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孤高の戦士(中)

『ウルトラマンは神ではない。救えない命もあれば、届かない思いもある』
 それはずっと昔、とあるウルトラマンが語ったと言われている言葉だ。
 実際、どれほど凄かろうとウルトラマンは神ではない。ただの異星人だ。大地をゆるがし天候をも変えてしまう能力があろうが、地球人からすると年代記なみのとてつもない長寿であろうが、それでもやはり万能の神ではないのだ。
 そんなものなのか?そうアキトは『彼』に夢の中で問うた。
 力届かず、守りたいものを守れなかったアキト。だからこそアキトは力を求めた。必死の願いの果てに大切なひとは戻ったが、届かぬものを得た代償にアキトは普通の人間としての生涯をなくしてしまった。
 せめてもう少し自分に力があれば。
 だが『彼』はそんなアキトに答えた。
『わかるとも。我々も同じような経験をしているのだからね』
『……なんだって?』
『どれほどの力があろうと届かないものは届かない。神の如きものとまで称されようと守れないものは守れないのだよ』
 その言葉にアキトは驚愕した。
 ウルトラマンの力とは途方もないもの。それなのに。
『これほどの力があって、それでもなお届かなかったっていうのかよ!』
『ああ、そうだとも』
 『彼』は笑った。寂しそうな笑みだった。
『力があれば全て護れるなんてことはないんだよ。どこまで行っても完全はありえない。そういうものなんだ。
 大切なのはね、あきらめないこと。護りたいものを見失わないことなのだよテンカワアキト。
 時には憎しみに堕すかもしれない。なにもかも叩き壊したくなるかもしれない。だけど、それで何もかも終わりと泣くことはないんだ。
 君は確かに罪を犯したかもしれない。だが、まだできることはあるじゃないか。
 そのために君は時を越えたのだろう?違うのかね?』
 アキトは少しだけ躊躇し、そして夢の中ではじめて『彼』に告げた。
『──ありがとう』と。
 
