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変身

 町はいつもと同じ喧騒の中にあった。
 人類は逞しい。毎週のように強大な宇宙人が襲ってくる時代にも普通に学校も開いていたというし、子供たちだってそこらで楽しく遊んでいたものだ。町はいつだって破壊と復興を繰り返している。いつだったか超獣に古いビルが粉々に破壊された時ですら、破片による近郊への賠償を割り引いても破壊費用よりは安いと喜んだオーナーがいたというから凄まじいものだ。
 たとえウルトラマンに護られようと、壊れた街を建てなおすのは結局人間。
 そんな姿はアキトやルリたちにも懐かしい。災害から立ち直る人間の姿はどこもそう大きくは変わらないのだと。
『みんなの地球、みんなで守ろう!連合地球防衛局です』
『ウルトラマンに頼りっきりはやめよう!にんげんだって戦えるんだ!』
 アキトたちの記憶と微妙に、あるいは致命的にずれたテレビ広報。
 戦意高揚番組は変わらないのだけど、仮想敵を持ち出すよりむしろウルトラマンをよくも悪くも指針とする報道が目立つ。なにしろウルトラマンを神と讃える宗教から存在するのだから、いかにこの世界にウルトラマンという存在が浸透しているかが伺えるというものだ。
 そんな中、テレビのひとつがインタビューを流していた。
『ネルガル重工が新たなウルトラマンを説得、味方につけているという噂は本当ですかアカツキ会長?』
『どっからそんな変な噂聞きつけたんだい?困るなぁ。彼はフレサンジュ博士を助けてくれた恩人なんだ、気を悪くしたら申し訳ないだろ?』
『なるほど、では質問を変えます。最新鋭の新造戦艦を火星にやるという噂は本当なのですか?』
『うん、その計画は実在するよ?人命救助計画だけどね』
 おぉ、という声が周囲からあがった。
『彼が今の火星について貴重な情報をくれたんだよ。なんでもね、フレサンジュ博士の他にも生存者がいるらしいんだ。だからこの計画がスタートしたんだよね』
『火星に生存者ですか!ではウルトラマンが人命救助を!?』
『違う違う、あわてちゃダメだって。いいかい?
 ウルトラマンは確かに強い。だけどさ、大勢の人間を運ぶのは彼には無理だろう?だから一刻を争う状態の博士を急遽運んでくれたんだよ。生存者ありのニュースと一緒にね。
 だったら後は僕たち人間が引き継がなくちゃね、せっかくの彼の情報が無駄になる前にさ。ちなみにね、その筋で軍にも協力要請してるところなんだ』
『ですが会長、現在の地球にそれだけの国力があるんですか?』
『なくはないと思うよ。だけど僕らとしても、地球を守るという大事な仕事をしている防衛隊や軍から力を回してもらうのは申し訳ないと思ってる。
 だから僕らネルガルも当然力を尽くすよ?
 あと、もし協力してくれるならアスカインダストリー、それにクリムゾンであっても受け入れの用意はあるよ。火星の事はネルガル一社で仕切る問題じゃないからね』
 インタビューは続いている。ネルガル本社前にたたずむ巨人の記録映像と共に。
 通りがかる人々はその映像を眺め「おや、ウルトラマンか」と目を細める。男の子は「すげえなー見たいなー」と喜び、女の子は「レッド族なのね。でも火星じゃ寒くないのかしら?」なんて首をかしげている。
 そんな中、微妙に地球人とは違う風貌の男が「おや」と脚を止めた。
「どうしたの?ビオさん……あら、ウルトラマンじゃない?」
 連れの地球人らしい女性は目を輝かせたが、男は微妙な顔をしている。
「……妙なウルトラマンだな」
「え?」
「宇宙警備隊ではないようだが……私の情報網に彼のデータがないんだ」
「地球に来たウルトラマンって民間人もいるんでしょ?確か」
「ああそうだ、だがそれでも限度があるんだよ。たったひとりで異星に出かける以上、やはり万一に備えて登録されているし最低限の訓練は受けるはずだ。わたしはいちおう情報員だし、この星は彼らと縁が深い。データはいちおう全て網羅している。
 だが、彼のデータをわたしは持っていないんだよ」
 ふむ、と男は腕組みをした。
「じゃ、ニセモノ?」
「それはないな。未確認の個体だが確かにM78星人だ。特有の波動をテレビごしにも感じるからね」
