……」
 背後で息を飲むような声がした。だがアキトはそれをあえて気にしない。
「見てわかるだろう?ここではわたしは完全な実体化ができていない。さすがにこの世界は遠すぎる。いかに我らとて積極的に介入するのは難しい。
 それに、こちらの世界にはこちらの我々がいるはずだ。わざわざ遠方から私が関わる必要はなかろう」
「ならばなぜここにいる?しかもオリンポス研究所を襲撃したうえイネスまで手にかけて」
「それは違う」
 いささか憮然とした顔でヤプールはつぶやいた。
「私は確かにヤプールだ。しかし研究者であって戦闘員ではない。それに個人的にこの世界の火星遺跡は面白いと思っていたのでな、そこのイネス女史の部下として研究三昧の生活を楽しませてもらっていたのだよ。
 確かに彼女を撃った。だが君ならわかるだろう?彼女が異星起源の病に蝕まれていることが」
「……なに?」
 アキトは振り向いた。
「……」
 ラピスに上体を支えられ、イネスはアキトを見ていた。
「見えるだろう?彼女の身を蝕む病が」
「……あぁ」
 確かにアキトにも見えた。イネスの身体を蝕む見知らぬ病が。
「もちろん私はヤプール、人間を憎む存在だよ。
 だが彼女だけは違う。彼女は素晴らしい研究者だし私にとっても彼女は恩師だ。傷つけるのは本望ではない。
 彼女が異星人の攻撃で汚染されてしまった時、私は彼女を苦しまずに逝かせてやりたいと思ったのだ。それが私にできる唯一の恩返しだからね」
 ふう、とヤプールはためいきをついた。
「ちなみにウルトラマンよ。君に彼女の治療は可能かね?」
「……俺には無理だ」
 アキトは正直に答えた。
 正確には、仮死状態の人間すら蘇生させる心当たりくらいはなくもない。だが『この世界』ではそれは無理だ。
 ここは『彼』の世界ではないのだから。この世界における『彼』の同族もそうであるという保証はどこにもないし、頼んで来てくれるかどうかもわからない。
「だがイネスがそう簡単にあきらめるというのは妙だ。そんなに進行が早いのか?」
 イネス・フレサンジュは天才科学者だ。それも専門馬鹿ではなく統合科学者系であり、様々な分野の知識を横断するように駆使することもできる。
 つまり、時間と設備があれば対処不可能ではないはずなのだ。
 そんなアキトのいいぶんがわかるのだろう。ヤプールは頷いた。
「現在、火星は孤立しているのだよウルトラマン。そしてこのオリンポス研究所には医療データはない。
 とどめに、今回の異星人来襲で設備が軒並み破壊されてしまった。
 いくら彼女とはいえ、なにもない場所で未知の異星の病気の調査などできぬ」
「……なるほど」
 イネスはA級ジャンパーだが、その事実はまだ本人も知らない。そして今の彼女では地球にジャンプすることもできない。イメージできないからだ。
「ちなみに、その異星人はこの建物の奥に閉じ込められている。彼女の知恵と機転によるものだ。
 どうだ凄いだろう?ウルトラマンですら難渋しかねない相手を、彼女は武器もなく機転とここの設備だけで閉じ込めてみせたのだ。
 さすがだよ、まさに脱帽だ。私の敬愛するただひとりの人間だけのことはある」
「……そうだな」
 ヤプールは誇らしげに微笑んだ。あの陰惨な異次元人ヤプールとは到底思えない、実に裏のない真摯な笑みだった。
「彼女の手にあるのは爆破スイッチで、研究中の試験船ヤマトナデシコの相転移エンジンを暴走させるためのものだ。閉じ込めた異星人をこの建物ごと相転移して吹きとばそうというわけだよ。
 だが、彼女はそれに巻き込まれて死ぬつもりなのだ。どうせ助からないのだから、無駄に苦しむくらいなら共に爆死してしまおうというわけだ。
 しかしその死は苦痛を伴う。相転移に巻き込まれるのだからな。確かに一瞬の死ではあるが、残念ながら溶鉱炉で焼かれたり宇宙に放り出される類の苦痛はどうしても味あわなくてはならないのだ。
 私は、彼女にそんなことはさせたくない。
 だから私が代わろうとした。ここにいる私は厳密には実体ではないのだから、苦痛を感じずにすむのだからね。一瞬で苦痛なく死ぬのならばこの銃の方がよいと思ったのだ」
「……なるほど、おまえの言いたいことはわかった。ヤプール」
 アキトは頷いた。
「イネスは俺が地球に運ぼう。ネルガルに托せば道はあるだろうからな」
「おぉそれはありがたい!頼む。彼女を救ってくれ」
 こんな時空の果て、なんとヤプールに頼まれ事をする羽目になるとは。なんとも複雑な気分でアキトは頷いた。
 ヤプールはイネスの側に赴き、かがみこんだ。
 ラピスがピクッと反応した。怯えているのだろう。
「ドクター、リモコンを」
「……矢部(やぶ)、あんたねえ」
 呆れたようにイネスはつぶやいた。
「撃ったのは悪かった。だが話は今のとおりだ。
 私を怨むのならそれでもかまわぬ。だが今はこの男に貴女を托す。こいつはウルトラマンだ、君をうまく地球へ運んでくれるだろう。あとは私が引き受ける」
「はいはい、ありがと」
 くっくっく、とイネスは小さく笑った。
「異星人かな、とは前から思ってたけど……さっきの話だと別世界ってとこなのかしら?」
 その途端、ヤプールは心底驚いたような顔をした。
「気づいておられたのか……それでも私を部下として使ってくれていたのかね。
 いやはやドクター、やはり貴女は素晴らしい」
「ふふ、当然でしょ……でも本当に大丈夫なの?矢部」
「無論。地球に行くのは少々難題だが、可能なら後でお見舞いにでも行くとしよう」
「わかった。あんたは私の片腕だからね、簡単に死なないで頂戴」
「光栄だドクター」
 フッフッフッとヤプールは笑った。その笑いだけは確かに往年のヤプールらしい邪悪そうなものだった。
 イネスは頷くと、手にしていたリモコンをヤプールに渡した。
「頼んだわよ矢部」
「ああ」
 人間の科学者と異次元人が談笑する。それは異様な、しかしいかにもイネスらしい光景でもあった。
 
