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運命の輪

 それは、まさに運命の瞬間だった。
 木星圏から地球に向けてのボソンジャンプ中、ありえないその衝突事故は起きてしまった。致命的な損傷を受けた戦艦ユーチャリスはそのまま、事象地平の彼方にふっとばされそうになったのだ。
『おまえは誰だ』
『ワタシは、M78星雲の宇宙人、だ』
『……M78「せいうん」の宇宙人?』
 驚きのあまり変な発音で返してしまったようだ。アキトは内心苦笑いした。
 だがその異形の存在は気にした様子もないようで、
『申し訳ないことをした。おわびに私の命を君にあげよう』
 死の淵にあったアキトにそんな事を語りかけてきた。
 だが。
『断る』
 速攻だった。
『なぜだ。そのままでは、君は、死んでしまうぞ』
『なぜって……おい、本気で言ってるのか?』
 アキトは呆れた。
 命をくれるという、言葉通りならそれは破格の申し出だろう。少なくともアキトは死なずにすむわけだ。
 だが、そんな申し出を見知らぬ異星人にされる謂れなどさすがにない。
 ついでにいえば……
『そもそも、言っちゃ悪いが怪しすぎるぞあんた』
『なぜだ』
 全然自覚がないらしい。
 赤と銀で彩られた異様な姿。これはまぁいい、なにしろ異星人なんだから。むしろ人型をしているだけでも僥倖だろう。
 だが、その胸についてるピカピカはいったいなんなんだ?チンドン屋(死語)か?
『これは、カラータイマー、だ』
 異星人の表情は変わらないが、なんとなく不本意そうではあった。
『あのな、確かに助けてくれるのはありがたい。だが俺は珍妙な異星人の手先になるつもりはないぞ』
『……ワタシは、侵略者ではない』
 珍妙という言葉に激しく傷ついたようだ。だがアキトの反応ももっともだった。
『信用できるか!』
 人間は外見に左右される生き物だ。
 さすがにこの異星人は異様すぎた。なまじ人間と似た形なだけに、その違和感は強烈すぎたのだ。
『しかし、このままでは君は死ぬ。傍らのその子もな』
『!』
 ラピスのことを出されると、アキトは絶句するしかなかった。
『愛し子なのだろう?彼女を救いたくはないかね?
 君は彼女をずっと苦しめてきたのだろう?その償いも可能だぞ』
『……おまえ結構性格悪いな。本当に大丈夫なのか?』
『フッフッフッ、心配することはない』
『するわっ!』
 ほとんど前衛漫談のような会話だったが、なんとか契約は成立したらしい。
 アキトと『彼』の交わした約束はひとつだけ。それは過去に戻り、悲惨な歴史を回避するべく戦うこと。
 政治的なことに首を突っ込むことに彼は難色を示した。だが多くのひとを救えるという点ではふたりの考えは一致した。
『ワタシには時を遡ることはできない。君は可能のようだが、その制御ができないわけだな。
 わかった、なんとか手を尽くしてみよう。融合の瞬間にうまく事を運んでみる』
『頼むぞ』
『ああ。任せるがいい』
『……ほんとに大丈夫かよ』
 そうして、彼は過去に飛んだのだった。ラピスを連れて。
 
「いやぁ、ありがとう礼をいうよ。ドクターを連れ帰ってくれるなんてね」
「まだ助けたことにはならない。病気の進行が食い止められるかどうか」
「そっちはなんとかしよう。ドクターどうだい?」
「……さすが地球ね。まさかこうもあっさり治療法が見つかるとはね」
 アカツキナガレの言葉に、イネスは楽しげに笑った。
