[目次][戻る][進む]

孤高の戦士(上)

 機動戦艦ナデシコ。
 ネルガル重工が設計・建造した新型戦艦。実験鑑、試験艦であるため新機軸のアイデアや装備をふんだんに取り込んでおり、その形すらも従来の戦艦とは程遠い。新しいそのデザインは戦艦というより、むしろ大昔のアニメに登場した架空の木馬型戦艦をどこか連想させる。
 今、そのナデシコの中では様々な人々が動いている。離床が近いからだ。昔の船舶なら進水式と呼んだそのイベントだが、ナデシコはそのまま数日の試験航海の後、調査のための最初の実航海に突入することが決定されている。
 ただ、その行き先は内密とされていた……。
 
 『火星にウルトラマンあらわる』その記事を最初にみつけたのはルリだった。オモイカネのセットアップをナデシコで続けつつ、ふと目をやったネット上のニュースを見て一瞬で固まったのだ。
 数秒後「ゆ、ユリカさんユリカさん!」と大慌てでユリカを呼び出すルリの姿が、まだ用もないのにナデシコいりして操縦席で遊んでいる(もちろん習熟用のシミュレータを使ったりしているのだが)ハルカミナトに目撃されることになった。その事件は後に『クールにみえて実は滅法お子ちゃま』なルリのイメージが固まっていく最初の原因にもなるのだが。
 で、数分後。ルリとユリカのふたりはブリッジのモニターでその情報を見ていた。
 

『火星に新ウルトラマンあらわる』
 世界協定時(UTC)で先日未明、レジストコード未確認の新しいウルトラマンが日本のネルガル本社に突如として降臨した。このウルトラマンは火星ネルガルオリンポス研究所のイネス・フレサンジュ博士を救出して地球まで連れ帰ってきたもので、博士の要望でネルガル本社まで送ってくれた。
 博士の談を総合すると、このウルトラマンは火星にて初降臨したとのこと。
 地球圏に降臨したウルトラマンの中で地球外に現れたケースは決して多くないが、火星のウルトラマンは史上初である。しかし火星は現在ほとんど全滅状態とされており、彼の今後の動向が注目される。
 気になるこのウルトラマンのレジストコードであるが、現在地球にウルトラマンは不在とされているため決定に難航している。もしこの報道を見たM78星人の方が地球におられたら、彼の正式名称について連絡してほしい、と地球連合政府から声明が出されている。もし連絡なき場合、火星に現れたということで『マルス』の呼称が候補となっているが、歴史上『マルス』の名称は悪い意味にも使われているという意見があり、もっとよい名称はないかという話になっている。
 また未確認だが火星の生き残りの少女をひとり妹のように連れているとされ、マルスという勇ましい名前でなく、もっと優しい名がよいという意見も飛び出しているという。
(情報:地球連合広報)