 艦載機であるエステバリスは人型だ。手もあり足もある、本も読めれば影絵もできる画期的メカなのである。ある種のオタクにとりこれはまさに夢のマシンであった。
 むろん冷笑する声もあった。何故に人型なのかと。ひとの形をしていることになんの意味があるのかと、その者たちは頭から馬鹿にしてかかったのだ。
 だが実際の演習になると彼らは黙ってしまった。
 考えてみるがいい。
 人型が非現実と呼ばれたのは、それが人間の動作を再現する技術がなかったからでもある。ノロノロと動く人型など戦場では的にしかならない。穴ぼこに片足つっこんですっころぶかもしれない。はっきりいってなんの役にもたたなかった。
 そりゃあ物笑いの種だったろう。馬鹿にもされたろう。あたりまえだ。
 だが、エステバリスの動きはどうだ?
 高さ数メートルの人間が動くも同様のリアルで素早い機動。防御の弱さはフィールドでカバーし、車なみの早さで自在に走り回り必要とあれば横っ飛びすらこなす。
 そんなとんでもない領域に進化してしまった人型兵器を、それでも戦場の的だと笑えるのか?ありとあらゆる武器をつかいこなし、人間同様の匍匐行動すらこなすこの最新の機動兵器を、それでも馬鹿にできるのか?
 真っ先にその答えを出したのは、この世界では皮肉にも地球を守る防衛隊だった。
 人間同士の戦争、それも市街戦を想定されていた人型兵器。だが最初に大活躍したのは対宇宙人の防衛戦だった。動きの素早い敵に次々と他の兵器が破壊される中、機動兵器は未曽有の大活躍をした。彼らは『数メートル級の武装した歩兵』そのものとして敵宇宙人に対抗したのだ。見ぶりてぶりでウルトラマンとすら連携をとり多彩な戦闘を展開する彼らは、とうとう防衛チームから高速戦闘用以外の航空機をほとんど駆逐するにまで至ってしまった。
 ゆえに彼らはいう。胸をはって。
 ウルトラマンの心に応えるひとつの答え、それが我ら機動兵器部隊なのだと。
『レッツゴー、ゲキガンガー!』
 熱血馬鹿が激しい雄叫びをあげていた。
 ここはナデシコの格納庫だ。暑苦しい絶叫は固定されたエステバリスのひとつから聞こえている。さっそくナデシコいりした気の早いパイロットが許可もえずにエステバリスに乗り込み、コックピットで感激のあまり大騒ぎしているのだった。
 もっとも、有能なオペレータがブリッジからロックしているおかげで歩きだせはしないのだが。
「畜生歩きてぇよ!走りてぇよ!踊りてぇよ!かぁーーっ!」
 踊ってどうすんだこの馬鹿、と突っ込む輩はいない。すでに呆れてしまっているのだろう。
 だが、
『ダメですよヤマダさん』
 笑いをかみ殺したような呆れ半分の苦笑とともに、小さなウインドウが開いて女の子が写る。ルリだ。
「なぁナナコさん頼むよ。ちょっとでいいからさ」
『誰がナナコさんですか、天空ケンや海燕ジョーを気取るならもっと堂々としててください。心配しなくとも冗談でなく死ぬほど大活躍できますよ、もうすぐ』
 ルリの半ば本気の脅し。だが馬鹿の耳には届かない。
「おぉぉぉ待ち遠しいぜ畜生!ところで俺の名はヤマダじゃないぞ、ダイ……」
『魂の名前は封印です』
 熱血馬鹿が吠えだす前に、その少女はさっくりと一刀両断にした。
『私は少女ですからヤマダさんのお気持ちはよくわかりません。でもひとつだけわかることがあります。
 ヤマダさん、実績のない者をヒーローと呼べるでしょうか?』
「……なに?」 
 馬鹿……ヤマダジロウの目が点になった。
『ヤマダさんが防衛隊でどういう活躍をされていたのかはわかりません。ですがこのナデシコではヤマダさんの実績は白紙です。誰もヤマダさんの能力をみたことがないんですよ。
 ヒーローというのは自称するものでなく皆が呼ぶものです。あぁ彼は確かにヒーローにふさわしい、彼は確かにヤマダジロウでなくダイゴウジガイなんだと。違いますか?』
「……なるほど」
 ヤマダは腕組みをした。何か感じ入るところがあったようだ。
 ルリの言葉は止まらない。
『ですからヤマダさん、今は自重してください。そしてヒーローにふさわしい戦績をあげてください。
 ヤマダさんが皆に尊敬される素晴らしいエステバリス乗りとなったその日こそ、ヤマダさんはヤマダさんでなくダイゴウジガイと呼ばれるヒーローになれるんだと思います。
 私の考えはこうなんですが……ヤマダさん、どうお思いですか?』
「……わかった」
 ヤマダは真剣な顔でうむ、と頷いた。
「確かにナナコさんの言う通りだ、俺が間違ってた。これからはまず精進する。約束するぜ!」
『ありがとうございますヤマダさん。ですが私はナナコさんではありま…』
「きっとナナコさんの口から『ダイゴウジさん』と呼ばせてみせる!約束するぜナナコさん!」
『いえ、ですから私はナナコさんじゃなくてですね、』
「うぉぉぉぉ!やるぞ俺はぁっ!!」
『ヤマダさん聞いてますか?ヤマダさん?』
 だがヤマダはもう聞いていないようだ。コックピットから飛び出して絶叫している模様。うるせぇんだよ糞馬鹿!静かにしやがれこの腐れ○○○!などと少女が聞くには到底ふさわしくない凄まじい怒号までもが格納庫中に響きまくっている。
『……私、何か間違えたんでしょうか』
 クスクスと笑う声が背後で聞こえたかと思うと、ちょっと悲しそうな顔のルリのウインドウがコックピットから消えた。
 
 ナデシコのある佐世保ドックから少し離れた場所。静かな草原。
 アキトの記憶が正しければ、そこは思い出の場所だった。背後の道路には通る車も少ない、風の音だけが聞こえる場所である。
「……」
 その場所にアキトは寝転んでいた。ラピスとふたりで。吹き抜ける涼しい風に身をさらして。
「アキト、いかないの?」
 ラピスがぽつりと言った。
 ナデシコは目と鼻の先だ。歩いてでもたどり着ける場所にある。なのにアキトは行こうとしない。
「先に行けラピス。俺はもう少しここにいる」
「アキトがいかないなら、ラピスもいかない」
 迷いもせずにラピスはそう答えた。寝転んだまま動きもせずアキトと同じ空を見ている。
「ラピス」
「いや」
「そうじゃない。頼みがある」
「……頼み?」
 むくり、とラピスは起き上がった。
「ナデシコに行けといったのはユーチャリスがないからだ。おまえの能力はここでは生かせない。
 だが、ナデシコなら」
「……必ずくる?」
「今さら逃げないさ。
 ルリちゃんによろしくな、こっちのルリちゃんが俺を知ってるとは思えないが」
「……」
 しばらくラピスは黙っていたが、「わかった」とだけ言うと立ちあがった。
 アキトは寝転んだままその手をラピスの脚に伸ばすと、
「イメージ、佐世保ドック入口……行けラピス!」
 こくっと頷いたまま、ラピスの姿がスッと消えた。
 そしてアキトはまた元のように大の字になると、
「何か近付いてくるな……いよいよか」
 そう、静かにつぶやいた。



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