 イネスはベッドにいた。半身を起こしてパソコンに向かい資料を見ている。横にはラピスがいて、怪我のため不自由なイネスを補佐してデータを探したり色々と手伝っているようだ。
 そのラピスは明らかに遺伝子細工の子供なのだが、アカツキはそれに言及しない。ウルトラマンの連れよとイネスが言った時点で「あ、そうなの」とちょっと安心したような笑みを浮かべただけだった。
 おそらく、実験体のことやらに話題が及ぶことを恐れたのだろう。あまりウルトラマンに知ってほしい話題ではないに違いない。
「どうやら、この宇宙ケシとかいうものの変種である可能性が高いわ。試薬テストが必要だけど、化学研究所の設備を借りられるかしら?」
「任せたまえ、そっちはなんとかしよう。で、メドはつくかい?」
「そっちは微妙ね」
 ふるふるとイネスは首をふった。
「これは第一段階よ。うまくいったとしても進行が止まれば御の字という程度のものだわ。
 実際に役立つ治療薬の開発には最低でも一ヶ月はかかる。私の回復を待つならもう少し必要ね。
 ナデシコとやらで飛ぶにせよアキト君に連れていってもらうにしろ、いますぐは動けないわ」
「そうかい。困ったな……研究者に托したという資料はなんとしても引き上げたいんだが」
 ふう、とアカツキは髪をなでつけた。
「アカツキ」
「なんだい、ウルトラマン君?」
「……そのいい方はよせ。テンカワアキトという名前は伝えたはずだ」
「う〜ん、だけどねぇ……ウルトラマン相手に人間のような呼び方はねぇ」
 すでに完全にタメ口なのだが、彼には彼なりの基準があるのだろう。
 
 イネスを地球に運んでからというもの、驚くべきことの連続だった。
 彼らにボソンジャンプを見せるわけにはいかない彼は、宇宙飛行は危険と理由をつけてまずイネスを眠らせた。そして地球上でめざめさせ、ただちに車でネルガルの本社に運ぶと言ったわけだが……
『よかったらウルトラマンの姿で本社前に着陸してくれるかしら?正規の入国手続きもしてないわけだけど、ウルトラマンに運んでもらったと証明できれば、あらぬ疑いもかけられずに全部フリーパスになるからね。君も変な疑いかけられたくないでしょう?』
『……なに?』
 イネスはそんな奇想天外な指示をしてきたのだ。
 聞けば、ウルトラマンは地球では非常に有名なのだという。人類に好意的とされる異星人の中でも飛びぬけてポピュラーな存在であり、また彼らに対しても好意的な声が非常に多いというのだ。
 そんなばかな、とアキトは唖然とした。
 あたりまえだがアキトの過去にそういう記憶はない。異星人の存在など古代火星人の遺跡くらいしか知られておらず、実際に宇宙人がたびたび来訪しているなどと聞いたこともない。
 なんなのだ、この歴史の差異は?
 だが、確かにイネスの言う通りなら助かる。なによりボソンジャンプについて問い詰められる心配もまったくないのだから。
 そして半信半疑のままウルトラマンに変身し、イネスとラピス(なぜかふたりは楽しそうだったが)を載せて飛んでいき、ネルガル本社前に堂々と着陸したというわけだ。
 そしてその瞬間、アキトはさらに驚くことになる。
『おぉウルトラマンだ!すげえ!』
『なんだなんだ、いきなり何があった!?』
『ひやーウルトラマンだよ!でっけぇなぁ。びっくりだぜ!』
 びっくりしたのはこっちだ、とアキトは呆然とした。
 なんなんだ、この全くもって普通の反応は?