「そうなの?」
「ああ」
 しばし男は思案していたが、
「うん、ちょっと船に戻って調べた方がよさそうだな。さやか君、よければだが来るかね?」
「いいの?」
 気遣うような女性の声にビオは破顔した。
「もちろんだとも。食事のつもりがこんな事になってしまって申し訳ないが」
「ふふ、ありがとうビオさん」
 異星人同士だが親密そうだった。ふたりはあれこれ会話しつつその場を去っていった。
 ふと、流れつづけているテレビの画面が変わった。
『臨時ニュースをお伝えします。日本近海のチューリップのひとつが活動を開始した模様です……』
 
 その少女は小さかった。少女というよりむしろ幼女というべき年頃だった。ピンク色の髪をしたその姿は間違いなく一桁代の年齢であり、普通に考えれば戦艦にのこのこ現れる年代ではなかった。
「ラピスさんようこそ、お待ちしておりましたよ」
 にこにこと笑ってラピスを出迎えたのはプロスペクターだった。
 うわぁ、かっわいい♪という声がいくつもあがった。
 ブリッジには既にほとんどのメンバーが揃っていた。ハルカミナトはとっくに操縦席についていたし、メグミレイナードも通信機をあれこれ触って動作を確認していた。
 艦長のブースにはアオイジュンがいる。ユリカは食事中で彼は留守番をしていた。
 提督のブースにはフクベ提督がどっかりと座り込み、その横にはキノコことムネタケサダアキが不愉快そうにむっつり顔で立っている。そしてドアの横にドーンと立っているのは保安部のゴート・ホーリ。
 フクベ提督は老人といっていい年代の軍人なのだが、頑是無い年頃の幼女の登場にさすがに驚いたようだがあえて口をはさまない。彼はラピスがウルトラマンの連れだというのをプロスペクターに事前に聞いていたからだ。ふむ、と頷いただけで椅子から立つこともなく、ラピスのまわりに群がるミナトたちを優しい目で見ていた。
 ゴートは仏頂面のままだった。トーテムポールのように立ちすくんでいる。もっとも目だけはしっかりとラピスの姿を追っていたが。
「ところでラピスさん、テンカワさんはどちらに?」
 アキトの行方を聞こうとしたプロスペクターに「ちょっと待ってて」とラピスはいい、とことことオペレータブースに近付いた。
 そこには、ルリがいた。
 ルリは黙々とオペレータ作業を続けていた。まるでラピスのことなど目に入らないかのように。
「ルリ」
 たったひとことだけラピスは声をかけた。
 ルリはその言葉にピタ、と動きを止めると、ラピスの方に向きなおった。
「……直接お会いするのははじめてですね、ラピスラズリ。あの日以来でしょうか」
「!」
 その言葉にラピスの目が丸くなった。
「ふうん、ルリはあのルリなの……うん、ひさしぶり」
「ええほんとに」
 ふたりは少しだけ微笑みあった。共に電子の友をもつ者同士の共感だった。
「もしかして、ミスマルユリカも?」
「はいそうですよ。ユリカさんもです……って噂をすれば」
「?」
 その瞬間、自動のはずのドアが『どっしゃーん』と物凄い音をたてて開いた。油圧で開くのを待ちきれずに手で引き開けたためだろう。
「ルリちゃんルリちゃん、ラピスちゃん来たって?……って、うわぁ、かっわいいいいっ♪」
 もちろんそれはユリカだった。さっきまで食べていた炒飯がまだほっぺたについている。
 どこぞの馬鹿女学生のようにきゃぴきゃぴ全開の声で絶叫したかと思うと、思わずたじろいだラピスに突進しようとしたのだが、
「よらないで」
 ぴしゃりとラピスは冷たく言い放った。
「……ラピスちゃん?」
「わたしはユリカが嫌い」
「どうして?」
 不思議そうに聞くユリカに、眉をしかめてラピスは言った。
「わたしはアキトの目でありアキトの耳。ユリカのためにアキトがどれだけ苦しんだか、どれだけ泣いたかわたしは知ってる。
 だからわたしはユリカが嫌い。大嫌い」
「……」
 ユリカの嬉しそうな顔が、みるみる萎んだ。
「……そう」
 そして憂いを秘めた笑顔でそういうと、ラピスにゆっくりと手をさしのべた。
「こないで」
「……」
 じり、じり、とあとずさるラピス。近寄るユリカ。
 そして壁に追い詰められたラピスを、ユリカはそっとだきしめた。
「……さわらないで。あっちいって」