 
「……」
 ルリはあっけにとられた顔で、ユリカは「へぇ」と驚いた顔でそのニュースを見ていた。
「あら、新しいウルトラマン?」
「ミナトさん」
 逆行者であるルリは常に目撃者を警戒している。それはユリカも同様なのだが、どこか飄々としているユリカと違いルリにはそんな余裕がない。だからこの時も一瞬、ぴくっと反応した。
 ミナトはそんなルリの反応は特に気にした様子もなく、ふたりの見ていたウルトラマンのニュースに目をやった。
「あら、火星に出たんだ。こりゃこれから大変ねえ」
「どういうことですか?ミナトさん?」
 ルリの言葉に、ミナトは「あれ、知らないの?」と一瞬不思議そうな顔をした。
「あのねルリルリ。ウルトラマンは人類にとって『招き猫』みたいなもんなの」
「……はぁ?」
 ルリの脳裏に、怪獣と戦う巨大な招き猫の置物がデデーンと降臨した。
 あまりにアホらしいその妄想を一瞬で追い払うと、
「ま……招き猫、ですか?」
 そぅよ〜、とミナトはうふふと笑った。
「ウルトラマンは人間同士の戦いには関与しないのよ。だけど紛争地域に降臨すると双方の勢力に勝手に誤解されたりして新たな戦いの火種になりかねないのよねぇ。
 だからウルトラマンは戦争や紛争の起きている地域、それといわゆる大国には原則として現れないとされているの。怪獣の侵入なんかでそこまで出張る事は当然あるんだけど、好んでそこに住み着いたりはしないんだって。
 だから、ウルトラマンが好んで住み着く地域は平和な国だけなの。わかった?」
「なるほど。平和になるとやってくるもの、つまり平和のバロメーター、それで招き猫ですか」
「そういうこと♪」
 うふふとミナトは笑った。
 もともと招き猫は商売繁盛のシンボルであって平和のシンボルではない。だがこの世界では「ゆっくり商売できる、イコール平和」ということでもあり、七福神や招き猫のイメージは平和のそれとも重なっている。
 ついでにいうとその『招き猫』のイメージは日本人のウルトラマン商売という意味もある。激戦のあった場所に土産物屋を作ったり『とっても美味しいウルトラ饅頭(マンじゅう)』や『ウルトラマンペナント』といった定番にはじまり、とにかくウルトラマンを『縁起物』として商売しまくる姿が実に日本的というわけだ。海外でもウルトラマン商売は確かにあるが、新ウルトラマンが出るたびに株式市場まで揺れ動く熱狂的ウルトラマン贔屓(びいき)は世界でも日本とタイくらいだと言われて久しい。
 さて、ミナトの話に戻ろう。
「火星にウルトラマンが出た、ということは火星の防衛のために戦ってくれたということよね」
「はい。そうだと思います」
「だったら地球連合も気合いいれなくちゃね。ウルトラマンが守ってくれた土地を見捨てるなんてできるわけないもの」
「見捨てる……ですか?」
 ミナトの発言に不穏なものを感じたのだろう。ルリは言った。
 だが、それに答えたのはミナトではなかった。
「うん、そうだね」
「ユリカさん?」
 見ると、ユリカはうんうんと納得げに頷いていた。
「火星は遠いんだよルリちゃん。
 その火星が全滅させられた。地球にも蜥蜴さんの無人兵器はやってきてる。今の人類にはね、残念だけど火星まで手を回す余裕がないんだよ。
 だけど、ウルトラマンが守ってくれるんなら『まだ見込みある』って思う政治家さんたちもいると思うし、『火星を見捨てるな』って声も大きくなると思うんだ」
「あ……」
 ユリカの言いたい意味に、ルリも気づいた。
「つまり、世論が追い風になるということですね?なるほど」
 嬉しそうに笑顔を交わすふたり。
「ん?ふたりともなんか嬉しそうだね?そんなにウルトラマンが好きなの?」
「!」
 いけない、と誤魔化そうとしたルリなのだが、
「そりゃあ好きですよミナトさん。特にユリカとルリちゃんは♪」
「……ふうん?」
 納得いかないなー、という顔をしつつミナトは去っていった。これ以上はプライベートのことと判断したのかもしれない。
 さて、そうなると今度は置き去りのルリが首をかしげる番だ。
「ユリカさん」
「ん?なぁに?ルリちゃん?」
「どうしてそう断言するんですか?確かに凄いとは思いますけど結局は見知らぬ異星人じゃないですか。個人的に好きになる理由はないと思いますけど?」
 しかしユリカは「ちっち、ダメだなぁルリちゃんは」とクスクス笑うだけだ。
「あのーユリカさん?」
 ますます「?」マークを飛ばすルリにユリカはにっこりと笑い、そしてさっきの記事を指さした。
「何も感じない?」
「はぁ?」
「ルリちゃん。このウルトラマンは火星に出たんだよ?」
「あ、はい」
 何を言いたいんだろう?
「彼はイネスさんを助けたんだよ?そして火星からネルガル本社に直行したんだよね?で、女の子をひとり連れてるんだよね?」
「…………まさか!」
 女の子、のところでルリの顔色が変わった。その脳裏にひとりの少女の姿が浮かんだ。
 
 ──わたしはアキトの目、アキトの耳、アキトの──
 
「じゃ、じゃあこのウルトラマンって……」
 ルリの声が震え出した。信じられないという顔で呆然とニュースを見つめ直す。
「ま、まさか……た、た、ただの偶然ですよユリカさん。そんなことあるわけが」
「……」
 ユリカはゆっくりと首をふった。そして自分の胸に手を添えた。
「──感じるんだよ。わかるの」
「ユリカ、さん?」
「アキトだよ──わたしとルリちゃんの」
「……」
 ルリはただ呆然と、モニターとユリカを交互に見つめていた。



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system