『おーいウルトラマン、どうしたぁ?何かあったのかぁ?』
 身長50mにもなろうという巨大な異星人に、普通に声をかけてくる地球人たち。
 思わずめまいを覚えつつ、手にのせたままのイネスとラピスを降ろしたのだが……。
 駆けつけたネルガルの警備員にイネスは冷静に答えた。
『火星オリンポス研究所、イネス・フレサンジュよ。緊急事態により彼に火星からここまで運んでもらったの。ただちに社長に取り次いでくれるかしら?』
『はっ!わかりました!』
 警備員たちはイネスに敬礼し、そしてなぜかアキトも見上げて敬礼し、去っていった。
 唖然としているアキトを見上げてイネスは笑って言ったものだ。
 『ほらね、言ったでしょう?』と。
 閑話休題。
「う〜ん、だけどねぇ……ウルトラマン相手に人間のような呼び方はねぇ」
 すでに完全にタメ口なのだが、彼には彼なりの基準があるのだろう。アカツキはそう言った。
「俺はその方がいい。おまえにはテンカワの名は少々複雑かもしれないが」
「あちゃあ……やっぱり知ってるのかい?」
「まぁな。だがそれはおまえのせいじゃないだろう」
 バツの悪そうなアカツキに、アキトは頷いた。
「それよりアカツキ、ナデシコを飛ばすつもりなのか?」
「ああ、予定通りね」
 秘密のはずのナデシコについてあっさり言及するアキト。だがそれについてアカツキは何もいわなかった。
 相手がウルトラマンだからなのか。それとも何か思惑があるのか。
「どのみち君ひとりに火星に行ってくれといっても無理だからね。僕もそれはわかってる。ウルトラマンは人類内部の抗争には関わらない。そんなことは説明されなくても知ってるつもりだからね。
 ならば、人材とデータの回収は自分たちでやるしかない」
「ああ、そうだな」
 アカツキの隣で不快げな顔をしている秘書がいるが、それはとりあえず無視してアキトは答えた。
「だが、ナデシコの武装で大丈夫なのか?相転移エンジン一基じゃ」
「ああ、それについては伝わってないんだね」
 アカツキはにっこりと笑った。
「相転移エンジンの問題点についてはすでに対処ずみだ。博士の成果を元にね。木星蜥蜴どころか、途中で異星人に襲われても逃げきってみせるさ。
 ナデシコ級が機動戦艦を自称するのは当然その機動性にある。また、そうでなくては最新鋭の実験鑑とは呼べないだろう?」
「それはそうだな」
 史実が違うのだからこういう点も違ってくるわけか。ふむ、とアキトは頷いた。
「そうか。じゃあま、がんばれ」
「おや、冷たいなぁ」
「当然だろ。まさかとは思うが、俺に火星まで護衛しろなんて言わないよな?」
「あははは、言わないさ」
 アカツキは苦笑いした。
「確かに君の護衛は心強い。だけどこの航海はナデシコ級のアピールもかねてるんだ。
 ウルトラマンの護衛つきじゃあ効果が半減するじゃないか。そうだろ?」
「そっちは俺にはわからない。だが確かにそうだろうな」
 もとよりアキトにはナデシコ搭乗の意志はない。ユリカたちを影から見守ることができればそれで十分だし、乗り込む必要性などまったくないと考えていた。
 だが意外な人物がそれに反論してきた。
「だめ、アキトはラピスと乗るの」
「ラピス?」
「えっと、ラピスちゃん?」
 アカツキも秘書もまだラピスの名前しか聞いていない。秘書とは少し話しているが、今は病人のイネスにつきっきりだった。
 彼らは知らないが、イネスもエリナも『史実』ではアキトと親しい者たちだったのだから。社交性など皆無のラピスであるが、アキトや自分に好意的なものには懐いていた。たとえ彼らが自分を知らない存在だったとしても。
 そしてラピスは同時に、この場におけるアキトの最大のアキレス腱でもあった。
「ねえラピスちゃん、どうしてラピスちゃんと彼はナデシコに乗るの?」
「……ラピスでいい、エリナ」
 ちゃんづけが余程不愉快だったのだろう。ぶすっと眉をよせてラピスは言った。
「ナデシコにはアキトの大切な……」
「わーっ!」
 ラピスの爆弾発言にさすがに気づいたのだろう、慌ててアキトはラピスの口を塞いだ。
「大切な、なに?」
「い、いやそのエリナ、それはだな」
「……ふうん?」
 面白そうに秘書……エリナ・キンジョウ・ウォンはクスッと笑った。
「いいんじゃない?乗ってもらいましょうよ」
「エリナ君!?」
 驚いた顔をしたのは会長であるアカツキの方だった。
「護衛うんぬんよりまず『行った』っていう実績の方が重要ですよ会長?プロモーションならやり方次第ですし、何より実績があるのは大きいでしょう。たとえウルトラマンつきでもね。