 そんなラピスの非難を、うん、うんと優しく聞くユリカ。
「ラピスちゃんは、アキトが大好きなんだね。アキトのつらい時に、ずっと護っててくれたんだね」
「……」
「ありがと、ラピスちゃん」
「……」
「きっとアキトはね、ラピスちゃんがいたから耐え切れたんだと思う。
 アキトはそういう男の子だから。ほんとはちっとも強くないのに、大切なひとのためなら自分の限界もなにもかも越えて全力でがんばってしまう、そういうひとなんだから。
 だから、ありがとね……ラピスちゃん」
「……」
 ラピスはじっとユリカの優しい微笑みを見ていたが、
「やっぱり嫌い」
 そういうと、つーんと顔をそむけた。うふふとユリカは苦笑していたが。
「失礼、ちょっとよろしいですか?」
「はい、なんですかプロスさん?」
 いつのまにか近付いていたプロスペクターが声をかけた。
「失礼ですが……その、艦長はテンカワさんとお知合いで?」
 微妙に声が震えていたのは気のせいではあるまい。
 なにしろ相手はウルトラマンなのだ。ユリカがアキトと知合いということはつまり、ウルトラマンと知合いということなのだから。そりゃあプロスペクターにしてみれば驚天動地であろう。
 そんなプロスペクターに、ユリカはにっこり笑って爆弾発言をかました。
「そりゃあもう。だって私はアキトの妻ですから!」
「……はぃ?」
 世にも珍しい光景だった。あのプロスペクターが目を点にしていた。
 いやプロスペクターばかりではない。提督席でフクベジンも目をひんむき、まさかという顔でユリカを見ていた。
「???」
 当然ながら何も知らない周囲は、いったいなんなんだろという顔をしているのだが。
「……すみません、ちょっとよく聞こえなかったのですが。もう一度確認させていただきますよ艦長。
 ラピスさんのお連れの方はテンカワアキトさんといいまして、火星はユートピアコロニー出身の男性です。彼はちょっと事情がありまして、いわばオブザーバーという形でこのナデシコに搭乗していただくことが決定しているのです。
 重ねてお聞きしますが艦長、あなたの旦那様というのは本当にこのテンカワアキトさんなのですか?」
「はい、間違いありません。
 まぁいろいろ事情がありまして、まだ籍はいれてませんからテンカワ姓は名乗れないんですけど」
「……ほ、本当ですかそれは!?」
 信じられない、という顔でユリカを見るプロスペクターとフクベ。
 ナデシコのブリッジには、わけのわからない異様な沈黙がたれこめていた。艦長席には真っ白になった目立たない好青年もいるがまあ、これは仕方ない事なので割愛。
「……すみません、こんな時に口を挟むのもなんですがあなたに聞きたいことがあります。ラピスラズリ」
 と、そんな沈黙の中、ルリがぽつりと口を挟んだ。
「ラピスでいい。なに?ルリ」
「で、そのアキトさんはどうされたんですか?わたしとユリカさんはてっきり一緒に来るのかと思っていたんですが」
「……アキトは準備中」
「準備?……あ、もしかして」
 ルリが眉をよせたのに、うん、と頷いた。
「いやな予感がするって」
「いやな予感ですか?そうですか……でもナデシコに乗らずにどうするつもりなんですか?」
 ルリはまだ信じていなかった。
 調べたところでは、ウルトラマンが地球圏に住むには擬態型と憑依型というふたつのパターンがあるということだった。アキトはれっきとした地球人だから、彼がもしウルトラマンならば憑依型ということになる。ひとつの身体に人間とウルトラマン、ふたつの個性が共存している状態だ。
 愛しいひとの半分が異星人になってしまった。そりゃあ信じられない、信じたくないだろう。
 ──だが。
「いやな予感?アキトがそういったの?ラピスちゃん?」
「うん。言った」
 ラピスははっきりとユリカに肯定した。
 ユリカはそんなラピスをじっと見ていたが、やがて顔をあげた。
「第一級戦闘体制に移行してください!みんな席について!ジュン君、全艦に警報発令!」
 え、という声がブリッジに響いたが、ユリカは委細かまわずたちあがりコミュニケをオンにした。
『こちら艦長のミスマルユリカです。