 刹那、沈黙があたりを包んだ。
 だが次の瞬間、グォォーッと唸り声のようなものと爆発音が研究所から響いた。ズズ、と地響きもする。
「研究員たちはもう逃げたわね、たぶん」
 ぼそ、とラピスの腕の中でイネスはつぶやいた。
「知ってるかもしれないけど、そこの建物はユートピアコロニー地下に通じるリニアチューブ入口なの。あそこには宇宙港があったからね」
「そうか。なら逃げたろうな」
 アキトの知る史実にはそんなものなかった。これも歴史の差異なのだろう。
「それにしても、遺伝子細工の子供とウルトラマンね……実に面白い組合せだわ」
「ラピスとアキトだ。妙な呼び方をするな。
 それにヤプールとあんたの組合せの方がはるかに凄まじいだろうに」
「あらごめんなさい」
 くっくっくっ、とイネスは笑った。かなり苦しそうではあったが。
「くっ……矢部、やりすぎよあんた」
 ぐ、と眉をしかめるイネス。
「それは仕方ない。私は貴女を殺すつもりだったのだからな」
「言うわねもう。ま、確かにそのとおりか」
 あぶら汗を流しつつ、それでもイネスは笑った。 
「大丈夫か?イネス」
「ええ……でもさすがに手当てが必要ね、運んでもらえる?アキト君?」
「わかった」
 このイネス・フレサンジュは自分を知らない。それは当然の話だった。
 だがアキトはそれが悲しい。だから言葉は自然と悲しそうなものになった。
「あなた、どこか懐かしい気がするのよね。
 私はウルトラマンなんて見るのも話すのもはじめてだけど、あなたたちってみんなそうなのかしら?」
「……さぁな」
 ぶっきらぼうに返すアキト。だがその声を聞いたイネスはなぜか嬉しそうに笑った。
 
 怪物の叫びと爆発音が続いている。もうそろそろ決めないとまずいだろう。
 ヤプールはただ、赤銀の巨人が飛び去った空を見ている。
 そして、悪戯っぽく笑った。
「ウルトラマンよ、確かにここの異星人は引き受けた。他ならぬドクターの依頼だからな。確実に消去してごらんにいれよう。
 さらにいえば、ナデシコとやらが欲する資料は逃げた研究員どもが持っている。回収しにくるがいい。『史実』通りにな」
 笑いは嘲笑に変わる。ヤプールらしい邪悪な笑みに。
「だが君はまだ知らない。君も、君と融合した青年もな。地球がどういう状況になっているかを。『史実』とやらと今の違いを知った時、アキト君とやらはどう反応するかな?
 ……楽しみだ。フッフッフッ」
 ヤプールはそんな邪悪な笑いを浮かべると、ぽつっとリモコンのボタンを押した。
 
 その瞬間、オリンポス研究所は相転移の輝きと共に跡形もなく消滅した。



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