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工場

 ここは郊外の工場である。
 かつては自動車メーカーのものだった。今は伊集院財閥所有の工場となり、結奈の指導により、とあるものがせっせと製造され続けていた。
「ふん、まぁこの品質ならよしとするわ。続けなさい」
『了解』
 持ってきたサンプルをあれこれ評価し突っ返すと、ロボットはもときたラインへと戻っていった。
「どうかしら?結奈」
「まずまずね」
 隣に立つ金髪女性に、まぁこんなものでしょという顔で結奈は答えた。
「この時代によくここまでの素材を集めたわね、さすが伊集院だわ」
 対する女性──伊集院レイも、ふるふると首をふった。
「こんなもの、あなたの作ったコ・ジェネレータに比べれば全然大したことないわよ。まさか本当にごみの山を動力源にしてしまうなんてねえ」
「あら」
 そんなこと、と言わんばかりに結奈は肩をすくめた。
「無限に増えつづけて利用価値のないものを再利用しているだけじゃない。誰でも考え付くことだわ」
 その「誰でも思いつくこと」を本当に実現してしまうから凄いのだが。レイはそう言おうと思ったがやめた。結奈は本気でジェネレータごとき大した発明ではないと思っているようだったからだ。
 レイはその実、結奈のコ・ジェネレータはこの黄昏日本を地獄から救うかもしないと考えているが。
「配備計画の方も順調よ。日本領海内の判明ずみのメタンハイドレート海底鉱脈周辺、対馬・竹島などの国境まわりの離島その他もろもろ、要所に防衛網を敷設中よ。すでに一部は実績もあげてる」
「そ、ここまでは予想通りね」
 フフンと結奈は不敵に笑った。
 弱い国は食い物にされる。資源が、土地が、人が奪われ盗まれ利用される。これは歴史の必然であり事実だ。よいも悪いもない。
 日本が急速に落ちぶれ始めた時に結奈が真っ先に懸念したのがそれだった。彼女には別に公共心などないが、生まれ育った国が朝鮮半島や大陸の人々に思うがままに蹂躙されるのを黙って見ているつもりなどなかったからだ。
 そして同じ懸念を持っていた伊集院レイに連絡をとり、自分の技術をいくつか提供したのだ。そのひとつがゴミの山を分解して電力に変える紐緒式コ・ジェネレータであり、ここで作られている『防衛ロボH1型』つまり、かつての世界征服ロボの改良版であった。
「それにしても、あのロボットを実戦配備するって結奈の提案を聞いた時は驚いたわね。悪い冗談かと思っちゃった」
「あら。もともと世界征服ロボは拠点防衛用のものだわ。世界征服なんて武器さえ集めれば一人でも可能だけど、防御はそうはいかないじゃないの。そこいらへんは伊集院総裁の貴女のほうが詳しいと思うんだけど?」
 そうね、とレイもそれには同意した。
「それに、ロボにはエコロジーの概念も全面導入されているわ。軍隊ってところはエコとは本来程遠い組織なんだから、補給路を断たれてしまったら活動どころか存在の維持すらも怪しくなってしまう。
 だけどロボはそんな事もないわけでしょう?
 もちろんロボットである以上できる事には限界があるわ。だけどそのあたりだけ本業の軍人や自衛官にお任せしていいんでしょう?彼らだってカカシじゃあるまいし、少しは仕事してもらわなくちゃね」
「そうね」
 結奈の口の悪さにレイは苦笑いした。
 まぁ結論から言えば、確かに問題なく推移した。
 世論は前代未聞の戦闘ロボ防衛網に目を剥いた。だが同時にそれが結奈の指揮によるものだと知った途端「なんだドクトル・ヒモーかい。脅かさないでくれよ」とみるみる沈静してしまったのだ。あとはごくごく普通に、自衛隊のいち部隊として防衛ロボ部隊は認知されてしまった。西側諸国はもちろんの事、あのヒステリックな朝鮮半島や大陸の国までもがそうだった。
 正直、さすがのレイすら呆れて言葉もなかった。
「あまりうれしくなさそうね?結奈。平和主義の天才科学者と世界中から認められたのよ?ま、ちょっと変わり者とも思われてるようだけど」
「私が天才なのは当たり前なのよ、そんなもの愚民が認めようが拒もうが知ったことじゃないわ。それに」
「それに?」
「私は天才だけど、変人になった覚えはないわ」
「……」
「なによ失礼ね」
 なるほど、そっちで怒っていたのか。
 ぷ、クスクスと笑い出すレイに、結奈は思いっきり渋い顔をした。
「で、どうしたのかしら?伊集院総裁がこんな平日にわざわざ現場にくるなんて?」
 ああそうね、ごめんなさいねとレイは答えた。
「助手いらない?結奈」
「助手?」
 レイの言葉に、結奈は思わず眉を寄せた。
 正直いって助手は欲しい。特にエンジニアが必要だったのだが、だが結奈の望みに足る人物など見たこともない。
 いや、まぁ仕方ない。結奈の要求レベルが高すぎるのだ。
 彼女はあまりにも天才すぎた。正直いって、生まれてこの方助手たり得た人物など過去にたったひとりしか存在しないし、おそらく今後もいないだろうと考えていた。実際彼女の理解者はこのレイや美樹原愛のように、結奈を人格面で評価した知人ばかり。技術面でパートナーたりうる者などひとりもいなかった。