 本艦ナデシコは只今から戦闘体制に入ります。乗組員は全員所定の位置についてください。パイロットの方はエステバリスに乗り込み待機してください。作業員の方はただちに作業中止して下船、あるいは後部のレクリエーションブースに避難してください。
 これは訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません!』
 たちまち、けたたましい警報がナデシコ全艦に鳴り響きだした。
「ラピスちゃんはルリちゃんのとなりに。ルリちゃん、予備の座席とIFS端末出して。ふたりで力をあわせて相転移エンジンの始動!それにグラビティーブラストのチャージを急いで!」
「わ、わかりました」
 突然きびきびと動き出したユリカに驚きつつも、ルリも指示に従った。
「ミナトさん、ルリちゃんの指示にしたがって起動シーケンスを」
「ん、わかったわ」
「メグミちゃん、軍の通信に注意して。怪獣警報と蜥蜴情報を聞き逃さないで!」
「わ、わかりました!」
「ウリバタケさん、整備班のウリバタケさん聞こえますか?」
『こちらウリバタケ、なんだ?』
「ナデシコの全ミサイルの弾頭を大急ぎで換装してください。換装できたものからどんどん装填してかまいません。安全装置は全部外してくださって結構です。弾頭は、全てスペシウム弾頭で」
『スペシウム弾頭だと!?」
 通信の向こうでウリバタケが目を剥いた。
『っておめえちょっと待て、あれは怪獣や宇宙人戦にしか使っちゃいけねえ代物だぞ!』
「はい、出現の可能性が大です!」
『……わかった!三分待て!
 おめえら作業中止だ!スペシウム弾頭を倉庫から出してこい!大急ぎだ!』
『うっす!』
 艦内の全てが素晴らしい早さで動き出した。
「重力制御システム作動」
「相転移エンジン、第一、第二、第三始動準備。約三分後に始動します」
「船体固定ガントリー外します」
「ルリちゃん、格納庫上部ハッチの制御を確認して。エンジン始動と同時にハッチオープンするの」
「わかりました」
「ちょ、ちょっとあんたたち何勝手に戦闘体制なんか入ってるのよ!」
 やっとこさ我に返ったのか、突然にムネタケがわめきだした。
「艦長命令です」
「あんたなんかに聞いてないわよ!」
 平然と突っ込むルリに言い返すと、ムネタケはユリカに顔をむけた。
「だいたいなんでスペシウム弾頭弾なのよ!こんなとこに宇宙人やら怪獣なんて来るわけないでしょ!」
「来ますよ」
 明解に断言するユリカに、ムネタケは一瞬言葉を失った。
「なんでそんなことあんたにわかるのよ!学校あがりの素人のくせに…」
 そんなことを言い出したその瞬間だった。通信機に向かっていたメグミの顔色が変わった。
「チューリップ警報です!20km向こうのチューリップが動き出しました!」
「ナデシコのセンサーにも写りました、浮上したようで……!」
 そこまで言ったところでルリが絶句した。
「どうしたの?ルリちゃん!」
「……チューリップに巨大生物反応、きます。前面モニターに投影」
 ブリッジ正面に大きなウインドウが開いた。
 そこには海原が写っていた。見渡す限り何もない広大な海の中に巨大なチューリップが顔を出しており、その開口部がゆっくりと開きつつあった。
 だが、そこから出てきたのは無人兵器ではない。
「え……あれって」
 そして、そこから巨大なハサミのような手が現れる。
「えぇ!?」
 驚くような誰かの声。
「な、なんで!?なんでチューリップからあんなものが出てくるわけ!?」
 セミを思わせる巨大な頭がのぞいた。
 それはチューリップから「のそり」と出てきた。なんらかの手段があるのか水面にたちあがり、そして特徴的なハサミの手を二本、まるで威嚇するかのように掲げた。
『フォッフォッフォッフォッ!!』
 それは異様な声で雄叫びをあげ、そして、のし、のし、と歩きだした。ナデシコのある佐世保ドックに向かって。
 
登録名称(レジストコード)確認しました。宇宙忍者、バルタン星人」
 ルリは冷静にオペレートを続けていた。
 完全に理解不能なものに出くわしてしまった時、ひとは理解を放棄してしまうものだ。今のルリがまさにそれだった。あまりの事態に思考が停止してしまい、ただ機械的にオペレート業務を黙々と実行していた。
 いったい、あれはなんなのだ?