 それに、現地の人材もデータも健在の確率が高いんでしょう?だったら少しでも回収率はあげたいわ。彼らは必要ですもの。
 ええ、ぜひ乗ってもらいましょう?この子と一緒に」
「ちょ、ちょっと待て!俺は乗るとは」
「テンカワ君!」
 びし、とエリナはアキトに指をつきつけた。
「乗らないっていっても、どうせついてくつもりなんでしょう?影からこっそりとね?違う?違わないでしょ?」
「あ、いやその」
 アキトは突然のエリナの剣幕に声もない。
「……そうなのかい?どうしてそんな事わかるんだい?エリナ君?」
「女の勘よ」
「はぁ?」
 首をかしげているアカツキに、単純明解な返事を返すエリナ。
「はぁって何よはぁって!失礼ね!これでも女よ私!」
「い、いや、それはとてもよくわかってるんだが」
「だったら答えなさいテンカワ君!行くの?いかないの?」
「……えっとその」
「ほらしっかりなさい!ウルトラマンでしょ!はいかイエスか!」
「……い、イエス」
「はい、よろしい♪」
 一瞬でエリナは表情を和らげた。
 背後で「はいかイエスって、あのねぇ」と呆れている某説明おばさんもいるが。
「いいじゃない、どうせついてくんなら乗ればいいの。戦艦の中にはひともいる、ひとりぼっちで宇宙を飛びつづけるなんていくらウルトラマンでも寂しすぎるわよ?」
「……しかしラピスは」
「あんたが乗るんだからこの子も載せたげなさい。当然でしょ?」
 躊躇するアキトにエリナは畳み込んだ。
「確かに戦艦は子供の教育上よくないかもしれないわ。でも自分の子供でしょ?離れ離れなんてやめときなさいって。あんた子煩悩そうだし、心配でオロオロするよりマシじゃない?
 心配だったら先生代わりくらいつけたげるわよ?ウルトラマンつきと引き換えなら安いもんだわ。
 それとお友達もね。残念ながら同年代の子はいないけど、メインオペレータの子なら歳も近いわ。なんとかなりますって」
「はぁ?ちょっと待てエリナ、おまえ凄い勘違いしてるぞ」
「なんで?保護者なんでしょ?同じことじゃない」
 クスクスとエリナは笑った。
「実の子かどうかは知らないし詮索する気もないわ。でも家族なんでしょ?みればわかるわ」
「……まぁ、そうだな。それもそうか」
 アキトはためいきをついた。
 だが、それに納得していない者もいた。
「それ、違う」
「?」
 皆の視線がラピスに集中した。
 ラピスは皆をじろりと見回し、そして言った。
「ラピスは子供じゃない」
「……」
「……」
 一同は顔を見合わせ、そして大爆笑した。
「……なんで笑うの」
 その中でラピスだけ、なぜだか不服そうだった。
 
(ウルトラマン、ね)
 先刻自己紹介した時、ちょっとおかしな反応だなとエリナは思っていた。ウルトラマンと知り合うなんてはじめてであるし、そんなものかなと思っていたのだが。
 慌てて自分を呼び捨てにするウルトラマン。いやに馴れ馴れしい話し方。
 どうやらウルトラマンの喜怒哀楽は人間と大差ないらしい、と賢い彼女はとっくに見抜いていた。ラピスという少女を見る時の目も優しい。確かに戦闘に長けた種族なのか鋭い気配も見せるのだが、どちらかというと素は違うようだ。ちょっと朴訥な田舎育ちの青年と形容したほうがいいかもしれない。
(ウルトラマンってこんな可愛い性格だったんだ。ま、彼が特別って可能性もあるけどね)
 確かに過去の記録には、カレーが大の好物だったり節分の鬼のお面を嬉しそうにかぶったボケボケ天然ワンコみたいなウルトラマンの話もなくはない。ただそれは物証のない伝説めいたものだし、ウルトラマンを神格化したがるウルトラマン教徒たちが騒ぐので一般にはあまり知られていないことだ。
 そんなウルトラマンが素で自分を呼び捨てにする。連れの女の子もだ。
 「あの」テンカワ博士の息子と融合しているらしいから微妙な部分もあるのかもしれないが、少なくともこの場合は問題になるまい。
 そして、ナデシコに何か彼らは思い入れがあるらしい……
(新造戦艦のナデシコそのものに思い入れがあるわけないわよね、やっぱり。ということは……)
 そう。ウルトラマンが人類に肩入れする理由なんてひとつしかない。『人間』そのものだ。
 ということは、乗り組みの決まっているクルーの誰かなんだろうと回転のいいエリナは速攻で結論付けた。
(ふん、面白くなりそうじゃない?)
 ウッフフとエリナは内心笑っていた。



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