 だから結奈はそのまんま答えた。
「いらないわ。理解できたり勤まる者がいるとも思えないし」
 ふむ、とレイは頷き、そして爆弾を放ってきた。
「──主人公(ぬしびとこう)ではダメかしら?」
「!」
 なに、と結奈は一瞬目を剥いたが、
「何を言うかと思えば。あれが藤崎詩織のそばから離れるわけがないでしょう?」
 やれやれとためいきをついた。
 だが、そんな結奈の反応にレイは肩をすくめて、
「あら珍しい、結奈がまだ知らないなんて」
「?」
「彼と藤崎さん、とうとう破綻しちゃったのよ。さっき館林さんから連絡があったわ」
「……」
 バカめ。だから言わんこっちゃない。
「あまり驚かないのね結奈?もしかして予測してた?」
 まぁね、と結奈は肩をすくめた。
「……十柱戯(じっちゅうぎ) 如何様(いかよう)
「は?」
 妙な顔をしたレイに、結奈は腕組みした。
「こんな巫山戯(ふざけ)た偽名の工学論文が出たのよね、しかも私の得意分野で。そんなの公の他にいるわけないでしょう?」
「えっと、そうなの?」
 伊集院レイにはわからない。なんだかんだでレイと公は友人ではあったものの、男装して男で通している以上あまり親しくしすぎる事はできなかったから。
 果たして、結奈はこれ以上なく渋い顔をして頷いた。
「きら高時代に、公とボウリング場に行った事があるのよ。知っての通り公はスポーツも国体レベルだったでしょう?で……」
 ああ、とレイもポンと手を打った。
「十柱戯ってそうか、つまりボウリングね。
 結奈、あなた『ボウリングでイカサマ』して彼に勝ったのね?しかも彼にバレた。違う?」
 イカサマを漢字で書くと如何様である。
 そうよ、と結奈は渋い顔で頷き、あっはははとレイは笑った。
「それって彼と結奈にだけしかわからない暗号みたいなものでしょう?助けを求めてたんじゃないの?」
「ええ」
 だから手は打ったわよ、と結奈は大きく頷いた。
「具体的に何を求めてるのかわからなかったから、とりあえず藤崎詩織の動向を調べたの。彼女が大学関係に仕事を求めていたから、東大にパイプのあるアメリカの大学関係者にコンタクトをとって便宜を図らせたわ。彼女が息子ともども、うまく保護されるようにね」
「なるほど。……息子ともども?」
 んん?と一瞬、何か悩むように眉を寄せたレイだったが、
「ちょっと待って結奈!まさか貴女」
「それについては否定するわ」
 結奈は首を振った。
「私の性格は公も知ってるはずよ。そんな私にすがるという事は、多少の波風くらい織り込み済みだと私は理解してたわ。卒業の時『私の元に戻りたいなら、いつでもコンタクトしてきなさい』と言ってあるんだし。
 今の世の中と公の家の経済状況を見れば、公が地方への展開と移住を求めている事くらい容易に想像はできた。そして、そのためには息子の学歴絡みで都心を離れたがらない藤崎詩織がネックということも。そして私に連絡しあぐねた挙句、ダメ元で変な論文なんか出すに至った情けない経緯もね」
「ダメ元?」
「公はね」
 うっとりと結奈の目が細められたのは、懐かしい日々への憧憬か。
「公は、私がまだ自分に関心を持っているかどうか自信がなかったのよ。だから論文を書き、それを友人を通して偽名で発表した。私が論文の意味に気づいてリアクションするかどうか、それを試金石にしたのね」
「はあ、なるほど」
 なるほど。まぁ論理的ではある。いろいろと非常識ではあるが。
「で、私はちょっとだけ彼の背中を押してあげた。それだけよ」
「……」
 どっちもどっちだとレイは思った。
 が、とりあえず苦言を呈するならば、それは、
「でも、それって結局結奈のせいなんじゃないかしら?彼と藤崎さんの間を決定的にしたのは」
 あのねえ、と結奈は首をふった。
「バカ言わないで欲しいものね。
 だいたい、どうして私が二人の仲を裂く必要があるのかしら?私は公を部下として欲しいとは思うけど、自分の男にしようと思った事なんて一度もないのよ。今回だって、単に経済的に動きやすくなるよう支援しただけじゃないの。
 結果としてそれが破綻の原因になったのかもしれないけど、それだけの理由でそこまで責められる謂れはないわ」
 ふう、とためいきをついた。
 レイはというと「男にする気がない?じゃあどうして未だに呼び捨てなの?」などと突っ込みたくはあった。しかし今の結奈に突っ込んでもおそらく無駄なのは重々理解していたので、もちろんそんなことはおくびにも出さなかった。
「やれやれ、しょうがないわね。じゃあ私も出迎えに行こうかしら」
「……私も?」
 どういう意味だと言い返そうとしたレイに、結奈は笑った。
「私を拾って公を迎えにいく、そのつもりできたんでしょう?レイ」
「あはは、バレてた?」
 今度はレイが苦笑いする番だった。



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