 土と泥の塊のような色彩の異形の異星人は、まさに子供番組か悪夢の産物そのものだった。ただテレビや夢と違うのはそれが現実であり、身長50mを越える巨大な何かがこのナデシコのいる佐世保ドックにまっすぐ向かってくるという、その身の毛もよだつ事実であった。
 その沈黙を破ったのは、ユリカではなくムネタケサダアキだった。
「何してるの!早く逃げなさい!逃げるのよ!」
「!」
 あまりの事態に固まっていた周囲が、そのひとことで正気に返った。
「ルリちゃんラピスちゃん!相転移エンジンは!」 
「だめですまだ飛べません。あと二分半かかります」
「バルタン星人のドック到達まで、あと三分」
 少し慌て気味のルリと、冷静に敵を分析するラピスの声が重なった。
「三十秒あれば何とか逃げられるわ!バルタンの腕は重いから仰角補正にタイムラグがあるのよ!
 艦長!今すぐ天井を開けなさい!補助動力でもなんでも使って一秒でも早く浮上するのよ!」
 ルリやユリカが冷静ならきっと驚いただろう。あのムネタケが実に有能に激を飛ばしているのだから。
 だが、ふたりにはそんな余裕はなかった。
「ダメです!今から開けたら狙ってくれというのと同じことです!」
「開けなくちゃ間に合わないのよ!何か時間を稼ぎなさい!大急ぎで!」
 と、その時だった。
「エレベータにエステバリスが乗った」
 ぼそ、とラピスが告げた。その言葉にルリがハッとして顔をあげる。
「ユリカさん!」
 ユリカもすぐに頷き、
「ルリちゃん出して!」
「はい、モニター出ます」
 バルタン星人のモニターの横に、エステバリスのコックピット映像が開いた。
 はたして、そこにはヤマダジロウが乗っていた。
「ヤマダさん、どうしてそこに!?」
『悪いが話は聞いたぜ博士、ナナコさん!
 俺がバルタンのやつを引きつける!ナデシコはその間に浮上してくれ!』
「ちょっと待ってください!たった一機では危険すぎます!」
 それはそうだろう。相手は無人機ではない、思考力をもつ巨大な異星人なのだから。
 さすがに顔色を変えたユリカだったが、しかしヤマダは首をふった。
『心配すんな博士!こちとら元防衛チームだぜ!
 長時間となりゃ無理があるが、バルタン一匹振り回すくらいなら手はいくらでもある!』
「ですが!」
 しかし、そんなヤマダを見たムネタケが口を挟んできた。
「いいわ艦長、あれにやらせなさい」
「副提督!?」
「あいつならできるわよ。アタシの記憶違いじゃなきゃあね」
 そういうとムネタケはヤマダに顔を向けた。
「なんとも奇遇じゃない?ダイゴウジ・ガイ」
 通信の向こうで、ヤマダが『げっ!』という顔をした。
『キノコじゃねえか!なんでそんなとこにいんだよあんたは!』
「キノコじゃないって言ってるでしょ?何度いえばわかるのあんたは!
 そんなことより任せたわよ。あの時みたいに派手にやんなさい!今度は止めないわ!いいわね!」
『ああわかった!あんたがまた目ぇ回すくらいド派手にやってやるぜ!』
「ひとこと余計なのよこの突貫馬鹿!さあいきなさい!」
『ああ、任せろ!』
 そんな言葉を残して、ぷつんと通信は切れた。
「副提督、ヤマダさんとお知合いなんですか?」
 当然といえば当然の質問をユリカが投げた。
「認めたくないけどまぁ、そうね。腐れ縁かしら。
 けどま、この状況であれほど使える男もそうそういないでしょ。アタシは苦手だけどね」
 そう言いつつ、なぜか楽しそうに見えるのは気のせいなのだろうか?
