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世界を跨ぐ願い(2)

 退魔師やHGS、夜の一族などの能力を見る限り、この世界に魔術やそれに類するものが存在するというのは別に不思議なことではない。科学的に分類できないというのなら、それはそのレベルに現代科学が追い付いてない、あるいは分析を試みた者がいないというだけの話だろう。存在するのに分析しきれないとすればそれは非科学というよりむしろ未だ分類されないもの、つまり未科学の分野である。
 ただ、実際に使える人間がそこら中にいるわけではない。一般に知られていないとはそういうことだ。つまりそれは限定的、あるいは隠されている、隠すことができる程度にしか普及していないということでもある。夜の一族のような、あるいは神咲のような限られた空間の中で脈々と伝えられるものなのだろう。
 忍は、なのはの隠しているものがわからなかった。彼女は魔術なんてものを知りはしなかったから、HGSのような特殊能力者がなのはの知人にいるのだろうかと考えた。あるいは健康体に見えるなのはのどこかにそういう未知の歪みが存在し、なんらかの異能が権限しているのかと。科学的な盗聴でないことはノエルが指摘ずみだったから、他に説明のつくものといえばそれしかない。
 だが、ありえない。
 重度のHGSなら忍たちも見ればわかる。軽度ならば能力といってもたかが知れている。はるか遠方から忍たちの会話を聞きつけるような諜報じみた能力まで持つレベルとなれば、それは唯事ではない。
 聞かないとは言った。だが調べないとは言わなかった。
 恭也のためにも、忍はなのはの秘密についてあきらめるつもりはなかった。
 
