「ようするにね、あの魔法とかいう力のせいだと思うの」
食事を終えてくつろぐ時間の中、さくらはそんなことを言った。
「よく考えて忍。この子は他人の記憶に入り込めるのよ?細かい経緯は知らないけど、こんな小さな子がよその人間の精神を覗くようなことが日常的にできたら何をするのかしら?
──つまりね、この子は背伸びしてるのよ」
「背伸び?あれが?」
そう、とさくらはのんびりと微笑んだ。
食事の後、なのはは眠ってしまった。誰かの記憶に潜るなんていう行為はやはり疲れるのか、それともここに来るまでに無理をしていたのか。兄もまだ目を覚まさないのでとりあえずふたりともソファに放置状態である。
さくらはなのはが気に入ったのか、自分の隣で寝かせているが。
「たぶん──そうね。恭也さんと忍がセックスしてるところでも見ちゃったんじゃないかな?」
「!」
一瞬、忍は飲みかけた紅茶を吹き出しそうになってしまった。
「そんなに驚くこと?なのはちゃんの能力なら不思議はないでしょ?」
「……そりゃ頭ではそう思うけど」
赤面しながら忍がつぶやいた。くすっとさくらは笑った。
「話を戻すけど。
忍、子供はよく大人に憧れるでしょう?わけもわからずにお化粧してみたり嗜好品に手を出してみたり。よくわからないからとりあえず外見から入るしかないのよね。可愛いとこ見せたくてがんばってお化粧して、でもおばけみたいになっちゃって笑われて傷ついたりするわけ」
「……妙に具体的なのはどうして?」
「さぁ?」
くすくす笑いが少し大きくなった。なんだかなぁと忍は眉をよせたが、とりあえず自分のことではあるまいと強引に結論づけた。
「で、なのはちゃんもそう。この子は単に大人の女性の真似をしてみただけ。お兄ちゃんをとられたくなくて、大人の女の人っぽく振る舞って忍に対抗してみただけ。ただそれだけなの。
この子にしてみれば、あの恭也さんもチャンスだったんでしょうね。なのはちゃん大好き!な男性の心を取り込めば、恭也さんが忍だけじゃなく自分も見てくれる、家にいる時間が増えると思ったんでしょ?」
「……そんな可愛いものかなぁ?」
忍は、先刻の魔物じみたなのはの姿を思い出す。
「とてもそんな風には見えなかったよ?もっとアナーキーっていうか、すごくやばそうな感じで」
「そりゃあ誰かの記憶がモデルなんでしょう?確かに結構真に迫ってたものね。私も最初ギョッとしたし」
思い出したようにクスッとまたさくらは笑う。
「そりゃあ魔法なんて力をもっててそれを日常に織り込んでる子だもの、普通の子と同じ思考をするとは限らないわ。忍と恭也さんの情事を目撃しちゃったのだってきっと、そういうことだと思う。大人の本音と建前までもが開け透けになる世界をこの子がどういう目で見ているのかはわからないけど……でもね、逆にいうとそんな暮らしの中でここまで純真であり続けているっていうのは凄いことじゃない?
ま、ちょっと忍は大変かもしれないけど、恭也さんの妹でしょう?いい子だし、がんばって仲良くしてあげなさいな」
「……簡単に言うし」
忍はちょっとだけむくれた。
さくらには可愛い子供の演技に見えるのかもしれないが、正直忍にはうまくやれる自信などなかった。
しかし、そんな姪に叔母は朗らかに笑う。
「心配ないわよ。だって既に結構仲良しじゃない?」
「さくらにはそう見えるかもしれないけど……」
だが、さくらはふるふると首をふった。
「忍も大好きって言ってたでしょ?なのはちゃん。あれは嘘偽りのない本心だと思うわ。
賭けてもいい。きっとうまくいくわよ」
「……」
さくらの言葉に、忍はうーんと腕組みをした。
恭也が目を覚まし、なのはとふたり帰宅となった。
忍は高町家に同行することになった。最初は送るだけだったのだが、打ち合わせ通りに恭也を海浜公園で拾ったと電話で告げると猛烈に恐縮され、あたりまえのように夕食に招待されてしまったからだ。
さくらは那美と共に月村邸を辞した。ふたりで話したいことがあるのだという。記憶がなく首をかしげる恭也とふたりは、ノエルの運転する車で高町家に向かっていた。
「わけがわからん。いったい何がどうなってるんだ?さくらさんはともかく神咲さんまで」
「那美は私が呼んだの。恭也の倒れ方が気になったから那美の目で見てもらったってわけ。恭也にも話したでしょう?神咲の家がどういうものか。
さくらは昔身体が弱かったから病気とかには詳しいの。ふたりとも恭也が起きるまでずっと見ててくれたんだよ?
ま、とりあえず復活してくれて安心したよ」
「それはすまなかった……で、うちの妹はなぜ?」
「恭也を先にみつけたのはなのはちゃんなんだよ。恭也を回収する時、なのはちゃんもいっしょに誘拐したってわけ。とてもそのまま帰りそうになかったしね」
「すまん、世話をかけたな」
「何いってんだか。恭也はうちの子なんだからなのはちゃんもうちの子同然だよ」
「……その、うちの子ってフレーズはなんなんだ?」
わけがわからんという顔をして恭也は忍を見た。
だが、忍は『それはおんなのこのひ・み・つ♪』といわんばかりに片目をつむって指を口にあてた。そして恭也でなくなのはと目配せする。
「さぁ?なんだろうね、なのはちゃん?」
「あは、なんでしょうね?」
「ねー」
「??」
首をかしげる恭也をはさみ、忍となのはがにこやかに笑う。
(うふふ、恭也はあげないよ、なのはちゃん♪)
(望むところです、負けませんから)
「「ねー♪」」
「……なんかふたりとも異様に和やかだな」
「あははは」
「えへへ」
車の中、楽しげな笑いが響きわたる。困ったように首をかしげる恭也。
「ノエル……いったいこれはどういうことだ?」
「ありていにいえば……そうですね、修羅場、でしょうか」
「ん?なんか楽しそうだなノエル」
「いえ、とんでもない」
「?」
興味ぶかそうに笑うノエルに、またまた首をかしげる恭也。
楽しそうな団欒をのせたまま、車は高町家にだんだんと近寄っていた。
(とりあえず終わり)