 実のところをいうと、ムネタケは元来かなりの熱血馬鹿だったのだ。ただルリたちの元の世界では熱血馬鹿というのは必ず貧乏くじをひく現実があり、この男も若いころから貧乏くじばかり引かされたあげく、ああいうキャラになってしまったという経緯があった。
 この世界では事情が違うということなのだろう。
 もしかしたらムネタケは、軍人より防衛チームにいた方が成功したのではないだろうか?人間相手に謀略だらけの軍と違い、仮想敵にぴたりと異星人や怪獣を据えた防衛チームはヤマダのような人材を受け入れやすい。若きムネタケにしても結構居心地がよかっただろうに。
 歴代軍人だという家系のもたらした悲劇なのか。
「それより艦長、今のうちに発進なさい。いくらあの馬鹿でもバルタンには勝てないわ、犬死にさせないためにもね」
「はい!ルリちゃんラピスちゃん!」
「シーケンス最終段階。ナデシコ発進準備」
「頼みますよラピス、わたしは扉を開けますから」
「ん、まかせた」
 
「……やはりおかしい」
 チューリップから出てくるバルタン星人を見た瞬間、アキトは眉をしかめた。
「木連はあいつらに滅ぼされた、ということか?だがそれにしても」
 どうしてチューリップを彼らが使うのか?
 バルタン星人はウルトラマンなみの速度で飛ぶこともできる。単独ボソンジャンプならまだしも、わざわざ面倒なチューリップを使う理由がわからない。どうして奴はそんな真似をするのか?
 何か重要なことを、自分は見落としているのではないか?
 アキトは考えていた。人間としての自分とウルトラマンとしての自分をフル動員し、奇矯な行動をとるバルタン星人の姿から『何か』を探ろうとしていた。
 ふと、佐世保のドックからエステバリスが飛び出したのが見えた。
「ガイか」
 他にいないだろう。
 どうやら史実通りに骨折したりはしなかったようだ。偶然かもしれないし、他の理由があるのかもしれないとアキトは思った。ルリやユリカが何かやらかした可能性も少し考えたのだが、そもそも『史実』を知らないふたりが何かするとも思えない。だからそれはありえないだろうとアキトは結論づけた。
 彼は知らなかった。ルリとユリカが逆行者であることを。
 アキトがウルトラマンとなったことも知らず、全てを投げ捨ててふたりが追いかけてきたなどと。
 もっとも、もし知っていたらラピスを向かわせたりはしなかっただろうが。
「ほう?これはまた」
 ヤマダはぎりぎりまでバルタン星人に接近すると突然に軌道を変え、実にあっさりとバルタンの注意を引いてしまった。
 バルタンの腕が動く。その巨大なハサミからミサイルのようなものが続々飛び出す。ヤマダはそれを危なげもなく横っ飛びで、しかしバルタンを焦らすようにギリギリで避けまくる。
 踊るように軽い機動。いささか直線的ではあるが早さで見事にカバーしている。
「こりゃ凄いな」
 思わずアキトは目を剥き、驚異的なヤマダの操縦に見入った。
 相手が知性体であることまで計算に入れた陽動。今やバルタンは本来の目的だろう佐世保ドックから外れ、完全にヤマダに向いていた。
 正直、当時のアキトはヤマダの熱血とゲキガン好きに反応していた。しかもヤマダはあの性格だし速攻で消えてしまったということもあり、素のヤマダの実力なんてほとんど記憶してなかった。
 だが。
「む、まずいぞガイ!」
 バルタンの動きがエステに追い付きはじめている。
 いかに鈍かろうがバルタン星人は高度な知性体だ。頭も回れば応用もきくわけで、なかなかヤマダが捕まらないとみるや急速に動きを変え始めていた。ヤマダの動きのさらに先を読み、なんとか撃ち落とそうと工夫をこらしはじめる。
「そろそろ変身時か」
 ウルトラマンは確かに強い。だが活動限界がある。太陽のエネルギーを受けられる宇宙空間ならまだしも、地上ではタイミングをはからないと自滅しかねないのだ。
 佐世保の方で機械音がした。
「地上ゲート……?ナデシコか」
 バッタやジョロがいないからだろう。せこい手は使わずに直接出てくるつもりらしい。
 だが、アキトはその光景に眉をしかめた。
「待てユリカ、チューリップを忘れてるぞおまえ!」
 ゲートの開口部からナデシコの上部が見えた瞬間だった。
 バルタンを吐き出したまま静止していたチューリップから凄まじい勢いでバッタやジョロの大群が吹き出した。それは恐ろしい勢いで空にひろがり、目と鼻の先である佐世保ドックに急速に近付きはじめる。
「ったく、言ってるそばから!」
 アキトはあわてて立ち上がった。
 左手を心臓の位置に置いた。右手を斜め上、空に向かって掲げた。
 その次の瞬間、
 
 光が、ほとばしった。



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