 月村邸の食堂に全員は集まっていた。
 恭也もどきの男はまだ別室で昏睡している。久遠、那美、さくら、なのは、そして忍。四人と一匹はここに集い、お互いの情報を交換していた。
「なのはちゃん、なのはちゃんはお兄さんの現状、どこまでわかってる?わたしたちがわかってる範囲だとね、高町先輩に取り憑いてるのは別の世界からきた人らしいってところまでなんだけど」
「あのね那美、別の世界ってあたりは同意してないんだけど?私が同意したのは、恭也を乗っ取ってるのが妄想変態男ってことだけで」
 忍がムッとした顔をした。
 それはそうだろう。どう考えてもやはり別世界なんて信じられるわけがない。夜の一族なんて普通でない血筋にいようが、忍は基本的に常識人なのだから。
「信じられないのは私も同じだけどね、忍。今重要なのはそこじゃないと思うんだけど?
 なのはちゃんを恭也さんと会わせて、なのはちゃんに呼びかけてもらう。さっきお話してた事はそれでしょう?」
 さくらが冷静に突っ込むが、忍はむしろ激昂するだけだ。
「やっぱダメ!変態男になのはちゃんを近づけるなんてできるわけないじゃない!あとで恭也がなんていうか!」
 なのはの登場で仕切り直しになったのはいいが、話が戻ってしまっているらしい。
「……」
 この時、なのはは考え込んでいた。
 忍とさくらは知らないが、なのはにとって別世界というのは絵空事でもなんでもなかった。那美もなのはの話を聞いただけだが、やはり事情を知る者として理解していた。だからこそ、那美となのはのふたりだけは「別世界」というキーワードを素直に理解し、信じたのだ。
 そも、なのはの隠しているもの自体が異世界からの客人(まろうど)の持ち込んだ物なのだから。忍たちにとってどれほどのトンデモであろうが、なのはにとっては身近な現実なのだ。
 それを説明すれば全てが露見してしまう。だが、兄にとりついた人について説明するには、どうしても異世界というキーワードを素直に納得してもらうのが一番だ。
 どうしたものかと悩んでいたのだが……。
「うん、仕方ないね」
「なのはちゃん?」
 突然につぶやいたなのはに忍は首をかしげた。
 だが、なのはは忍をおいてけぼりにして一方的に問いかけた。
「えっとですね……忍さんもさくらさんも、今からわたしがすることはここだけの秘密にしてくれますか?」
「!」
 驚く那美に「だいじょうぶ」となのはは言い、そして返事を待った。
「いいけど……それってさっきのこと?いいの?」
「よくないです。でも、別世界って話を納得してもらうにはこれが一番だと思いますから。
 ──だって、わたしの秘密はその、別の世界からきた人にもらったものなんですから」
「え?」
 はぁ?なにそれ、と忍は言いかけたのだけど、
「忍」
 さくらが忍の発言を制した。
「忍、見せてもらいましょう?」
「で、でもさくら」
 忍の渋るさまに、さくらは微笑んだ。
「恭也さんにすら秘密にしていることを私たちにだけ見せてくれるっていうのよ?光栄なことじゃない」
「……」
 沈黙してしまった忍の肩をぽんぽんと叩くと、さくらは頷いた。
「いいわ、なのはちゃん。見せてもらえる?」
 はい、と答えると、なのはは立ち上り、皆から距離をとった。
 懐からペンダントを掴みだす。
「……宝石?」
 ペンダントの先には赤い宝石のような石がついている。
「……」
 それを見た那美は口元をひきしめた。完全に神咲の顔になっている。
「……なにあれ、魔石かなにか?」
 さくらは目を細めて、なにか不吉なことを言った。
「なに?さくら?」
「忍はわからない?……あの石、ただの宝石じゃないわ」
「へ?」
「おかしな気配がするのよ。油断しないで」
「気配って……さくらにはわかっても私には無理だよ」
「無理でも」
 忍自慢の叔母は混血だが、夜の一族よりもはるかに人外寄りだ。なにしろ狼人間と夜の一族のハーフなのだから。気配も能力もひとのそれではない、悪いいい方をすれば、それは人の形をした魔物といってもいい。戦闘力もおそろしく高い。
 そのさくらが警戒する?
 いったい、あの宝石はなんなのだ?なぜそんなものを恭也の小さな妹が持っている?
「……」
 なのはは答えない。ただ目を閉じて、静かに詠唱をはじめた。
 ──そう。まるで、魔術師か何かのように。
「『我、使命を受けし者なり』」
「!」
 突然に宝石が輝いた。忍の目が丸くなった。
「『契約のもと、その力を解き放て』」
 輝きが増しはじめる。
「……」
 那美が目を細める。
「……」
 さくらはその状況を、横から厳しい顔で見ている。
「『風は空に、星は天に、そして、不屈の心は、この胸に!』」
 輝きがぐんぐん増し始める。そしてなのはは席を立った。
 主の手に従うように、宝石も輝きながらそれを追って浮き上がる。
 そして、最後の詠唱。
「『この手に魔法を!レイジングハート、セットアップ!』」
 強烈な光が部屋の中に満ちた。
 そしてそれが消えた時、なのはの手には一本の杖が握られていた。
「……」
「……」
 皆、おもいっきり言葉をなくしていたが、
「……えっと、アニメの魔法少女?」
「えっと……あはは」
 忍のあまりに的確なツッコミに、なのはは思いっきり苦笑いした。
 確かにそうだ。いまどき魔法少女アニメでもありえないようなベタベタの可愛らしいデザインの杖なのだから。しかも開封呪文らしきそれも、どこかの美少女戦士っぽいアレな内容。
 ついでにいうと、なのはの足元には当然のように久遠が移動している。定位置なのだろうか?
 魔法少女に、おともの動物。コスプレ大会かと言いたくなるくらいにベタベタの光景だった。
 まぁもしかしたらそういう部分は、なのはの趣味が反映されているのかもしれないが。
「……魔法?」
 なのはの言葉に気づいたさくらが、ぼそりとつぶやいた。
 聞こえたのだろう。なのはも頷いた。
「これがわたしのひみつ、魔法の力。
 少し前に、別の世界……ミッドチルダとかいうところからやってきたリンディさんって女のひとにもらったんです」
「もらったって……これを?どうして?」
 あっけにとられた顔で忍がつぶやいた。
「話せば長くなるんで今は言えません。ごめんなさい。だけど、今たいせつなのはそれじゃないと思います。
 このレイジングハートは現実にある。わたしは魔法を使える。で、これはこの世界でなく、別の世界のひとが持ち込んだものなんです。
 おにーちゃんだって同じです、もーそーのへんたいさんじゃないんです」
「……」
「……」
 忍とさくらは、あっけにとられた顔でなのはの杖を見ていた。
「信じてないって顔ですね」
 なのはは、しょうがないなぁと苦笑い。
「じゃあ、みんなでおにーちゃんの思い出を見に行きましょうか」
「え?」
 そんなことできるの、と忍たちが聞き返そうとしたがもう遅かった。
 なのはは杖を構えて目を閉じると、
「リリカルまじかる……おにーちゃんの思い出の中へ!」
「!」
「!」
「!」
 その瞬間、世界が暗転した。



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